姉の婚約者と結婚しました。

黒蜜きな粉

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――この男、本当に潰してやろうかしら。

 そんな考えが頭に浮かんでしまったソフィアは、頬を叩いて気持ちを落ち着けた。いくらなんでもイーサンにそこまでしては、ソフィアが罰せられてしまう。

「言いたいことは本当にたくさんございます。ですが、これだけは言わせて下さいませ」

 ソフィアは深呼吸をしてから、勢いよく言い放った。

「最初からご自分のお考えを私に伝えてくだされば、こちらだってしかるべき対応ができたのです。それを今さらなんですか!」

 ソフィアの威勢のよさに、イーサンの顔色が曇る。

「結婚の実態がなければと簡単におっしゃいますけれど、それを証明することは実際には難しいと思いませんか?」

 イーサンはソフィアの言い分に反論ができないようで黙り込んでしまった。

「婚姻関係を結んだ時点で後戻りはできないのです。領主の座を失う? それは旦那さまがお亡くなりになるということなのですか? つまり、自分は私をこの地に残して逃げるとおっしゃりたいのですか!」

 言い出したら止まらない。イーサンの顔色が悪くなっていくが、これが最後と決めたからにはやめるつもりはない。

「もし本気で死ぬ覚悟がおありでしたら、自暴自棄にならずにやれることはたくさんあるでしょうに……。そんなだから叔父さまに地位を狙われるのですよ!」

 ソフィアがそう言うと、イーサンがムッとした顔をした。それでも彼はソフィアを見ようとはしなかった。

「叔父のことは君に関係ないだろう」

「あなたと結婚をした時点で私には関係のない話ではなくなったのです!」

 ソフィアはイーサンの胸ぐらを掴んだ。強制的にこちらへ振り向かせると、ぎろりと睨みつける。

「関係ないとおっしゃりたいのでしたら、お姉さまが逃げた時点で結婚は無かったことにすると宣言すればよろしかったのです。それをなんですか! 花嫁に逃げられるような男なんてプライドが許しませんでしたか⁉」

「そ、そんなことを君には言われたくな……」

「それです! それも気に入らないのですよ」

 イーサンの胸ぐらを掴んでいるソフィアの手が震える。

「私にはソフィアって名前があるのです! いつも君っておっしゃいますけれど、名前くらい呼んでくれてもよろしいのではないですか? それとも名前すら覚えておりませんか⁉︎」

「それを言ったら君も私のことは旦那さまとしか呼ばないだろう?」

「そ、それは……」

 自分のことを指摘されて、ソフィアは途端に恥ずかしくなってイーサンから手を離した。

「い、いきなり名前をお呼びするなんて……。はしたない女だと思われるのではないかと思ったのです!」

 ソフィアは気恥ずかしさで身体が熱くなっていくのがわかった。きっと頬が赤くなっているだろう。それに気が付かれるのが嫌で、腕を組むとそっぽを向いた。

「そりゃ名前を呼べたら素敵だなって思いますけれど、そこはきちんと許可をいただいてからでないと……。だ、だっていきなり名前を呼ぶなんて、なんだか恥ずかしいですもの!」

 顔を背けたところで耳まで赤くなっているだろう。
 すでに領主であるイーサンに対して、ソフィアはかなりの無礼を働いている。今さらこんなことで恥ずかしがるのはおかしいかもしれないが、どんどん鼓動が早くなっていく。

 イーサンは何も言い返してこない。ソフィアは居心地の悪さを感じながら、ちらりと視線だけで彼を見た。
 すると、なぜかイーサンも顔を赤くしていた。彼は口元に手を当てて身体を小刻みに震わせている。
 
「…………………………だから、嫌だったんだ」

 イーサンは小さな声で何かを呟きながら俯いてしまった。

「え、なんですか? ちゃんと聞き取れなかったのですが……」

 ソフィアはイーサンの態度を不思議に思って彼の顔を覗き込む。すると、顔を上げて視線の合った彼は、いつもの仏頂面になっていた。

「…………こんなに可愛らしい君の近くにいたら、流されそうになる。だから一緒にいたくなかったんだ」
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