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父の墓に咲く薔薇ー後編
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孤児院支援を名目とした慈善市――表向きは善意に満ちた催し。
だが、黒薔薇商会にとっては、告発と裁きの舞台だった。
壇上に立つアラン・ヴァルモントは、静かにマイクを握る。
背後には、証拠の帳簿と、黒薔薇の紋章が刻まれた報告書。
招待客の中には、エルヴァン公爵夫妻の姿もあった。
公爵夫人は、毒の後遺症により、着飾れず、今では表舞台に出るにも、質素な衣服に身を包み、椅子に座るのがやっとだった。
かつては金糸の刺繍を纏い、社交界の中心にいた彼女にとりそれはとてつもない屈辱だった。
その不機嫌な表情は、公の場に出ても隠しきれなかった。
公爵は、着飾れなくなった夫人のヒステリーに辟易していた。
屋敷の空気は荒み、使用人たちの足音さえ重くなった。 リリアナやラウルが断罪されて以降、何もかもうまくいかなくなった苛立ちもあり、夫人を見限ることもできず、鬱憤だけが積もっていく。 互いに目を合わせることもなく、ただ招待客としてその場にいた。
かつては並んで歩いた二人も、今では並ぶことすら避ける。
その距離は、言葉よりも雄弁だった。
アランは、会場を見渡しながら、静かに語り始める。
「この慈善市は、孤児たちの未来を支えるためのものです。 しかし、その“未来”を奪ってきた者たちがいました」
彼は帳簿を高く掲げ、名を告げた。
「ラウル・グランベール、リリアナ・レイノルズ、そして――エルヴァン公爵ご夫妻です」
その瞬間、広場に号外が配られた。
紙面には、人身売買の証拠、資金の流れ、証言者の記録が記されていた。
民衆のざわめきは、次第に怒りへと変わっていく。
「人身売買……?」
「娘を返せ!」
「俺の母はどこだ!」
「兄の子が一週間前から行方不明なのよ!」
「俺の親父を返せ!」
「お前らも同じ目に遭わせてやる!」
怒りに満ちた声が、広場を埋め尽くしていた。
それは、長く押し殺されていた痛みの叫びだった。
奪われた者たちの嘆きが、今ようやく声となって空を裂いた。
エルヴァン公爵夫妻は、群衆の視線に晒されながら、身を縮めていた。
かつては威厳と贅沢に包まれていた二人も、今ではただの罪人だった。
石を手にした民衆が、怒りのままに投げつける。
罵声が飛び交い、広場の空気は、もはや慈善市のそれではなかった。
公爵家の護衛たちは群衆にもみくちゃにされ、夫妻を守るどころか、引き離されてしまう。
秩序は崩れ、正義が民衆の手に委ねられた瞬間だった。
公爵は、助けを求める妻を置き去りにし、ところどころ血が滲んではいたが、ようやく馬車に乗り込んだ。
妻は、服が裂け、髪は乱れ、足元もおぼつかないまま、群衆の中でもみくちゃにされていた。
それでも、民衆は二人を許さなかった。
馬車の周囲を取り囲み、横倒しにしようと揺さぶる。
その怒りは、長年積もり積もったものだった。
奪われた家族、踏みにじられた生活――そのすべてが、今ここで噴き出していた。
そしてその夜、王都の空は、叫びと涙で満ち、告発の声が響いた。
同時刻、王都の貴族街では、号外の内容をさらに詳しく記した記事が、証拠とともに次々と届けられていた。
それは、黒薔薇商会が用意したものだった。
帳簿の写し、証言者の記録、資金の流れ――すべてが揃っていた。
これにより、エルヴァン公爵夫妻の罪は、完全に公となった。
もはや、どんな隠蔽も通用しなかった。
やがて、王宮の紋章を掲げた馬車が広場に到着する。
文官が馬車から降り、群衆の前に立つと、静かに告げた。
「王命により、エルヴァン公爵および夫人を拘束する」
その言葉が落ちると、広場に拍手が広がった。
歓声、そして涙。 それは、裁きの瞬間だった。
その渦中の中――怒号と涙、石と罵声が飛び交う広場の片隅で、エリスとアランは、静かにその場を離れていた。
灯火に照らされた群衆の熱気の中、二人の姿は誰の目にも映らなかった。
アランはエリスの肩をそっと支え、彼女はフードを深く被って顔を隠す。
足音を忍ばせ、裏路地へと身を滑らせるように歩く。
では、王命の声に歓声が重なり、広場は裁きの熱に包まれていた。
* **
アランは、「トマス・ヴァルモント」と刻まれた墓碑の前に、そっと膝をついた。
冷たい石に手を添え、目を閉じる。
「父さん……やっと、終わったよ」
風が吹いた。 黒薔薇の花弁がひとひら、夜の空気に乗って舞い、墓前に落ちる。
それは、長きにわたる復讐の終わりを告げる、静かな合図だった。
少し離れた場所に、エリスが立っていた。
黒い外套の裾を風に揺らしながら、彼女はじっと遠くを見つめている。
その瞳は、夜の闇よりも深く、冷えた月光を映していた。
「終わったのは、ひとつの章。 帳簿には、まだ謎の資金の流れがあった。 暗号化された記録。 そして――真の黒幕がいる」
その声は、夜の静けさに溶けていった。
誰にも届かないようでいて、確かに墓前に届いていた。
夜が明ける。
黒薔薇商会の屋敷では、エリスとアランが新たな作戦を練っていた。
「次は…あそこね。痕跡を…追うわ」
エリスの声は、冷静でありながら、どこか焦燥を孕んでいた。
アランは頷き、静かに言った。
「まだ終わっちゃいない。 父さんの名誉を、本当の意味で取り戻すまで――」
