3 / 6
第3話 中庭で
しおりを挟む
沈黙の時間が流れる。
中庭を渡る風が、木々を揺らし、遠くでまだ続く歓声を運んでくる。
「……ねえ」
先に口を開いたのは剣士だった。
「君さ。ああいう場所、苦手でしょ」
「どうしてそう思うのでしょうか」
「なんだろうなあ。立ち方が綺麗すぎるって言うのかな」
意外な答えに、私は瞬きをする。
人前に立つのだから、品性よく見せるのは当然のことだ。
剣士の言葉の意図を理解しかねた私は、首を傾げて尋ねた。
「綺麗すぎる、ですか?」
「うん。隙がなさすぎるっていうかさ。ちゃんと役目をやってる顔だねあれは」
彼は、悪気もなくそう言った。
「……ふふ、鋭いですね」
思わず、私の口から苦笑が漏れる。
「それは、褒め言葉と受け取ってよろしいのでしょうか?」
「半分はね。でも、半分は……」
そこで言葉を切り、彼は肩をすくめた。
「大変そうだな、って思った」
その言葉は、私にとって予想外だった。
同情じゃない。ましてや、慰めでもない。
ただの感想だ。
それなのに、当然だと思ってきた振る舞いが、彼には努力として見られていたことに気づかされた。
「……剣士様は、旅の途中で後悔したことはありませんでしたか?」
私は、ふと思いついたように尋ねた。
「後悔?」
「誰かの期待とか。役割とか。……投げ出したくなったことです」
彼は少し考えてから、あっさりと答えた。
「毎日」
一拍置いてから、彼は付け足した。
「……それでも、剣を振るしかなかったからさ」
「即答なのですね」
「だってさ。英雄なんて、俺には向いてないし」
あまりにも軽く言うものだから、笑ってしまった。
「でも、剣士様は英雄です」
「結果的にね」
彼は、剣の柄に手を置いたまま言った。
「俺はただ、剣を振るしかできなかっただけ。それを必要とする場所が、たまたまあった」
「……やっぱり、あなたはおもしろい方ですわ」
自分を大きく見せようとしない。
誰かの物語に、無理に収まろうともしない。
私とは真逆の生き方をしてきた人なのだ。
「君は?」
今度は、彼がこちらを見た。
「君は、この先どうしたいの」
一瞬、私は言葉に詰まる。
今まで、そんな質問をされることはなかった。
聞かれても、答えは決まっていたからだ。
王太子の婚約者として、王家に忠義を尽くす。
国の未来のために、この身を捧げる。
私はいつも通りにそう答えようとして、黙りこんだ。
再び沈黙の時間が過ぎていくが、剣士はじっと私の言葉を待っていた。
「……まだ、分かりません」
遠くでまだ歓声が聞こえる中、私はそう答えた。
「ただ」
一呼吸置いてから、続ける。
「誰かの隣に立つためだけの人生は、もう終わりにしたいです」
剣士は少しだけ目を見開いたあと、すぐにいつもの軽い笑みに戻った。
「いいね。それはすごく素敵な答えだと思うよ」
「素敵、ですか?」
「うん。君には、そっちの方が似合う」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
──私は王太子殿下に選ばれなかった空っぽな人間だ。そんな私でも、剣士様は否定しなかった。
それだけで、今の私には十分だった。
「……そろそろ、戻らないとですね」
名残惜しさをごまかすように、私はそう口にした。
「だね。あんまり長く話してると、面倒な視線を集めそうだし」
「それは、困ります。実は私って王太子殿下の婚約者なんですよね」
「……はは、そりゃ困ったな」
彼は軽く手を振った。
「また、どこかで」
「……ええ」
その「また」が、社交辞令なのか、本気なのか。
私は、あえて考えないことにした。
中庭を渡る風が、木々を揺らし、遠くでまだ続く歓声を運んでくる。
「……ねえ」
先に口を開いたのは剣士だった。
「君さ。ああいう場所、苦手でしょ」
「どうしてそう思うのでしょうか」
「なんだろうなあ。立ち方が綺麗すぎるって言うのかな」
意外な答えに、私は瞬きをする。
人前に立つのだから、品性よく見せるのは当然のことだ。
剣士の言葉の意図を理解しかねた私は、首を傾げて尋ねた。
「綺麗すぎる、ですか?」
