花屋敷の主人は蛍に恋をする

蝶野ともえ

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18話「ルミエール」

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   18話「ルミエール」




 「それにしても、あんなにたくさん向日葵が咲いてたのに、菊那にあげたのだけ種が殻だったなんて……ある意味ですごいよな」


 菊那と樹がそろそろ日葵の家を去る事になり、日葵が見送りに外へ出た時だった。日葵が、そんな事をポロリと口にした。
 昔の記憶だけれど、確かに裏庭には何個かの向日葵が咲いていたように思えた。
 それなのに、菊那が貰ったものは全て空っぽだったのだ。確かに偶然にしては、意地悪にも感じる。



 「最後の挨拶出来なかったから、俺の事覚えていて欲しくて自分の名前の向日葵の種を渡したのにな……」


 と、日葵はそう寂しそうに呟き苦笑した。
 すると、菊那と隣にいた樹がゆっくりと言葉を紡いだ。


 「その向日葵の種がここに導いてくれたのではないですか」
 「………空っぽの種が………」
 「……あぁ。その考え方いいですね。うん、そんな気がしてきたっ!」


 樹の一言で、日葵の顔には笑顔が戻った。
 菊那は、彼の機転の効いた言葉。いや、思いやりのある優しい考えに、「あぁ、樹さんらしいな」と、心が揺れた。





 「あーー!樹さん、もう帰っちゃうの?!陽菜と遊んでないのにー!」



 出会った時と同じように、勢いよく玄関の扉を開けて出てきたのは、もちろん陽菜だった。お昼寝が終わり起きたのだろう。その後ろからは恵も姿を見せてくれる。

 笑顔で陽菜を出迎えた樹は、彼女の頭を優しく撫でてあげていた。


 「また遊びに来ます」

 
 陽菜はまだ遊んでほしかったようで、陽樹に甘えるように抱っこをせがんでいた。まだ4歳の女の子だというから、しっかりしているなと驚いたが、そういう大人に甘える所は子どもらしいな、と菊那は思い微笑ましく見つめていた。


 「陽菜は史陀さんが大好きなんだ。かっこいいからって言ってて……将来が心配だよ」
 「ふふふ。女の子らしいね」
 「…………菊那、少しいいか………?」
 「うん?」


 日葵はちらりと樹を見た後、日葵達と距離をとった。何か話があるのだと菊那はわかった。


 「どうしたの?樹さんの事?」
 「あぁ……僕は史陀さんを尊敬してるよ。無名だった俺の絵を好きになってくれたんだ。本当は1度絵を描くのを止めようとした事があったんだ。そしたら、「勿体無いです」って、俺の絵を何点か纏めて買ってくれたんだ。そして、そのお金で「都内で個展をひらいてみてください」ってね。半信半疑だったけど、その個展は大成功したんだ。だから、俺にとっては恩人なんだ」
 「そうなんだ………日葵くんの絵はとっても素敵だから。描き続けてほしいな。私もいつかお金を貯めて買いに来るね」
 「菊那にならプレゼントするさ」
 「いいの。買いたいの」
 「じゃあ、刺繍のものとの交換は?」
 「あ、それいいね」


 2人はクスクスと笑いながら、そんな約束を交わした。昨日までの菊那は、こうやって日葵とまた話せる日がくるなど想像もしていなかった。お互いの作品を見せ合って楽しめるなんて、なんて幸せなのだろう。学生の頃に出来なかった事を、今からやれるのも素敵だな、と思った。


 「………なぁ、菊那。菊那は史陀さんの事、どこまで知ってる?」
 「え?……私より年上で大学の教授をしてる………ってこと?」


 先程まで、微笑んでいた日葵の表情が、スッと温度が変わったように真剣なものになっていた。
 菊那はその雰囲気を感じとり、思わず小声になってしまう。


 「そうか……知らないみたいだな。菊那は、花屋敷の魔法には気づかなかった?」
 「え………」
 「史陀さんは随分菊那の事を気に入ってるみたいだから。………あの人の魔法をといてあげて」
 「魔法を………それってどういう………」


