処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

yukataka

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第2章「女神の声」

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目が覚めた。
セリーヌは息を呑んだ。喉が、ある。首が、繋がっている。
手が動く。指が動く。心臓が激しく打っている。
生きている。
ベッドの上で身体を起こす。柔らかい寝具の感触。シルクのシーツ。羽毛の枕。地下牢の固い床ではない。処刑台の冷たい石でもない。
部屋を見回す。
見慣れた天井。薔薇の彫刻が施された梁。壁には母の肖像画。窓際の読書机。本棚に並ぶ書物。
自分の部屋だ。
王宮の、自分の私室。
窓から朝日が差し込んでいる。カーテンが風に揺れる。庭からは鳥の声。遠くで噴水の音。
夢だったのか。
いや、違う。
セリーヌは手を見た。震えている。処刑台の記憶が鮮明すぎる。群衆の怒号。石の冷たさ。斧の刃。首に食い込む感覚。
死んだ。
確かに、死んだ。
それなのに、今ここにいる。
「あなたは目覚めましたね」
声がした。
セリーヌは飛び上がった。部屋を見回すが、誰もいない。
「驚かせてしまいましたね。私は姿を見せていません。声だけです」
女性の声。優しく、透明な響き。
「女神、リュミエール」
「そうです。よく覚えていてくださいました」
セリーヌは息を整えた。心臓が早鐘を打つ。
「これは、夢ではないのですね」
「夢ではありません。あなたは本当に時を遡りました。処刑の一年前へ」
一年前。
セリーヌは机の上を見た。日記帳がある。手に取り、開く。
日付が記されている。
父王即位二十三年、夏至祭の三日後。
処刑されたのは、その一年後の同じ日。
本当だ。
「信じられないのも無理はありません」
女神の声が続く。
「ですが、あなたの記憶は全て本物です。あなたが経験した未来——いえ、今は過去となった未来の全てを、あなたは覚えています」
セリーヌは頭を押さえた。記憶が渦巻く。
父の死。侍医の告発。偽造された遺言書。宰相バルドの冷たい視線。ロベルトの演説。レオンが去った日。牢の暗闇。処刑台の階段。
全てが鮮明だ。
「なぜ、私を救ったのですか」
「あなたは不当に命を奪われました。それは私の正義に反します」
「正義」
セリーヌは呟いた。その言葉を、もう信じられるだろうか。
「あなたは疑っていますね」
女神の声が柔らかくなる。
「当然です。あなたは裏切られ、捨てられ、殺された。正義など存在しないと思うのも無理はない」
「では、なぜ」
「それでも、正義は存在します。ただし、それは天から降ってくるものではない。人が作り、人が守るものです」
セリーヌは窓の外を見た。庭に父王の姿が見えた。
背筋を伸ばし、庭師と話をしている。一年後には死んでいるはずの人。
涙が溢れそうになる。
「父上」
「彼はまだ生きています。あなたが救えるかもしれません」
「どうやって」
「それはあなたが決めることです。私が与えたのは時間だけ。どう使うかは、あなた次第」
女神の声が少し遠くなる。
「ただし、忘れないでください。この力は一度きり。二度目の巻き戻しはありません」
「わかっています」
「そして、もう一つ」
声が厳しくなった。
「時を変えることは、重い責任を伴います。あなたが何かを変えれば、他の何かも変わる。全てを思い通りにはできません」
「それでも、やります」
セリーヌは拳を握った。
「もう二度と、あの日を迎えたくない」
「ならば、知恵と勇気をもって進みなさい。復讐に囚われすぎれば、あなた自身が壊れる。しかし、慈悲だけでは国は守れない」
「復讐か、赦しか」
「それを選ぶのは、まだ先です。今はまず、生き延びることを考えなさい」
女神の声が消えた。
部屋に静寂が戻る。
セリーヌは深く息を吸った。
生きている。
本当に、生きている。
扉がノックされた。
「お嬢様、お目覚めですか」
侍女マリーの声。若い娘で、セリーヌに三年仕えている。
いや、仕えていた、ではない。今も仕えている。
「入って」
扉が開き、マリーが入ってきた。栗色の髪を編み、白いエプロンをつけた小柄な娘。朝食の盆を運んでいる。
「おはようございます。今日もいい天気ですね」
マリーは笑顔で言った。
セリーヌは胸が詰まった。この娘は、処刑の日に泣いていた。群衆の中で、一人だけ泣いていた。
「マリー」
「はい」
「ありがとう」
マリーは不思議そうな顔をした。
「何がですか」
「いえ、何でも」
セリーヌは首を振った。この娘に、何を言えばいい。一年後のことなど、話せるはずがない。
マリーは盆を机に置いた。
「今日は評議会があるとお聞きしました。宰相バルド様が、王位継承の件で話があるそうです」
王位継承。
セリーヌの心臓が跳ねた。
そうだ。この日だ。
一年前、この日の評議会で、ロベルトは初めて王位継承の話を持ち出した。父王にはまだ男子の後継ぎがいないこと。王女であるセリーヌに王位を継がせるには評議会の承認が必要なこと。
あの時、セリーヌは何も気にしなかった。父はまだ健康だったし、継承など先の話だと思っていた。
だが、それがロベルトの策略の始まりだった。
「お嬢様?」
マリーが心配そうに覗き込む。
「大丈夫。少し考え事をしていただけ」
セリーヌは立ち上がった。鏡を見る。
映っているのは、十八歳の自分。処刑台で見た自分より、少し若い。頬にまだ丸みがある。目に、まだ希望が残っている。
いや、希望ではない。
無知だ。
この頃のセリーヌは、何も知らなかった。世界の残酷さを。権力の本質を。人の心の脆さを。
でも、今は違う。
「マリー、着替えを手伝って。評議会に出る」
「はい」
マリーがドレスを用意する間、セリーヌは窓から庭を見た。
父王がこちらに気づき、手を振った。
セリーヌは手を振り返した。
父上、今度は守ります。
この国も、民も、そして私自身も。
ロベルトの陰謀は知っている。証拠がどこにあるかも知っている。誰が裏切るかも知っている。
ならば、先手を打てる。
「お嬢様、準備ができました」
マリーが呼ぶ。
セリーヌは振り返り、深呼吸をした。
戦いが始まる。
今度は、負けない。
髪を結い上げ、母の形見の髪飾りをつける。銀の月。まだ手元にある。失わずに済んだ。
鏡の中の自分を見る。
もう、あの無力な王女ではない。
評議会へ向かう廊下を歩く。石の床を靴が叩く音が響く。
窓の外、朝日が王宮を照らしている。
新しい一日が始まる。
セリーヌは歩き続けた。
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