「うん。隙がなさすぎるっていうかさ。ちゃんと役目をやってる顔だねあれは」
彼は、悪気もなくそう言った。
「……ふふ、鋭いですね」
思わず、私の口から苦笑が漏れる。
「それは、褒め言葉と受け取ってよろしいのでしょうか?」
「半分はね。でも、半分は……」
そこで言葉を切り、彼は肩をすくめた。
「大変そうだな、って思った」
その言葉は、私にとって予想外だった。
同情じゃない。ましてや、慰めでもない。
ただの感想だ。
それなのに、当然だと思ってきた振る舞いが、彼には努力として見られていたことに気づかされた。
「……剣士様は、旅の途中で後悔したことはありませんでしたか?」
私は、ふと思いついたように尋ねた。
「後悔?」
「誰かの期待とか。役割とか。……投げ出したくなったことです」
彼は少し考えてから、あっさりと答えた。
「毎日」
一拍置いてから、彼は付け足した。
「……それでも、剣を振るしかなかったからさ」
「即答なのですね」
「だってさ。英雄なんて、俺には向いてないし」
あまりにも軽く言うものだから、笑ってしまった。
「でも、剣士様は英雄です」
「結果的にね」
彼は、剣の柄に手を置いたまま言った。
「俺はただ、剣を振るしかできなかっただけ。それを必要とする場所が、たまたまあった」
「……やっぱり、あなたはおもしろい方ですわ」
自分を大きく見せようとしない。
誰かの物語に、無理に収まろうともしない。
私とは真逆の生き方をしてきた人なのだ。
「君は?」
今度は、彼がこちらを見た。
「君は、この先どうしたいの」
一瞬、私は言葉に詰まる。
今まで、そんな質問をされることはなかった。
聞かれても、答えは決まっていたからだ。
王太子の婚約者として、王家に忠義を尽くす。
国の未来のために、この身を捧げる。
私はいつも通りにそう答えようとして、黙りこんだ。
再び沈黙の時間が過ぎていくが、剣士はじっと私の言葉を待っていた。
「……まだ、分かりません」
遠くでまだ歓声が聞こえる中、私はそう答えた。
「ただ」
一呼吸置いてから、続ける。
「誰かの隣に立つためだけの人生は、もう終わりにしたいです」
剣士は少しだけ目を見開いたあと、すぐにいつもの軽い笑みに戻った。
「いいね。それはすごく素敵な答えだと思うよ」
「素敵、ですか?」
「うん。君には、そっちの方が似合う」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
──私は王太子殿下に選ばれなかった空っぽな人間だ。そんな私でも、剣士様は否定しなかった。
それだけで、今の私には十分だった。
「……そろそろ、戻らないとですね」
名残惜しさをごまかすように、私はそう口にした。
「だね。あんまり長く話してると、面倒な視線を集めそうだし」
「それは、困ります。実は私って王太子殿下の婚約者なんですよね」
「……はは、そりゃ困ったな」
彼は軽く手を振った。
「また、どこかで」
「……ええ」
その「また」が、社交辞令なのか、本気なのか。
私は、あえて考えないことにした。
1,107
あなたにおすすめの小説
地味顔令嬢の私を「嘘の告白」で笑いものにするつもりですか? 結構です、なら本気で惚れさせてから逆にこっちが盛大に振ってあげます!
日々埋没。
恋愛
「お前が好きだ。この俺と付き合ってくれないか?」
学園のアイドル、マルスからの突然の告白。
憧れの人からの言葉に喜んだのも束の間、伯爵令嬢リーンベイルは偶然知ってしまう。それが退屈しのぎの「嘘の告白(ウソコク)」だったことを。
「あの地味顔令嬢が俺に釣り合うわけないだろ。ドッキリのプラカードでも用意しとくわ」
親友のミネルバと共に怒りに震える彼女は、復讐を決意する。まずは父の言いつけで隠していた「絶世の美貌」を解禁! 嘘の恋を「真実の恋(マジコク)」に変えさせ、最高のタイミングで彼を地獄へ突き落とす――。
「……今さら本気になった? 冗談はやめてください、これドッキリですよ?」
冤罪で処刑された悪女ですが、死に戻ったらループ前の記憶を持つ王太子殿下が必死に機嫌を取ってきます。もう遅いですが?