 魔法?
 日葵は何の事を言っているのかわからずに、菊那は詳しく話を聞こうと彼に問いかけようとした。


 「菊那さん、そろそろ行こうと思いますが、お話しは終わりましたか?」
 「っっ!………樹さん……」


 いつの間にか菊那達のすぐ傍まで来ていた樹に気づかず、菊那は体を震わせ、驚いた表情で彼の方を振り返ってしまう。


 「すみません。驚かせてしまって。……何の話しをしていたのですか?」
 「………えっと………それは……」
 「菊那にこれをあげようと思って引き留めたんだ。」


 そう言って日葵はズボンのポケットから小さな透明な袋を出して、菊那に手渡した。その中にはいろいろな種類の種が入っていた。


 「向日葵の種。日葵くん、ありがとう」
 「次はしっかりと咲くよ。1つじゃなくて複数で、な。いろんな向日葵を楽しんでくれ」
 「うん。何が咲いたか、今度教えるね」
 

 菊那は大切にその種を受け取りながら、そう答えると、日葵は菊那を助けてくれた時と変わらない、あの無邪気な笑みを見せてくれたのだった。





 田んぼや畑が続く道を、樹の車はゆっくりと進んでいく。菊那はその景色をにこやかな気持ちで眺める事が出来ていた。行きの不安な気持ちとは全く違う、梅雨明けの空のような心情だ。

 菊那は緑の景色から隣に座る樹に視線を変える。そして、彼に向かって頭を下げた。運転している樹は見えないかもしれないので、気持ちを込めて言葉を伝えた。



 「樹さん、日葵くんと会わせてくれてありがとうございます。向日葵の種の咲き方法を、教えてもらいに行くのだとばかり思っていましたが………まさか、日葵くんと会えるとは………もう会えない相手だと思っていたので、本当の事を知れて本当に嬉しかったです。樹さんには感謝してもしきれません………」
 「菊那さん、気にしないでください。あなたの話に出てきた「日葵」という名前を聞いた瞬間にすぐに彼だと思ったので。すぐに伝えればよかったのですが、本当に彼なのかわからず、期待だけさせてしまうのも申し訳ないと思ったので………すぐに伝えられませんでした。それに、日葵さんと考えたサプライズ旅行は成功したみたいで、よかったです」


 一瞬こちらを見て微笑んだ樹は、いつもと変わらない笑みを浮かべている。
 そんな彼を見て、日葵が最後に言った言葉を思い返した。



 『あの人の魔法をといてあげてください………』


 その言葉の意味は何なのだろうか。
 魔法というのは、やはり花屋敷の四季の庭だろうか。けれど、その肝心の魔法というのがよくわからない。
 それに、菊那を気に入っている?というのも、わからなかった。

 確かに自分の屋敷に招いてくれたり、こうやって菊那のために遠い地まで足を運んでくれている。それに、本人にも「気になっている」と、言われた。
 けれど、彼が自分を気に入っているとは思えないのだ。
 ………菊那は樹の事を知らなすぎるのだから。



 「菊那さん………?大丈夫ですか?」
 「え、あ………ごめんなさい!ボーッとしてしまっていて」


 考え事をしたまま黙り込み、固まってしまった菊那を心配したのか、樹は車道の脇に車を止めて、菊那の顔を覗いていた。
 気がつくと、彼の綺麗な顔が目の前にあり、菊那は驚いてつい体をビクッとさせてしまう。
 先程、彼に対して驚いてばかりだなと反省しつつ、日葵に謝罪した。
 

 「長旅でしたし、思いもよらない展開にもなったはずなので、疲れてしまいましたよね。日帰りでは疲れてしまうと思ったのでホテルを予約しております。食事もホテルで食べましょう」


 菊那がぼーっとしてしまったのは、疲れているせいだと勘違いした樹は、すぐに、車を発進させた。心なしか先程よりスピードが早くなったように感じる。

 ホテル、という言葉にドキッとしつつも、彼は紳士なのだから、菊那がドキドキするような事はないだろう。
 菊那の甘い妄想は、すぐに頭の中から削除されたのだった。




 
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