エリスは、黒薔薇の紋章が刻まれた封筒を手に取った。
それは、次なる標的である。
だが、黒薔薇商会にとっては、告発と裁きの舞台だった。
壇上に立つアラン・ヴァルモントは、静かにマイクを握る。
背後には、証拠の帳簿と、黒薔薇の紋章が刻まれた報告書。
招待客の中には、エルヴァン公爵夫妻の姿もあった。
公爵夫人は、毒の後遺症により、着飾れず、今では表舞台に出るにも、質素な衣服に身を包み、椅子に座るのがやっとだった。
かつては金糸の刺繍を纏い、社交界の中心にいた彼女にとりそれはとてつもない屈辱だった。
その不機嫌な表情は、公の場に出ても隠しきれなかった。
公爵は、着飾れなくなった夫人のヒステリーに辟易していた。
屋敷の空気は荒み、使用人たちの足音さえ重くなった。 リリアナやラウルが断罪されて以降、何もかもうまくいかなくなった苛立ちもあり、夫人を見限ることもできず、鬱憤だけが積もっていく。 互いに目を合わせることもなく、ただ招待客としてその場にいた。
かつては並んで歩いた二人も、今では並ぶことすら避ける。
その距離は、言葉よりも雄弁だった。
アランは、会場を見渡しながら、静かに語り始める。
「この慈善市は、孤児たちの未来を支えるためのものです。 しかし、その“未来”を奪ってきた者たちがいました」
彼は帳簿を高く掲げ、名を告げた。
「ラウル・グランベール、リリアナ・レイノルズ、そして――エルヴァン公爵ご夫妻です」
その瞬間、広場に号外が配られた。
紙面には、人身売買の証拠、資金の流れ、証言者の記録が記されていた。
民衆のざわめきは、次第に怒りへと変わっていく。
「人身売買……?」
「娘を返せ!」
「俺の母はどこだ!」
「兄の子が一週間前から行方不明なのよ!」
「俺の親父を返せ!」
「お前らも同じ目に遭わせてやる!」
怒りに満ちた声が、広場を埋め尽くしていた。
それは、長く押し殺されていた痛みの叫びだった。
奪われた者たちの嘆きが、今ようやく声となって空を裂いた。
エルヴァン公爵夫妻は、群衆の視線に晒されながら、身を縮めていた。
かつては威厳と贅沢に包まれていた二人も、今ではただの罪人だった。
石を手にした民衆が、怒りのままに投げつける。
罵声が飛び交い、広場の空気は、もはや慈善市のそれではなかった。
公爵家の護衛たちは群衆にもみくちゃにされ、夫妻を守るどころか、引き離されてしまう。
秩序は崩れ、正義が民衆の手に委ねられた瞬間だった。
公爵は、助けを求める妻を置き去りにし、ところどころ血が滲んではいたが、ようやく馬車に乗り込んだ。
妻は、服が裂け、髪は乱れ、足元もおぼつかないまま、群衆の中でもみくちゃにされていた。
それでも、民衆は二人を許さなかった。
馬車の周囲を取り囲み、横倒しにしようと揺さぶる。
その怒りは、長年積もり積もったものだった。
奪われた家族、踏みにじられた生活――そのすべてが、今ここで噴き出していた。
そしてその夜、王都の空は、叫びと涙で満ち、告発の声が響いた。
同時刻、王都の貴族街では、号外の内容をさらに詳しく記した記事が、証拠とともに次々と届けられていた。
それは、黒薔薇商会が用意したものだった。
帳簿の写し、証言者の記録、資金の流れ――すべてが揃っていた。
これにより、エルヴァン公爵夫妻の罪は、完全に公となった。
もはや、どんな隠蔽も通用しなかった。
やがて、王宮の紋章を掲げた馬車が広場に到着する。
文官が馬車から降り、群衆の前に立つと、静かに告げた。
「王命により、エルヴァン公爵および夫人を拘束する」
その言葉が落ちると、広場に拍手が広がった。
歓声、そして涙。 それは、裁きの瞬間だった。
その渦中の中――怒号と涙、石と罵声が飛び交う広場の片隅で、エリスとアランは、静かにその場を離れていた。
灯火に照らされた群衆の熱気の中、二人の姿は誰の目にも映らなかった。
アランはエリスの肩をそっと支え、彼女はフードを深く被って顔を隠す。
足音を忍ばせ、裏路地へと身を滑らせるように歩く。
では、王命の声に歓声が重なり、広場は裁きの熱に包まれていた。
* **
アランは、「トマス・ヴァルモント」と刻まれた墓碑の前に、そっと膝をついた。
冷たい石に手を添え、目を閉じる。
「父さん……やっと、終わったよ」
風が吹いた。 黒薔薇の花弁がひとひら、夜の空気に乗って舞い、墓前に落ちる。
それは、長きにわたる復讐の終わりを告げる、静かな合図だった。
少し離れた場所に、エリスが立っていた。
黒い外套の裾を風に揺らしながら、彼女はじっと遠くを見つめている。
その瞳は、夜の闇よりも深く、冷えた月光を映していた。
「終わったのは、ひとつの章。 帳簿には、まだ謎の資金の流れがあった。 暗号化された記録。 そして――真の黒幕がいる」
その声は、夜の静けさに溶けていった。
誰にも届かないようでいて、確かに墓前に届いていた。
夜が明ける。
黒薔薇商会の屋敷では、エリスとアランが新たな作戦を練っていた。
「次は…あそこね。痕跡を…追うわ」
エリスの声は、冷静でありながら、どこか焦燥を孕んでいた。
アランは頷き、静かに言った。
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それは、次なる標的である。
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