花屋敷の主人は蛍に恋をする

蝶野ともえ

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16話「ブルーパヒューム」

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   16話「ブルーパヒューム」




  ★★



 菊那という女の子はどこか自分に似ていると思った。

 日葵は、幼い頃から自分の好きな事に集中してしまう事がよくあった。けれども、持ち前の明るさから友達も困る事もなかったし、どんな事にも興味はあったので勉強や運動もそこそこできた。けれど、1番好きだったのが、向日葵だった。母親が大好きな花で、それを息子である日葵につけてくれた。自分の名前に使われていると知ってから、向日葵の花を見るだけで、特別なものに見えたのだ。
 そして、もう1つ夢中になれたものがあった。それは絵を描く事だった。夏しか見れない向日葵を残しておくのは絵しかない。そう思ったのだ。
 今考えれば、写真でも動画でもよかったのに、幼い日葵はそれしか考え付かなかったようだ。


 中学生ぐらいで絵に夢中になり、しかも漫画や有名人のイラストでもなく花を描いている男など、変わっていただろう。けれど、好きになると止まらなくのが自分なので、日葵は諦めていた。それに、誰にも止められないし、迷惑もかからない。
 けれど、自分は変わり者なのだ。そんな風に思っていた。


 そんな時に出会ったのが菊那だった。彼女も流行りや周りの友人に流されずに「好き」を持っていた。自分の好きな裁縫や刺繍を周りに認められて、とても嬉しそうにしていた。
 同じクラスになるまで菊那の事は知らなかったけれど、彼女の事を目で追う事が多くなっていたのだ。
 自分のポーチを見たり、授業中にこっそり刺繍のデザインを考えていたりしているのを見て、とても楽しそうにしている表情を見ては、自分と同じ人がいるんだな、と勝手に親近感を感じてしまっていたのだ。


 そんな時に菊那のいじめがクラス内で始まった。
 それを黙って見ていられるはずがなかった。助けたつもりはなかった。当たり前の事を、自分の本心を伝えた。

 助けた時の菊那は驚いた顔を見せてた後、ホッとしたり、そして不安そうになったり……ころころと表情を変えた。
 きっと、安心したのと同時に、日葵の事を心配したのだろう。



 「このポーチ可愛いじゃん。どこがダサいんだよ」


 そう言った時のピリついたクラスの雰囲気など、日葵には全く関係なかった。
 好きなものにまっすぐで、そしてとても丁寧な作品を作れる彼女が罵られるのか。それが本当に謎だった。

 その後、自分がいじめの標的にされるのは考えてもいなかったが、別にどうでもよかった。好きなものをしている方が楽しい。それで、菊那が心を痛めないならば、その方が安心出来る。そう思った。





 そんな時に、訃報が届いた。
 ずっと入院していた母親が亡くなったのだ。












   ☆☆☆



 「お母さんが亡くなったの………」
 「あぁ。幼い頃から体が弱くて。父は仕事で忙しくて出張が多い仕事だから、母は一人で闘病してたんだ。けど、死んでしまった。菊那が見たのは、母の葬式から帰ってきた親戚だろうね」
 「………そ、そうだったの………。でも、あの時にお母さんが亡くなっていたなんて……」
 「心配してくれてありがとう。確かに悲しかったけど、近い将来、母が居なくなるっていうのはずっと覚悟していた事だったから。そこまで鬱ぎ込む事はなかったんだ」
 「ごめんなさい。その………勝手に勘違いしてしまって………」
 「いいんだ。先生にも転校する事になったとだけ言ってくれって言ってたんだけど………」
 「………私たちが悲しまないように嘘を言ってるって思ってたの」
 「なるほど。そういう事か」



 自分勝手な思い違いで、彼を死んでしまったものだと決めつけていた事に申し訳なさと、情けなさで顔を上げられなかった。


 「僕が手紙だけ残して転校しちゃったから。勘違いをしてしまうのも仕方がないよ。それより、菊那は僕がいなくなってから大丈夫だった?また、いじめわれなかった?」
 「うん。それは大丈夫。いじめていた対象の人が突然いなくなって、少しヤバイと思ったみたいで。前みたいに話すことはなくなったけど、笑われたりバカにされたりはしなかったよ」
 「……ずっと心配してたんだ。よかった………それを聞いて安心したよ。そして、僕がプレゼントした向日葵の種。まだ大切にしてくれていたんだって?」
 「………うん」
 


