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17話「ラヴィーニア」
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「ほら、もう泣かないで。俺が泣かせたみたいになってるから」
「実際、泣かせたようなものだと思いますけれどね」
「………史陀さんはいじわるだなー。でも、史陀さんが菊那に出会ってくれて、そしてこうやって連絡してくれたから再会できるので感謝してます」
「では、そのお礼に向日葵の絵を買わせてください」
「だから、それは………」
「え、向日葵の絵って…………」
菊那が再度泣いてしまってからやっと落ち着き、雑談をしていた。樹が絵を買いたいと話、菊那はもしかして……と口を開いた時だった。
バタンッと玄関のドアが勢いよく開いた。
「あーーーっ!!パパが女の人を泣かせてるー!!」
玄関から現れ、菊那達の元に駆け寄ったのは小さな女の子だった。空色のワンピースに茶色い髪、そして白い肌、大きな目。菊那はすぐに彼に似ていると思った。
その女の子は頬を膨らませて、怒っている様子だった。どうやら泣き顔を見られたのか、日葵が菊那を泣かせた犯人と勘違いしているようだった。
「大丈夫?うちのパパがすみません。お母さんに怒ってもらうから泣かないでね」
「え……うん。ありがとう……?」
「いや、菊那、それは否定してくれよ!……陽菜(ひな)、パパは泣かせていないから」
「えー……本当かなー?樹さん、そうなの?」
「さぁ、どうでしょう?」
「………史陀さん、面白がらないでくださいっ!」
皆に責められて日葵だけが、おろおろしている。何だか可哀想な気がして、菊那が声を掛けようとした。
「ご、ごめんなさい!目を離したすきに勝手に家に戻ってしまったみたいで………お邪魔して、すみません!」
玄関から女の人が顔を出した。
菊那と同年代ぐらいの女性で、肌が白く、黒い髪は肩ぐらい長さでボーイッシュなイメージだ。けれど、顔はとても可愛らしく、小柄なのでとても女の子らしさがある女性だった。
「あ、ママー!」
「陽菜、大切なお客さんだから家に入っちゃダメってお話したでしょ?」
「えー!だって、樹さんに会いたかったんだもん。それに、窓から覗いたら、パパが女の人泣かせてたから、陽菜が助けに来たんだよ!ママ、パパの事、アプッてしてー!」
「……わかったわかった。騒がしくしてしまい、すみません……」
その女性は女の子を抱き上げると、菊那と樹に向けて頭を下げた。
「そして、日葵ー!本当に彼女の事泣かせたの!?」
「泣かせてないよ………!菊那、騒がしくてごめん。俺の奥さんの恵(けい)と娘の陽菜。本当は話が終わるまで外に出て貰ってたんだけど、陽菜が我慢できなかったみたいで。………そして、中学時代のクラスメイトの菊那さん」
「こんにちは、初めまして」
「初めまして………お邪魔してます。日葵くん、結婚してたんだね」
「そうなんだー。20歳で結婚したんだ。いい奥さん見つけたからさ」
「はいはい。ありがとー。この子、寝かしつけたら、何か出しますね」
とても嬉しそうに2人を紹介してくれる日葵だったけれど、奥さんである恵はとてもサバサバしていた。恵は子どもをつれて2階へ上がっていってしまった。
自分と同じ年の友達が結婚をして子どもが居るというのはとても不思議だった。
それに、日葵は亡くなったと勘違いしていたので、より驚きと喜びが大きく感じられた。
陽菜は外で遊び疲れたのか、すぐに寝てしまった。
昼食を食べていなかった菊那と樹のために、恵はサンドイッチを出してくれた。
菊那にはフルーツサンドを、樹には野菜と卵のサンドイッチを選んでくれた。やはり、樹は甘いものあまり好きではないようだ。
「あの……日葵くんは今も絵を描いているの?」
