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第2話 剣士
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聖女が現れてから、すべてが変わった。
異世界から召喚された彼女は慈悲深く清らかで、誰からも好かれる存在だった。
癒しの奇跡を行使し、魔を祓い、人々を導く。
まるで、物語の主人公のようだと思った。
誰もが聖女を愛し、誰もが彼女を称えた。
そして、婚約者は美しい乙女に心を奪われた。
私は誰よりも早くそれを理解していた。
幼いころから共に過ごし、彼の表情の変化を、誰よりも知っていたから。
だから、邪魔はしなかった。
怒りもしなかった。
責めることも、泣くこともしなかった。
ただ、黙って笑っていた。
王太子の婚約者としての務めを、最後まで果たそうとした。
──いっそのこと、婚約を解消してくれたらいいのに。
そんな考えが浮かぶ自分を、もう責めることすらしなくなっていた。
婚約破棄、それは私にとって敗北ではない。
解放だ。誰かの隣で、選ばれない自分を演じ続ける人生から降りるための正当な理由となる。
鐘の音が止み、式典が終わりへと向かうころ。
私は、そっとその場を離れた。
誰にも気づかれないように。
誰にも引き止められないように。
回廊を抜け、中庭へ出る。
風が頬を撫で、張り詰めていた呼吸がようやく解けた。
「……相変わらず、器用だね」
背後から聞こえた、軽い声。
振り返ると、そこにいたのは剣士だった。
魔王討伐の立役者であり、聖女と共に旅をしてきたもう一人の英雄である。
「器用、ですか」
「うん。あの状況で、あんな顔できるの」
遠慮も配慮もない物言い。
でも、不思議と嫌ではなかった。
同情も、慰めもない。そんなものを、必要としてないから。
だからこそ、私はこの人と話せるのだ。
「……ぶっちゃけさ」
剣士はそう言って肩をすくめる。
「婚約破棄してくれた方が楽だと思ってるでしょ?」
一瞬、言葉を失った。
胸の奥にしまいこんだ感情を見透かされた気がした。
「……そんなこと、言われたのは初めてです」
「へえ、否定しないんだね」
「嫌だわ。顔に出ていましたか?」
「出てるっていうか……分かる人には分かるって感じかな」
剣士の言葉に、私は小さく笑った。
本当に、久しぶりに自然と微笑んでいた。
「変ですね。こんなこと、誰にも言えなかったのに……」
「そりゃ言わなくていいこともあるし」
彼は空を見上げる。
つられて私も視線を上げた。
つい先ほども見た雲一つない青空が、今はもっと晴れやかに見える。
「でもさ。君は分かってる。全部分かった上で、あそこに立ってる」
その言葉は、不思議と胸に染みた。
──理解された。
責められもしない。
哀れまれもしない。
ただ、事実として受け止められた。
それだけで、少し救われた気がした。
異世界から召喚された彼女は慈悲深く清らかで、誰からも好かれる存在だった。
癒しの奇跡を行使し、魔を祓い、人々を導く。
まるで、物語の主人公のようだと思った。
誰もが聖女を愛し、誰もが彼女を称えた。
そして、婚約者は美しい乙女に心を奪われた。
私は誰よりも早くそれを理解していた。
幼いころから共に過ごし、彼の表情の変化を、誰よりも知っていたから。
だから、邪魔はしなかった。
怒りもしなかった。
責めることも、泣くこともしなかった。
ただ、黙って笑っていた。
王太子の婚約者としての務めを、最後まで果たそうとした。
──いっそのこと、婚約を解消してくれたらいいのに。
そんな考えが浮かぶ自分を、もう責めることすらしなくなっていた。
婚約破棄、それは私にとって敗北ではない。
解放だ。誰かの隣で、選ばれない自分を演じ続ける人生から降りるための正当な理由となる。
鐘の音が止み、式典が終わりへと向かうころ。
私は、そっとその場を離れた。
誰にも気づかれないように。
誰にも引き止められないように。
回廊を抜け、中庭へ出る。
風が頬を撫で、張り詰めていた呼吸がようやく解けた。
「……相変わらず、器用だね」
背後から聞こえた、軽い声。
振り返ると、そこにいたのは剣士だった。
魔王討伐の立役者であり、聖女と共に旅をしてきたもう一人の英雄である。
「器用、ですか」
「うん。あの状況で、あんな顔できるの」
遠慮も配慮もない物言い。
でも、不思議と嫌ではなかった。
同情も、慰めもない。そんなものを、必要としてないから。
だからこそ、私はこの人と話せるのだ。
「……ぶっちゃけさ」
剣士はそう言って肩をすくめる。
「婚約破棄してくれた方が楽だと思ってるでしょ?」
一瞬、言葉を失った。
胸の奥にしまいこんだ感情を見透かされた気がした。
「……そんなこと、言われたのは初めてです」
「へえ、否定しないんだね」
「嫌だわ。顔に出ていましたか?」
「出てるっていうか……分かる人には分かるって感じかな」
剣士の言葉に、私は小さく笑った。
本当に、久しぶりに自然と微笑んでいた。
「変ですね。こんなこと、誰にも言えなかったのに……」
「そりゃ言わなくていいこともあるし」
彼は空を見上げる。
つられて私も視線を上げた。
つい先ほども見た雲一つない青空が、今はもっと晴れやかに見える。
「でもさ。君は分かってる。全部分かった上で、あそこに立ってる」
その言葉は、不思議と胸に染みた。
──理解された。
責められもしない。
哀れまれもしない。
ただ、事実として受け止められた。
それだけで、少し救われた気がした。
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