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25話「ノヴァーリス」
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「クレオメの花言葉は、秘密のひととき………かぁ………」
一輪挿しのガラスに入れてテーブルの上に飾ってある、尾崎から貰った花を見ては、独り言を洩らした。
あれから数日が経ったが、ヒントとしてくれたこの花の意味がわからなかった。
この花の名前と花言葉を調べたり、花の性質などもいろいろネットで読み漁ったけれど、樹に繋がるものはなかった。
クレオメという花は夕方から咲き始め、翌日の昼頃にはしおれてしまうという、1日花だった。けれど、尾崎からもらった花は枯れる事はなく、立派に咲いていた。これも屋敷の花だからなのだろうか。
菊那は、はぁーと大きく息を吐いて、テーブルに片頬を付けて体を脱力させた。
このところ、樹の事ばかり考えている。それ自体はいつもの事かもしれないけれど、彼の秘密をこっそりと探っているのはやはり申し訳なさがある。
それに秘密を知ったらと言って、彼を思う気持ちなど変わるはずがないのだから、何をコソコソと調べる必要があるのだろうか。と、内心では思ってしまう。
けれど、やはり気になってしまうのだ。
「クレオメの花を選ぶなんて、尾崎さんわざとかな……」
花言葉で「秘密のひととき」とあると、やはり樹の事を指しているのではないかと思ってしまう。
菊那はその日も、ネットでクレオメの花について調べていくうちに、夜が深まっていくのだった。
「大丈夫?最近はため息ばかりだけど」
「ご、ごめんなさい………少し寝不足なだけだから」
「そうなの?この頃元気ないから心配してたのよ」
カフェで働いている時に店長に心配されてしまうぐらいに、菊那はその日は眠たかった。花の事調べているうちに、寝る時間が少なくなってしまっていた。
この間、樹に会った時もボーッとしてしまって、「体調でも悪いんですか?」と、言われてしまった。周りの人に心配かけるのはダメだ、と反省しながら仕事に集中していた。けれど、考えてしまうのだ。あの花の事を。
尾崎は「この花がヒント」と言った。
だから、その花が何という名前なのか。花言葉は何なのか?いつ咲いて、どこに咲く花なのか?詳しく調べたつもりだったが、それでもよくわからなかった。自分の理解力が足りないのではないか、といろんな事を繋げて考えてもみたが、答えには導かれない。
考え方を変えてはどうか。
あの花は樹の屋敷の花だと言った。クレオメは1日花なのに枯れもしない不思議な花。
………屋敷の花は不思議な力で枯れもせずに咲く。だから、四季の花が同時に咲くのだ。
「…………もしかして、あの花自体がヒントなの?」
菊那はカウンターで食器の整理をしながら、言葉がもれた。
そして、それを思い付いた瞬間に早く家に帰って確認しなければ。そう思った。
「いらっしゃいませ」
「っっ!」
考え事をしていると、来店客が来たようで店長の挨拶をする声が聞こえた。
菊那も遅くなったが挨拶をして、作業に戻る。すると、隣に居た店長がこちらに近寄ってきて、小声で話し始めた。
「春夏冬さん、すっごい美形が来たよ!」
「そうなんですか?」
「………春夏冬さんって、こういうのあんまり興味ないもんね。ほら、注文みたいだからオーダー取ってきてっ!見てきて!」
「わかりました」
菊那は小声でもテンションが上がっている店長に苦笑しながら、ホールへと向かった。中央にスーツを着た男性が座っていた。すらりと伸びた脚と細身の体、そして艶のある髪。後ろ姿だけでも雰囲気が周りと違う。
だが、菊那はその美形だという男性の後ろ姿を見た瞬間「あっ!」と、大きめの声が出てしまった。
周りの客も菊那の方を向き、そしてその客もその声でこちらを振り向いた。
「あぁ………菊那。居てよかった」
「樹さんっ」
そこに座っていたのは、愛しい恋人の樹だった。
ただでさえ彼は注目される容姿なのに、店員である菊那に話をかけた事により、更に目立ってしまっていた。他のお客さんはともかく、他のスタッフからの視線が痛かった。
「どうしてここに……?」
「あなたが働いている所を見てみたくて。それに、会いたくなったので時間が空いたので来てしまいました」
「あ、ありがとう。………嬉しい……」
彼から会いたかったと言われると恋人として菊那も嬉しくなってしまう。頬がニヤけてしまうのを我慢出来なくなり、伝票板で口元を隠す。
「仕事の邪魔はしたくなかったので、テイクアウトして帰ります。…………今日は何時までですか?」
「17時………だけど」
「じゃあ、その頃にまた来ます」
「え……」
「私が話したいのです。食事に行きましょう」
「………うん。樹さん、ありがとうございます」
樹は笑顔で頷くと、温かいコーヒーが入った紙袋を持って、すぐに店から出ていった。
連絡なしで来てくれるなんて、急用でもあったのだろうか?そんな事を考える暇もなく、店のスタッフに質問攻めにあってしまったのだった。
仕事が終わり、スマホを見ると樹から連絡が来ていた。カフェの近くの本屋で待っていてくれるとメッセージが入っていた。
結局スタッフには恋人だと伝えてしまい、いろいろと質問されてしまった。出会いなどは誤魔化したけれど、話していくうちに、本当に偶然の出会いだなと思った。
確かに菊那は花屋敷の主人に会いに行ったけれど、そこで樹が屋敷から出てこなければ、偶然に紋芽とぶつからなければ彼との縁はなかったのだ。
人の出会いとは本当に不思議だなと菊那は思った。
彼が待っているとバレているため、定時より少し早い時間に上がらせて貰えたので、菊那は急いで支度をして樹の待つ本屋へと向かった。
合流した2人は、近くの洋食のレストランに入り、食事をする事になった。
恋人が目の前に居て、美味しいものを一緒に食べられる。
そんな時間が嬉しくて、菊那の表情も和らいでくる。そして、言葉数も多くなっていく。
「樹が来たとき驚いたけど……嬉しかったよ。会いに来てくれたのが、嬉しかった
……」
「それは会いに行ったかいがありましたね。あそこの制服は可愛いですね。とてもよくお似合いでした」
「あ、それ店長喜ぶと思う!すごくこだわったみたいだから。私もお気に入りなんだー」
そう言いながら、食後の柚子味のシャーベットを口に入れる。樹が勧めてくれたデザートは優しくて爽やかな味がして、更に口元が弛んでしまう。
「………よかったです」
「え?何が、ですか?」
「菊那が最近元気がないと思って心配していました。この間会った時も上の空になっている事が多々ありましたし、今日も私がカフェに行ってもしばらく気づかないぐらいに考え事をしていましたね。………それがどうしても気になったので」
「………そうだったんだ。私の事を心配してくれて………」
樹は菊那を心配して様子を見に来てくれたのだろう。そして気分転換になるようにと、こうやって外食に連れていってくれたのだ。
そんな彼の心遣いはとても嬉しい。
けれど、その理由は目の前の彼の事なのだ。
この町の有名な噂話の主人公である花屋敷の主人。
そして、秘密があるという彼。
自分に何を話していないのか、それが菊那の1番の悩み事なのだから。
「私に話を聞かせてはくれませんか?……力になれないかもしれませんが、それでも私に頼って欲しいのです」
恋人なのだから、相談してほしい。
話してほしい。
その気持ちは彼も同じなのだ。
菊那は、樹の話を聞いて彼に自分から問い掛ける事に決めたのだ。
きっと、彼が同じである事を信じて。
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