花屋敷の主人は蛍に恋をする

蝶野ともえ

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28話「ターンブルー」






   28話「ターンブルー」




   ★★★



 ただ花が好きなだけだった。
 それが仕事になれば幸せだと思っていた。実際充実していたし、仕事が嫌だとも思わなかった。
 
 とある大手銀行の次期社長の息子として生まれた樹は、幼い頃から英才教育を行われ、様々な語学や作法を叩き込まれた。記憶力が人より優れていたので成績はよかったが、人と話すより草木に触れたり、土いじりをしている方が好きな子どもだった。 そのせいで、中学になると勉強も疎かになっていった。三男という事もあり、樹は少しずつ両親の期待が薄れていくのを喜んだ。けれど、母親は樹も銀行を支える一因になって欲しいと、「銀行に勤めなければ財産は一切あげられない」と告げた。が、樹はもとからお金にも地位にも興味もなかったので、それを受け入れて「大学で研究をする」と告げると、母親は激怒した。そして、古い屋敷だけを樹に渡し、「あなたにあげるのはそれだけです」と、ほぼ絶縁状態になってしまった。それでも家賃も払わないで暮らしていけると、樹は喜んだほどだった。


 准教授として働くのは楽しく、毎日が充実していた。自分の好きな事を教えられ、そして研究も出来るのだ。樹は研究室と屋敷の行き来をするだけの日々が続いたが、それさえも幸せだった。


 けれど、そんなある日、樹の生き方を変える大きな出会いが待っていた。



 ある日、大学の近くを歩いていると公園の花壇に目が入った。
 そこには見るからに元気のない桔梗の花が咲いていた。枯れる1歩手前だがそれでも、なんとか懸命に咲いていた。
 樹はその花壇の手前に座り、花に触れた。


 「水や日光が足りないわけではないな………病気でもないし。土が悪いのか」


 樹はそう呟きながら、原因を探った。
 花に元気がないと、どうしてたのか考えてしまう。職業病なのだろうか。
 内心で苦笑しながら、樹は土に触れて考え始めた時だった。
 突然人の気配がした。それと同時に先ほどまで太陽の光があったのに、樹も花にも影が出来ていた。


 「…………私がこの間、間違って触ってしまったの。だから、元気がないのよ」


 そこには、自分より年上だろう女性が居た。黒い日傘をさしたその女は、顎ぐらいの長さの髪をまっすぐに切った、変わった髪型をしていた。そして、妙に体が細く色白だった。いや、青白いと言った方がいいぐらい顔色が悪かった。


 「………あなたが触れたから、この花が元気がないんですか?」


 樹は彼女が何を言っているのかわからずに思わず初対面の女にそう聞き返してしまった。女は「………知らないのね」と、無表情のまま呟くと、先ほど樹が心配してみていた桔梗の花に手を伸ばした。
 すると、先ほどまで懸命に咲いていた紫の花はみるみる枯れていき、あっという間に茶色となった。そして、カラカラに乾いた枯れ葉となって、土に落ちたのだ。



 「………これは、もしかして、花枯病……」
 「あら、知っていたのね。見るのは始めて?」
 「えぇ……レポートぐらいで。………まるで魔法みたいだ」


 思わずそんな言葉が口からこぼれてしまうと、その女は隣でクスクスと笑った。


 「魔法だなんて初めて言われた。呪いの間違えでしょ?」
 「………花枯病は呪いなんかじゃないですよ」
 「あら、あなたは何か知ってるの?」
 「………一応植物学の准教授です」
 「………そうなの。でもこんなに綺麗に咲いている花なのに枯れてしまうなんて、私にとっては呪いでしかないわ」
 「…………」


 実際に病気で苦しんでいる本人話しているのだ。それを否定する事が出来るはずもなく、返事に困っていると、その女はすくっと立ち上がった。


 「私、碧海(あおみ)っていうの。あなたは?」
 「史陀樹です」
 「……史陀樹って………すごいね。植物に愛されてる名前で羨ましい」
 「そうだといいんですが」
 「………私も植物に触ってみたいけど、触れないの。どんな香りでどんな質感なのか。教えて欲しいな」
 「私でよければ」
 「ありがと」


 そう言うと、碧海はにっこりと笑った。
 それなのに、樹には不思議と泣いているように見えたのだった。
 
 
 





 それから、樹と碧海はこの公園で時々会うようになった。樹の花や草の話を碧海はとても楽しそうに聞いた。樹が花に触れた、香りをかいで言葉にすると、碧海は「元気にいきてるのね」と微笑んでその花の名前を覚えようとジッと見つめるのが印象的だった。


 「花枯病の事、聞いてもいいですか?」
 「えぇ。なに?」
 「碧海さんは、生まれてすぐになったんですか?それとも突然ですか?」
 「…………生まれながらよ」
 「そう、ですか」
 「だから、花に触れたこと何てほとんどないの。昔は触れると花が枯れるのが早くなる程度だったみたいだけど、記憶がある頃にはもう花が目に見えて弱っていったわ。………今みたいに急激じゃないけどね。だから、あまり触らないようにしていたわ。お医者さんにもそう言われたし」
 「碧海さんは、それでも花が好きですか?」
 「………元々好きだったとは思う。けど、触れないからこその憧れもあるのかもしれないわ」


 そう言って、碧海は花壇の花に手を伸ばした。けれど、その細い指先は花に触れることもなく、ゆっくりと握られて碧海の胸にしまわれていく。


 「だから、早くお薬とか開発されて、その病気が亡くなればいいなっては思ってるよ。だから、期待してますよ、先生!」
 「………私の専門外ですよ」
 「そっかー。残念だ」


 碧海は言葉とは裏腹にとても楽しそうに笑った。
 その笑みを見て、樹は花枯病であっても花を楽しむ方法はあるのではないか、と思ってしまった。
 彼女の苦しみを少しもわかりもしなかったのに。


 「碧海さん。今度、大学の敷地にある植物園に来ませんか?一般開放日もあるので、その時にでも」
 「……………え」
 「あ、碧海さんが良ければですけど」
 「………私が行ってもいいの?」
 「え………」
 「花枯病の人が行ってもいいのかな?って……今まで、行けるとも思った事なんてなかったから………」


 碧海は驚いた表情をしながらも、キラキラとした瞳で樹を見ていた。それは、期待と嬉しさに満ちた輝きだと樹はすぐにわかった。

 「いいんですよ。もちろんです。当日は私がご案内しますね」
 「………うん!あ、これってデート?」
 「え………そ、そういう訳では………」
 「ふふふ、冗談よ。でも、楽しみにしてるね」
 「…………はい」


 子どものようにはしゃぐ年上の碧海を見て、樹も思わず笑みがこぼれた。
 こんなにも喜んでくれるとは思ってもいなかった。誘ってよかった。
 その時の樹は、そう思って自分の行いは間違えではなかった。そう思っていた。

 その日が来るまでは。







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