姉の婚約者と結婚しました。

黒蜜きな粉

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「お待ちくださいませ旦那さま」

 早足で歩いているイーサンの背中に追いついて、ソフィアは声をかけた。

「屋敷にお戻りになるのでしょう? でしたらご一緒させてくださいませ」
 
 野営地での一件から、ソフィアはイーサンにそれまで以上に避けられるようになっていた。彼とはまだしっかりと話し合うことができていなかったのだ。
 そのため、今日こうして様子を見に来てくれたのは、イーサンとの関係において大きな進歩だとソフィアは思っている。

「一緒にお屋敷まで帰りましょう?」

 ソフィアは声をかけても振り返りもしないイーサンの横に並んだ。隣を歩く彼を見上げながら声をかけ続ける。
 イーサンは迷惑そうな顔をしているが、この機会を絶対に逃しはしないとソフィアは食らいつく。これまで自分が続けてきた努力は間違いではなかったのだと証明したかった。

「今日の診療での様子をお話させてください。それが気になってこちらにいらっしゃってくださったのでしょう?」
 
 最初は無視をしていたイーサンも、ソフィアがしつこく話しかけているとようやく振り向いてくれた。彼はソフィアを見つめながら口を開いたが、すぐに閉じてしまう。
 ソフィアはイーサンが何かを言いかけたのだと思った。それからは話しかけずに、彼が言葉を発するのを待った。

「………………君は馬車でここへ来たのだろう?」

 しばらくお互いに黙っていると厩舎に到着した。彼は教会まで自分の馬で来ていたらしい。
 イーサンはようやく口を開いてくれたが、自分は馬に乗って帰るから、ソフィアには来た時と同じように馬車で帰れと言いたいようだ。

「いいえ。ですから、ご一緒させてくださいませ!」

 ソフィアはイーサンの許しを得ずに、彼の愛馬の背に飛び乗った。

「屋敷はすぐそこですから、少しだけ我慢してくださいませ」

 ソフィアは馬上からイーサンに向かって手を伸ばした。彼は目を丸くして呆気にとられた顔をしている。その表情を見てソフィアは笑った。

「ふふふ、旦那さまのそんな顔は初めて見ました。どうなさったのですか?」

 ソフィアが笑っていると、あとを追いかけてきていたルイースが、顔を青くしながら声をかけてくる。

「どうなさったのかじゃないですよ! 淑女になりたいとかいうお話はどこへ行ったのですか⁉」

 ルイースにそう言われて、ソフィアは自分の失態に気が付いた。

 ――しまった、勝手に他人の馬に飛び乗る淑女なんているわけないじゃない! しかも、誰の手も借りずに軽々と鞍に腰掛けてしまったのは、さらにまずいような気がするわ。だって今日の私は乗馬用の服を着ているわけじゃないもの。いや、そもそもそういう問題ではないわ。はしたない女だと思われたわよね? だってお姉さまは乗馬がお嫌いだったもの!

 ソフィアは慌てて馬から降りようとする。しかし、また誰の手も借りないというのは淑女らしからぬ行為である気がしてためらった。頭の中に悪い考えが次々に浮かんできて混乱してしまう。


「そのままでいい」

 慌てふためいているソフィアにイーサンが淡々と言った。彼はすぐにソフィアが乗ったままの馬に跨る。
 自分から言い出したこととはいえ、本当にイーサンが相乗りをしてくれるとは思わなかった。ソフィアはつい彼の顔をまじまじと見つめてしまう。

「…………少しだけ驚きはしたが、乗馬くらい嗜みのひとつだろう。何を慌てることがある」

「そ、そうですわ、よね? ふふふふふ」

 ソフィアが取り繕うように笑うと、いつも仏頂面のイーサンがほんの少しだけ口元をほころばせた。

「あ、旦那さま! いま笑いましたか?」

 ソフィアがそう言って彼の顔を覗き込むと、いつもの不機嫌そうな表情に戻ってしまった。

「ああ、もったいないです。もう少し見ていたいので笑ってくださいませんか?」

「いいから帰るぞ」

 イーサンは手綱を強く握り馬を走らせる。ソフィアは慌てて彼にしがみついた。

「ちょっと旦那さま? これじゃお話できないじゃないですか!」

「舌を噛んでもいいなら話せばいい」

「ひどい! お話をさせてくださいませ」

 ソフィアは馬を走らせ続けるイーサンに文句を言った。
 そのとき、ふと視界に入った教会の入り口で、再び領民に囲まれているエイナルがこちらに手を振っていることに気が付いた。ソフィアは身を乗り出して、大きく彼に向かって手を振り返す。すると、ソフィアに気が付いた領民たちも手を振りはじめた。

「…………振り落とされたくなかったら、ちゃんと掴まっていろ」

「ご安心くださいませ。これくらいで落ちませんわ」

「そうか。ならもう少し飛ばしてもいいな」

「――っきゃあ、さすがに街中でこんなに飛ばしたらあぶないですわよ!」

 イーサンはソフィアの言葉を無視して屋敷まで馬を走らせ続けた。
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