花屋敷の主人は蛍に恋をする

蝶野ともえ

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26話「ナイト・タイム」

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   26話「ナイト・タイム」




 「樹さん。……聞きしたいことがあったの。ずっとその事を考えてた……その話をしてもいいかな?」
 「えぇ。もちろん、聞かせてくれませんか?」


 樹が優しく心配してくれたのに、彼の秘密を聞こうとするなんて、止めた方がいいとはわかっていた。
 けれど、彼を知りたいという気持ちの方が勝ってしまった。



 「樹さんが心配してくれるはとても嬉しい。でも、その………最近、考えてた事は樹さんの事なの。………いつも優しくしてる、相談にも乗ってくれるし、私の夢を応援してくれる。………けど、私は樹さんの事を知らなって考えてた」
 「…………」
 「そして、きっと樹さんを知るにはあの花屋敷の庭について知る事が1番早いような気がしたの。………あの四季の庭には沢山の不思議と魅力と………秘密があるから」
 「……なるほど、確かにそうかもしれませんね」
 「だから、聞かせて欲しいの………あの庭の事。樹の事を」


 菊那はテーブルの下で、こっそりとギュッと手を握りしめた。
 自分から話そうとしていない事を聞き出すのはよくないとわかっていた。
 口に出した瞬間に、後悔の念に襲われる。けれど、言葉にしたことはなかったことは出来ないのだから、後は彼の返事を待つしかないのだ。
 きっと彼なら話してくれる。そう信じて菊那は彼の次の言葉を待った。

 けれど、すぐには返事はない。
 菊那は恐る恐る、顔を上げて彼の方を見ると、とても困った顔をしていたのだ。
 そんな表情を見てしまえば結果はわかってしまう。
 菊那は胸がキリリッと痛んだ。



 「まだ、お話し出来ないのです」
 「………まだって事はいつかは話してくれるつもりだった?」
 「もちろんです。………ですが、今は出来ません。あなたを悲しませるだけだ」
 「………私が悲しむ………?」


 樹のその言葉は菊那にとって不思議なものだった。
 どうして花屋敷の事が菊那を悲しませるのか。それがわからなかった。
 
 …………もしかするの、わかりたくなかったのかもしれない。


 「すみません。菊那さん。あなたの悩みを解決する手助けが出来ないようです」
 「…………いえ。いつか話してくれるなら、待っていますね」


 菊那は必死に笑顔でそう返事をしたが、その時はしっかりと笑えていたのだろうか、と不安になってしまった。








 その日から数日が経った。


 「ただいま…………」


 誰もいない部屋に帰り、力なく挨拶をする。もちろん、真っ暗な部屋からは返事など返ってこない。
 菊那はため息をつきながら、ベットに倒れ込んだ。最近、やけに疲れてしまう。
 ダブルワークの疲れもあるが、やはり考え込んでしまうのが1番の原因だと思った。

 あれから、樹とは会っていない。
 連絡は取り合っているが、会うのはどことなく気まずいのだ。樹は屋敷に誘ってくれるが、菊那は「注文が多くなって忙しい」と理由をつけて断っていた。
 きっと彼もなんとなく察しているはずだが、何も言ってはこない。


 「………これでさようならって事にならないよね………」


 最悪の結末を思い浮かべては、ため息と、焦りばかり出てくる。
 樹はいつか教えてくれると言ったのだから待てばいい話なのはわかっている。けれど、どこか気になるのだ。
 その時の、樹の悲しげな表情が。そして、言葉が。

 彼は何か言いたいことがあったのではないか。菊那はそんな気がしていた。


 「私が悲しむって…………もう、十分悲しんでるのにな…………」


 そんな風にため息をもらして目を瞑る。それでも頭の中に浮かぶのは樹の事だった。会いたい。けれど、会うのも怖い。そんな事をずるずると考えてしまう。

 すると、静かな室内に「ぐーーー」という、間抜けな音が響いた。
 それが自分の空腹の証しなのだとわかり、菊那は苦笑してしまう。
 ゆっくりとベットから起き上がると、菊那の視界にテーブルに飾ってある1輪の花が入った。
 

 「まだ枯れてない………屋敷の花だから?それにしても……屋敷から離れて1週間ぐらいたってるのに、どこも痛んでないのかな」


 菊那はノロノロとテーブルに近づき、クレオメの花を見つめた。どこからどうみても本物の花だ。


 「不思議だな………本当に屋敷の花の力なのかな。花の色もとても鮮やかだし、茎や葉も凛としてる。それに花の香りだって……………香り…………」


 そこまで言葉を紡いでから、菊那はハッとした。
 この花の香りはどんなものなのだろうか。1週間経ったのに、全く感じたことがないのだ。菊那はクレオメの花の部分に鼻を近づける。だが、全く香りがしないのだ。そして、葉っぱの部分も嗅いでみるが青々とした草の香りも感じない。


 「そう言えば………樹さんの庭ってどんな香りがしていた?」


 菊那は庭で過ごした日々を思い出してみても、ラベンダーの香りも桜や金木犀、木蓮……花の香りがしないのだ。花だけではない草原のような草の香りも、自然の香りがした記憶がなかった。
 思い出せるのは彼と共に飲んだ紅茶の甘い香りだけなのだ。



 「…………もしかして………これって」



 菊那はその紫色の花を見つめた後、ゆっくりと手に取った。
 尾崎が言っていた、「この花がヒント」というのは、この花自体に秘密が隠されているという事なのだろう。

 菊那はそれがわかり、ゆっくりと大きく口を開けた。
 そして、花にかぶりついた。











  ★★★




 樹は一人庭のソファに座っていた。
 テーブルには乱雑に脱いだスーツのジャネットとネクタイが置いてある。
 ボタンをほぼ外した白いシャツを着て、だらしなく座り込む。そして、月の光を受けて輝く花達を眺めていた。


 「自分が何をやりたいのか……そんな事は私にもわかりませんよ」


 樹は、この間来た尾崎の事を思い出して、ため息と共に愚痴を溢した。
 普段の一人では飲まないアルコールを摂取したからだろうか。そんな、悪態を吐いてしまう。酒のせいしてしまえば楽だからだろう。


 「菊那は………私をどう思ったでしょうか?………黄色の花をやっと見つけられたはずでしたが………」 


 庭の端に咲く、さまざなな種類の菊の花。その花はソファに座るとよく見える場所に植えられている。樹が選んで決めたお気に入りの場所。
 だが、今だけはあまり見たくないと思う。彼女を思い出してしまうから。
 

 「やはり花ではない私ではダメなのか………」


 くしゃくしゃと前髪を書き上げて、天井を仰ぐ。
 そこにはガラス越しで少し歪んだ月が光輝いていてる。

 今夜だけはあの菊を照らさないで欲しい。
 樹はそんな風に願いつつ、またグラスに入った赤いワインで喉を潤した。

 
 

 
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