姉の婚約者と結婚しました。

黒蜜きな粉

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「失礼いたします。本日の診療記録を取りまとめてまいりました」

 エイナルが仮眠をするために部屋を出ようとしたとき、扉がノックされた。
 やって来たのは野営地でソフィアが怪我を治療した包帯男だ。彼はあの後からソフィアを命の恩人だと慕ってくれるようになった。お礼に何かしたいと言うので、無料診療の日にこうして手伝いをしてもらっている。

「あら、さっさと休みにいかないからいけないのよ」 

 エイナルは包帯男から診療記録の書類の束を受け取ると、さっそくそれに目を通し始めた。好奇心旺盛で研究意欲の高い男だ。目の前に興味のある資料を提示されたら、どんなに疲れていても休むということができなくなる。

「気になるのはわかるけれど、治療で魔力を消費したでしょう? 少しは寝た方がいいわよ」

「……そうなんですけどねえ。そうおっしゃるなら、ちょっとでいいんで書類整理を手伝ってもらえます?」

「残念ね。私はここだと領主夫人なのよ。雑務はお任せするわ」

「マジっすかあ。兄弟子として命令しちゃいけません?」

「エイナルお兄さまがお困りなのは心苦しいのですけれど、そろそろお屋敷に戻りますわ」

「あーあ。絶対に学園を卒業したらうちの研究員になると思っていたのにな。こき使ってやるつもりでいたのにいきなり結婚とはね」

「研究員になったとしても、どうせどこかに嫁がされる間の腰かけよ。お兄さまのチームには配属されなかったと思いますわ」

「……ですかねえ」

「そうですわよ」

 ソフィアが笑いかけると、エイナルが書類から顔を上げた。彼は目頭を押さえると、手にしていた書類の束を机の上にそっと置いた。

「……お屋敷に戻られるのですよね? 外まで送りますよ」

「あら珍しい。とてもありがたいお申し出なのですけれど、お疲れのようだから結構よ。どうぞお兄さまはお休みになられてくださいませ」

「何を言ってんですか。奥さまがわざわざいらしてくださったのに、お見送りしないのは失礼でしょう?」

 送ると言って聞かないエイナルと共に、ソフィアは教会の建物の外に出た。
 教会の敷地内には、無料診療目当てでやってきた領民たちの姿がある。彼らはソフィアとエイナルの存在に気が付くと、近くへ寄って来て声をかけてくる。

「奥さまこんにちは。もうお帰りですか?」
「先生、ありがとうございました。すっかり具合がよくなりました!」

 あっという間に領民たちに取り囲まれてしまった。
 無碍にするわけにもいかないので、ソフィアたちはそのまま領民としばらく話しこんでいた。



 どのくらい時間が経ったのだろうか。どこからか鋭い視線を感じた。
 ソフィアが気配のする方角へ視線を向けると、そこには意外な人物がいた。

「………旦那さま?」

 教会の正面入り口にイーサンが立っていた。ソフィアは領民たちに断りを入れて人の輪から抜け出すと、彼の元へ駆け寄った。

「旦那さま、何かございましたでしょうか?」

「……いや、別に何もない。ただ無料診療とはどういうものか気になったので見に来たのだが……」

「まあ、それは申し訳ございません。今日の診療は終わってしまったのですよ」

「そ、そうか……」

 イーサンはそう言って気まずそうに視線をそらす。そこへエイナルもやってきた。

「ご領主さま自ら足をお運び頂きありがとうございます。ですが、事前にご連絡いただければお迎えする準備もできますのに……」

「いや、そこまでしていただかなくて結構だ。たまたま近くを通りかかったので、様子を見てみようと思っただけだからな」

「お気遣い嬉しいですわ。旦那さまのお許しが頂けたから、このような場を設けることができたのです。とても助かっておりますわ」

 ソフィアが同意を求めるようにエイナルを見ると、彼はイーサンに向かって頭を下げた。

「我々のために場を提供していただけたこと、あらためて感謝申し上げます」

「……こちらこそ、貴殿らの存在には助けられている」

 イーサンは仏頂面でそう言うと、こちらに背を向けて去って行ってしまう。

「ごめんなさいね。旦那さまは少し難しい方なの」

「難しいですかねえ。ありゃただの我儘な坊やじゃありませんか?」

「そんなことを私の前でもう一度言ってごらんなさい。ぶっ飛ばしますわよ」

 ソフィアはエイナルにそう言ってから、イーサンのあとを慌てて追いかけた。
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