「うん。実は画家をやってるんだ。昔は全然売れなかったけど、個展をやっていくうちに少しずつ売れるようになってね。向日葵の生産で生計を立ててたけど、今は絵で食べていけるようになったんだよ。だから、向日葵畑は恵に任せてばかりなんだ」
「ビニールハウスだけにしたから私だけでも頑張れるの。目の前の畑全部やってたら、無理だけど」
「………え、周りの畑も?!」
かなり大きな面積だったので、菊那は驚いてしまうと、「土地を借りてるんだ」と日葵は笑った。
「キャベツ畑の収穫が終わったあとに向日葵を植えさせてもらってたんだよ。向日葵を植えると土も良くなるらしくて。今はキャベツ畑の人が向日葵を植えて、その収穫だけを手伝ってる感じだよ」
「そうなんだ…………向日葵、本当に好きなんだね」
「あぁ、今でも大好きだよ。菊那も裁縫やってるの?」
「うん………ハンドメイドで少しだけだけど。まだ好きだから」
「そっか!菊那の刺繍はすごい可愛いんだ!そうだ、俺も注文しようかな。恵も欲しいだろ?」
そう言って、菊那がスマホで自分の作品を日葵に見せていると、恵はクスクスと楽しそうに笑っていた。
「菊那さん、今日は来てくれてありがとうございます。彼から少し話は聞きました。………本当に辛い思いをさせてしまって、ごめんなさい」
「いえっ!私が勝手に勘違いしただけなので……」
「………日葵はね、あなたが初恋だって話してくれたわ」
「え………」
「こ、こら!恵っ!そんな事、話さなくても………」
懐かしそうに目を細めて話す恵だが、日葵は焦ったように彼女を止めたが、もう菊那の耳に入ってしまったものは、忘れられない。
菊那は驚きながら日葵を見ると、彼は頭をかきながら「あー……バレたー」と恥ずかしそうに頬を染めていた。
「初恋の相手なんて、って私もその時も悔しかったけど……日葵はとっても楽しそうに話してくれるから。会ってもいないのに会いたくなってしまったの。彼は、あなたをいじめから守った事が武勇伝なんですって。よっぽど大切だったのね」
「………恵、もう止めてくれ………」
「いいじゃない。あなたは私と結婚したんだから、私が1番好きなんでしょ?それなら昔の恋話ぐらいしてもいいわよね」
「…………何で俺が辱しめにあってるんだ」
1人恥ずかしそうに下を向く日葵を見て、3人は思わず笑ってしまう。
やはり彼は変わっていない。どこに居ても人が集まり、こうやって好かれている。みんなを笑顔に出来る。向日葵そのものだ。
そんな日葵だったけれど、気恥ずかしそうに菊那を見た後、ゆっくりと口を開いた。彼から聞いたこともない、日葵の昔の自分への気持ちを。
「……でも恵の話は本当だよ。好きなものを頑張って努力するって、思春期では何かカッコ悪いイメージだろ?それがどうしておかしいんだろう?って不思議だった。自分が変わっているのかって思ってた。けど、菊那は全くそんな事なくて……好きを好きで居られるのはかっこいいなって思ったよ。だから、その……まぁ、いいなーって思ってた。だから、あの頃のままの菊那で安心したよ。俺の目標にしてた人のままだった。………だから、そんな菊那に俺の絵を見てもらえてよかった。ありがとう、菊那」
「………こちらこそ、ありがとう。今度来るときは日葵くんと、恵さん、陽菜ちゃんにプレゼント持ってくるね。もちろん、向日葵の刺繍を」
自分は日葵のために何も出来ていなかった。守れなかった。ずっと、それが悲しくて悔しかった。
けれど、それはどうも間違えだったみたいだった。
日葵の背中を押してあげられる存在になっていたのだ。それがわかって、菊那の胸はジーンッと温かくなった。
菊那の心の中にあった種。
ずっと固く動かなかったのは、太陽のような向日葵がなくなってしまったから。悲しさと悔しさで種は芽吹かなかった。けれど、日葵に再会した事で、その温かい太陽の花の種はポンッと芽が出た。
そんなぬくもりを、菊那は感じたのだった。
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