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第1話 選ばれなかった私
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王都の大聖堂に、澄んだ鐘の音が響き渡った。
一度きりではなく、何度も、何度も。
重なり合う音は空気を震わせ、王都全体へと広がっていく。
雲ひとつない青空が広がっていた。
今日はこれ以上なく晴れやかな日だった。
魔王討伐の凱旋式典が行われている。
長く続いた戦乱に終止符が打たれ、国を救った英雄たちが民の前に立つ歴史に残る一日だ。
そんな特別な日に、私はその場にいた。
正確に言えば、壇上の端に立たされていた、という方が正しいかもしれない。
確かに、私はそこに佇んでいる。
視界には民衆の姿があり、耳には歓声が届いている。
だというのに、どうしてだろう。
まるで、私だけがこの空間から切り取られてひとりきりでいるような気がする。
この国の王太子。
形式上は今も私の婚約者であるはずの人は、私の隣にはいない。
彼は式典の最初から最後まで、聖女の隣に立っていた。
王太子の視線は、聖女だけを追っている。
聖女が緊張したように小さく息を吸えば、すぐに気づいて優しく耳元で何かを囁く。
一歩前に出れば、自然と半歩寄り添い、背を庇うように立つ。
民衆に向けて彼女が微笑めば、まるで示し合わせたかのように、彼も同じ表情を浮かべていた。
──……ああ。まるで、最初からそうであったかのようだわ。
私は数歩離れた位置で、完璧な微笑みを貼り付けたまま立っている。
背筋を伸ばし、顎を引き、視線は正面に向けたまま。
王家の婚約者として、侯爵家の令嬢として。
非の打ち所のない立ち姿で、私はそこに存り続ける。
──けれど、今のこの私がどれほど中身のない者なのか。私だけは知っている。
誰にも気づかれることなく、そっと息を吐く。
耳に届くのは歓声と祝福の言葉と、それに混じる小さな囁き声。
「……あの方が、王太子殿下の婚約者?」
「ええ、そうらしいわ」
「でも、聖女様の方が王太子殿下にはお似合いよね」
「本当にお気の毒だこと」
「聖女様がいらっしゃるのなら、もう……ねえ?」
同情ほど、厄介なものはない。
明確な悪意を持って放たれた言葉よりも深く胸を抉られる。
心の奥底がじわじわと痛み出す。
私はそっと呼吸を整え、微笑みをほんの少しだけ深くした。
求められた以上のものを身につけてきたという自負がある。
だからこそ、それが届かなかった事実だけが胸に残る。
──本当に、哀れなほどに空っぽの人間だわ。
侯爵家に生まれ、王家に嫁ぐために育てられてきた私は、こうした視線や言葉に慣れている。
取り乱すことは許されない。
感情を表に出すことなど、あってはならないことだ。
それが、私に与えられた役割だった。
──だから、相手に何かを期待してはいない。そんなことは、とうに諦めた。
それが、今の正直な気持ちだ。
一度きりではなく、何度も、何度も。
重なり合う音は空気を震わせ、王都全体へと広がっていく。
雲ひとつない青空が広がっていた。
今日はこれ以上なく晴れやかな日だった。
魔王討伐の凱旋式典が行われている。
長く続いた戦乱に終止符が打たれ、国を救った英雄たちが民の前に立つ歴史に残る一日だ。
そんな特別な日に、私はその場にいた。
正確に言えば、壇上の端に立たされていた、という方が正しいかもしれない。
確かに、私はそこに佇んでいる。
視界には民衆の姿があり、耳には歓声が届いている。
だというのに、どうしてだろう。
まるで、私だけがこの空間から切り取られてひとりきりでいるような気がする。
この国の王太子。
形式上は今も私の婚約者であるはずの人は、私の隣にはいない。
彼は式典の最初から最後まで、聖女の隣に立っていた。
王太子の視線は、聖女だけを追っている。
聖女が緊張したように小さく息を吸えば、すぐに気づいて優しく耳元で何かを囁く。
一歩前に出れば、自然と半歩寄り添い、背を庇うように立つ。
民衆に向けて彼女が微笑めば、まるで示し合わせたかのように、彼も同じ表情を浮かべていた。
──……ああ。まるで、最初からそうであったかのようだわ。
私は数歩離れた位置で、完璧な微笑みを貼り付けたまま立っている。
背筋を伸ばし、顎を引き、視線は正面に向けたまま。
王家の婚約者として、侯爵家の令嬢として。
非の打ち所のない立ち姿で、私はそこに存り続ける。
──けれど、今のこの私がどれほど中身のない者なのか。私だけは知っている。
誰にも気づかれることなく、そっと息を吐く。
耳に届くのは歓声と祝福の言葉と、それに混じる小さな囁き声。
「……あの方が、王太子殿下の婚約者?」
「ええ、そうらしいわ」
「でも、聖女様の方が王太子殿下にはお似合いよね」
「本当にお気の毒だこと」
「聖女様がいらっしゃるのなら、もう……ねえ?」
同情ほど、厄介なものはない。
明確な悪意を持って放たれた言葉よりも深く胸を抉られる。
心の奥底がじわじわと痛み出す。
私はそっと呼吸を整え、微笑みをほんの少しだけ深くした。
求められた以上のものを身につけてきたという自負がある。
だからこそ、それが届かなかった事実だけが胸に残る。
──本当に、哀れなほどに空っぽの人間だわ。
侯爵家に生まれ、王家に嫁ぐために育てられてきた私は、こうした視線や言葉に慣れている。
取り乱すことは許されない。
感情を表に出すことなど、あってはならないことだ。
それが、私に与えられた役割だった。
──だから、相手に何かを期待してはいない。そんなことは、とうに諦めた。
それが、今の正直な気持ちだ。
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