六角
恋愛
公爵令嬢ヴィオレッタは、聖女を害したという無実の罪を着せられ、婚約者である王太子アレクサンダーによって断罪された。 「お前のような性悪女、愛したことなど一度もない!」 彼が吐き捨てた言葉と共に、ギロチンが落下し――ヴィオレッタの人生は終わったはずだった。
しかし、目を覚ますとそこは断罪される一年前。 処刑の記憶と痛みを持ったまま、時間が巻き戻っていたのだ。 (またあの苦しみを味わうの? 冗談じゃないわ。今度はさっさと婚約破棄して、王都から逃げ出そう)
そう決意して登城したヴィオレッタだったが、事態は思わぬ方向へ。 なんと、再会したアレクサンダーがいきなり涙を流して抱きついてきたのだ。 「すまなかった! 俺が間違っていた、やり直させてくれ!」
どうやら彼も「ヴィオレッタを処刑した後、冤罪だったと知って絶望し、時間を巻き戻した記憶」を持っているらしい。 心を入れ替え、情熱的に愛を囁く王太子。しかし、ヴィオレッタの心は氷点下だった。 (何を必死になっているのかしら? 私の首を落としたその手で、よく触れられるわね)
そんなある日、ヴィオレッタは王宮の隅で、周囲から「死神」と忌み嫌われる葬儀卿・シルヴィオ公爵と出会う。 王太子の眩しすぎる愛に疲弊していたヴィオレッタに、シルヴィオは静かに告げた。 「美しい。君の瞳は、まるで極上の遺体のようだ」
これは、かつての愛を取り戻そうと暴走する「太陽」のような王太子と、 傷ついた心を「静寂」で包み込む「夜」のような葬儀卿との間で揺れる……ことは全くなく、 全力で死神公爵との「平穏な余生(スローデス)」を目指す元悪女の、温度差MAXのラブストーリー。
妹を選んで婚約破棄した婚約者は、平民になる現実を理解していなかったようです
藤原遊
恋愛
跡継ぎとして育てられた私には、将来を約束された婚約者がいた。
――けれど彼は、私ではなく「妹」を選んだ。
妹は父の愛人の子。
身分も立場も分かったうえでの選択だと思っていたのに、
彼はどうやら、何も理解していなかったらしい。
婚約を破棄し、妹と結ばれた彼は、
当然のように貴族の立場を失い、平民として生きることになる。
一方で、妹は覚悟を決めて現実に向き合っていく。
だが彼だけが、最後まで「元に戻れる」と信じ続けていた。
これは、誰かが罰した物語ではない。
ただ、選んだ道の先にあった現実の話。
覚悟のなかった婚約者が、
自分の選択と向き合うまでを描いた、静かなざまぁ物語。
愛せないと言われたから、私も愛することをやめました
天宮有
恋愛
「他の人を好きになったから、君のことは愛せない」
そんなことを言われて、私サフィラは婚約者のヴァン王子に愛人を紹介される。
その後はヴァンは、私が様々な悪事を働いているとパーティ会場で言い出す。
捏造した罪によって、ヴァンは私との婚約を破棄しようと目論んでいた。
【完結】愛で結ばれたはずの夫に捨てられました
ユユ
恋愛
「出て行け」
愛を囁き合い、祝福されずとも全てを捨て
結ばれたはずだった。
「金輪際姿を表すな」
義父から嫁だと認めてもらえなくても
義母からの仕打ちにもメイド達の嫌がらせにも
耐えてきた。
「もうおまえを愛していない」
結婚4年、やっと待望の第一子を産んだ。
義務でもあった男児を産んだ。
なのに
「不義の子と去るがいい」
「あなたの子よ!」
「私の子はエリザベスだけだ」
夫は私を裏切っていた。
* 作り話です
* 3万文字前後です
* 完結保証付きです
* 暇つぶしにどうぞ
選ばれなくてよかったと、今は思います
たくわん
恋愛
五年間の婚約を、一夜で破棄された。
理由は「家格の不一致」。
傷ついた翌朝、私は泣くのをやめて仕事着を着た。
王立文書院の渉外部職員として、今日も書類と向き合う。それだけでいいと思っていた。
出勤すると、一枚の張り紙があった。
新長官着任。エドワード・ヴァルツ・シュタイン侯爵。
昨夜の晩餐会で、遠くに座っていた「氷の侯爵」がそのまま上司になった。
彼は口数が少なく、笑わず、感情を見せない。
でも仕事の評価だけは正確だった。
「君の報告書は読みやすい」「渉外部はあの職員が要になっている」——誰かに選ばれたくて生きてきたわけではないのに、仕事を通じて初めて、自分の輪郭がはっきりしてくる気がした。
教養が足りない、ですって
たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる