花屋敷の主人は蛍に恋をする

蝶野ともえ

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27話「ブラックティー」

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   27話「ブラックティー」





   ☆☆☆



 「…………菊那。いらっしゃい。驚きました」


 いつも落ち着いた様子の樹だが、その日はどことなく違っていた。セットされている髪ではなく、少し乱雑のままだったし、服もシャツに緩いズボンという格好だった。起きてからボーッとしていた、という感じで新鮮だった。
 彼と一緒に寝てもいつも先に起きるのは樹の方だったし、服装も隙がなく完璧だった。

 けれど、突然の来訪だったので、まさか菊那が来ると思っていなかったのだろう。
樹はとても驚いた顔をした後に、恥ずかしそうにしながらも菊那を屋敷に招き入れてくれた。


 「突然来てごめんなさい」
 「いいんですよ。恋人なのですから。鍵をお渡ししていつでも来ていただきたいほどです」
 「……………樹さんって、さらって嬉しいこと言っちゃいますよね」
 「そうですか?本心ですよ」


 先日の事があり、ぎくしゃくした会話になると思っていたが、いつも通り話が出来た事に菊那は安心した。こうやって、笑い合えるのは嬉しいことだと離れている間に実感した。

 その日は梅雨空で、シトシトと雨が降っていた。だが、それも雰囲気があるのでおすすめだと樹は庭に案内してくれた。


 「………すみません。はしたない格好をしてしまっていて。着替えてきてもいいですか?」
 「そういう服装の樹さんを見れて私は嬉しかったから……そのままでいいよ?」
 「ですが………」
 「どんな樹さんでも、私は見たいし、かっこいいって思ってますよ?」
 「ずるいですね………ですが、敬語を使ったのでペナルティーです」
 「………ぁ………」


 いつもは向かい側に座る樹だったけれど、今日はそう言った後に菊那の隣に座り、そしてゆっくりと菊那にキスをした。 雨が降っていて肌寒いからだろうか。彼の唇はとても冷たかった。


 「………もう来ていただけないかと思いました」
 「そんな事ない………」
 「この間、あなたに話せないと言ったのに?」
 「いつかは教えてくれるなら」
 「…………あの……」
 「今日はサプライズを用意したんですよ!」


 樹が口を開いた瞬間に、菊那は自分の言葉で遮ってしまった。樹に「やはり話せない」と言われてしまうのが怖かったのだ。気づかないフリをして、菊那は自分の鞄から用意したものを取り出した。


 「………花ですか?」
 「花屋さんで、樹さんにぴったりの薔薇を見つけたんです。あ、でもこれが樹さんの薔薇ってわけじゃないよ」
 「これは、ブラックティーですね」
 「さすが!樹さんと言ったら紅茶なので!」


 そう言うと、菊那は綺麗に包装されたブーケを彼に手渡した。 

 
 「いつも沢山プレゼントしてもらっているので。受け取ってください。そして、この間は変なことを言ってすみませんでした」
 「…………ありがとうございます。花のプレゼントを貰ったのは初めてですので……嬉しいです。ありがとうございます」


 樹は突然のプレゼントに戸惑いながらも、微笑みながらもそのブーケを受け取ってくれた。
 そして、少し茶色が混ざった赤い花を受け取り微笑んでくれる。やはり、彼は花が似合う。今日のラフな格好に薔薇のブーケというのは、ズルいぐらいにかっこいい。
 そんな彼を菊那はジッと見つめてしまった。


 「ブラックティーという名前なので、紅茶の香りがすればいいのですが」
 「私もそう思ったんだけど……やっぱり花の香りだったよ」
 「菊那も嗅いだんですね」


 そう言うと、樹は微笑みながらブラックティーの花びらに触れた。とても大切なものに触れるように優しく。


 「…………っっ!………」


 その瞬間を菊那は息を飲んで見続けた。
 けれど、花は何の変化もない。
 菊那は思わず小さく息を吐き、寂しさを感じながら樹が触れた花びらを見つめた。


 「…………花が枯れると思いましたか?」
 「え…………何、言って………」


 声が上擦ってしまう、うまく話せない。
 けれど、菊那は必死に笑顔を作り、彼の言葉の意味をわからないように誤魔化そうとした。


 「樹さん、何を言ってるの?私はただ、樹さんに花をプレゼントしようと思っただけで……」
 「では何故そんなに焦っているのですか?」
 「………そんな事は」
 「菊那さんは、私が花枯病だと思ったのではないですか?」
 「……………」


 はっきりと口にされてしまうと、言葉に詰まる。彼の視線はまっすぐ菊那を見ている。その視線はもちろん、真剣そのもので、菊那の作り笑顔などお見通しなのだとわかる。
 樹はわかっていたのだ。
 菊那の考えている事を。


 「……………どうして、わかったの?」
 「恋人ですからね。これでも菊那が好きだから、少しの違いもわかります」
 「………悔しいはずなのに、嬉しいなんて変だな………」
 

 菊那は苦笑しながら、自分の頭をくしゃくしゃに撫でた。
 そして、ゆっくり頭を下げた。


 「ごめんなさい………樹さんを試すような事をしてしまって」
 「…………どうして、花枯病だと思ったんですか?」
 「それは………樹さんは素手で花に触っていないなって気づいたからです。チョコレートコスモスの花束も手袋をしてましたし、日葵さんの種にも触ろうとしてなかったので。それに、樹さんが植物学の勉強しているのは自分の病気を治したいからなのかと………」
 「なるほど」
 「そ、それにこの屋敷の花の秘密………樹さんが花枯病だとしたらこの屋敷の花を触っても枯れてしまう。けど、枯れない花を作っているのだと。そも違うとわかりました。」
 「………魔法ではない、と?」
 「はい………」



 菊那は考えに考えて、樹は花枯病ではないか。そんな答えに辿り着いたのだ。
 原因不明の難病。花枯病。花に触れるとその花が枯れてしまうという、不思議な病気だ。
 樹と過ごしてきた中で、もしかして彼もそうなのではないか。そんな風に思って、花束を買ってきた。もし勘違いだとしても花を喜んでもらえればいい………そんな考えだったが、彼には全て見透かされていたようだ。
 自分の汚いやり方に、菊那は恥ずかしくなってしまう。正面から伝えればよかったのに。………それが怖くて出来なかったのだ。
 それに、もう1つわかったことがあった。それが花屋敷の枯れない四季の花たちだ。
 尾崎にヒントを貰い、ようやくわかったのだ。


 「この庭の花たちは、造花ですね?かなり精巧に作られて本物のように見えますが、偽物だとわかったんです」
 「………それは何故ですか?」


 肯定も否定もせずに、いつもの変わらない笑みを浮かべ、菊那を見つめる樹。それが、正解なのか不正解なのかもわからないまま菊那は言葉を続けた。


 「この庭には花や草木の香りがしないなって思ったの。気づくのは遅すぎだけど……それに、草の味がしなかった」
 「え………味って………まさか」
 「噛ってみたんです」
 「…………くくっ」
 「樹さん?」
 「はははっ……菊那、噛ったって………ふふっ………君は本当に面白いことをしますね」 
 

 樹が堪えきれずに笑い出したのを見て、菊那はポカンとしてしまう。
 大事な話をしているのに、と思う反面こんなに顔を崩し真っ赤になるまで笑っている樹を見るのが初めてで、菊那はどうしていいのかわからなくなった。
 それと同時に、無邪気な笑顔を見せてくれるぐらいに自分は彼に気を許されているのだと実感出来て嬉しさが沸々と込み上げてきた。


 「樹さん!もう……そんなに笑わないでください!」
 「くくく………ごめんなさい………大切な話をしてるのに。あー………本当に君は可愛い。突拍子もない事をしてくれる…………」
 「本当に食べたわけではないのに………」
 「わかっていますよ。……わかっている……君が傷つかないか、心配だから話すのを躊躇ったんだ」
 

 樹は自分を落ち着かせるために、ふーっと大きく息を吐いた後、菊那の頭を優しく何度か撫でた。
 そして、そのまま手を下ろして菊那の手を両手で握りしめた。 


 「君の話したように、屋敷の花は全て造花だ。…………それには花枯病が関係しているのも確かだ。…………長くなるし、楽しい話でもない。それでも、聞いてくれますか?」
 「………うん。聞かせて欲しい」


 菊那が強い視線で彼の真っ黒な瞳を見つめながら頷くと、樹はそれを受けて「わかりました」と小さく返事をした。
 そして、庭のある花を見つめた。

 彼の視線の先には、黄色の花。
 太陽の花と呼ばれる、向日葵の花があった。



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