 菊那は隣りに静かに座っていた樹に視線を向ける。彼はゆっくりと頷いて内ポケットから布に包まれた小瓶を取り出した。もちろん、中身は菊那が預けていた1粒の向日葵の種だった。



 「んー………僕が絵に描いた向日葵で、学校にあったものなんだけど。大きいものだったから、たぶん品種はロシアなんだけど。………うまく育ってなかったかな」
 「向日葵は1本だけだと受粉は難しく近くの交配可能な品種の花粉を貰わなければいけないので……もしかしたら周りにそういう向日葵がなかったのかもしれませんね」
 「うん。僕もそれを考えたんだ。………だから、もしかしたらこの種の中身は空っぽかもしれない。………菊那、割ってもいいかな?」



 菊那は少し迷ったけれど、「うん」と頷いた。
 確かに何年も持ち歩き大切にしてきた種。毎年1粒ずつなくなってく寂しさと、彼を思い出す鍵となっていた大切な宝物。 それがなってしまうのは、やはり悲しくものだ。
 けれど、日葵は目の前にいる。もう、最後の種だからと不安にならなくてもいいのだ。

 
 樹から向日葵の種を受け取った日葵は、大切に手に持ち、そして少しの力を込めて殻を割った。
 パキッと鈍い音と共にあっけなく向日葵の種が割れてしまう。

 菊那はじっと彼の手の中を見つめる。菊那の方に日葵の手が伸びてくる。


 「………中身、からっぽ…………」


 菊那はそう言うと、体の力がスッと抜けていくのを感じた。
 
 殻の種を大切に持ち、何年も何年も芽が出ることを願い続け、そして絶望していた。1つなくなり、また1つ………と、夏が終わるのを怖れていた。
 それなのに、種の中にはなにも入っていなかった。
 それなのに、土に埋めて水をやり、太陽の光を浴びせながら、願い続けていた。そんな昔の自分を思い出しは、滑稽に思えた。


 けれど、それと同時に安心もした。
 自分の育て方が悪かったわけでも、種に気持ちが伝わってないわけでもなかったのだ。

 ぐじゃぐじゃとした感情が、菊那を襲った。けれど、2人の前では冷静にいなくてはいけない。
 菊那は笑顔を浮かべて、日葵を見た。


 「からっぽの種を植えてずっと花が咲くのを待っていたなんて………。私、バカだな………。怖がらずに割ればよかったのにね。そうすれば、日葵くんにも樹さんにも迷惑をかけてしまって………」
 「バカでも、迷惑かけてもいないよ」
 「………え………」
 「そうですね。それは同意です」
 「菊那は何も悪くないさ。だから…………」
 「悪いよ………。日葵くんは私の事を助けてくれたのに、私は何も出来なかった。助けてあげたかった………っっ!」
 「菊那………」


 小さかった声が、話をする事に感情的になり、大きくなっていく。最後は悲痛な叫び声に近かったかもしれない。


 「日葵くんは私のために、自分から私を遠ざけようとしていた。だから、私はあなたの所に行けなかった………そんな事が理由じゃない。…………私、またみんなにバカにされたり無視されるのが怖かった。…………日葵くんの所に行きたかったのに、行かなきゃ行けなかったのに…………本当にごめんなさい………。助けられなくて、ごめんね」


 先ほどあんなにも泣いてしまったのに、涙は渇れていなかった。
 しっかり謝りたい、だから泣くのは嫌なはずなのに、菊那の瞳からは一筋の涙が流れた。
 それでも、彼の目を伝えようとまっすぐ前を向いて、謝罪の言葉を繰り返した。


 優しい日葵ならば、「謝らないで」と言うかと思った。
 けれど、菊那の真っ直ぐな気持ちが伝わったのか、日葵のいつもの笑みは顔から消え、真剣な眼差しで菊那の目を見返し、彼は「うん。許すよ」と言った。


 どうして、自分の周りにはこんなにも優しい人ばかりなのだろうか。
 日葵は向日葵そのものだな、と菊那は強く思った。


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