23 / 28
23 合図
しおりを挟む
部屋の空気が一変した。サーシャは射貫くようにマルカを見た。
「う、噂してるわ、みんな」
マルカの言葉にサーシャは首を横に振った。噂をしているならば、もっと大騒ぎになっているはずだ。その話が漏れているのなら、サーシャとユリウスが一晩同じ部屋で過ごしたことも漏れているはずだから。けれど、周りは態度を変えていない。仲は良くなっているが、それでも、サーシャは、第二王子の想い人。それ以上でもそれ以下でもない存在で、みんなが扱いを決めかねている。そんな中途半端な状態は続いている。
「そ、そんなこといいじゃない。…いいから、クッキー食べてよ」
マルカはクッキーを持つと、サーシャに押し付けるように差し出した。サーシャは立ち上がり、一歩後ろに下がった。首を横に振る。
「食べられないわ」
「どうして!」
「オースが、危ないって言ったの。スチャは嗅覚が優れているわ。…クッキーの中に入れたのは毒?」
「…そ、そんなわけないじゃない」
「私を、殺したいの?」
「そんな、こと。…鳥の言うことは信じて、私の事は信じてくれないのね」
「ごめんなさい。でも、信じられないわ」
サーシャの言葉にマルカは手に持っていたクッキーを落とした。力が抜けたその様子にサーシャは言葉を続ける。
「マルカさん、どうして?…私、何かしたかな?」
「…」
「私たち、友達でしょう?」
「友達?…笑わせないでくれる?」
マルカは吐き出すようにそう告げると、サーシャを睨みつけた。
「…あんたなんか、大嫌いよ!」
叫ぶようにそう言った。細くて白い手がサーシャに伸びる。赤く塗られた爪がサーシャの首をんだ。渾身の力で締め上げる。
「あんたなんか、死ねばいいのよ!!」
マルカはさらに力を込めた。サーシャは冷静に状況を判断する。
胸元に隠していた短剣に手を伸ばし、斬りつけた。マルカの左腕から赤い血が垂れる。痛みからか、マルカはサーシャに伸びていた手を離した。刃先をマルカに向けながら、サーシャは後ろに2歩下がる。
斬られた腕を押さえながら、マルカはサーシャを睨みつけ、叫んだ。
「…あんたが、来なければ、ここは私の部屋だったのに!!」
「マルカ、さん」
「死んでよ。友達だって言うなら、私のために死になさいよ!」
再び、マルカの腕がサーシャに伸びる。けれど、今度は届かなかった。
「それは、どういう意味だ?」
ユリウスがマルカの腕を掴んだから。サーシャをかばうようにマルカの前に立つ。
「ユリウス…王子。…どうして、ここに?」
絶望したマルカの目がユリウスをとらえる。捕まれた腕が震えていた。けれど、ユリウスはそんなマルカを気にすることなく、サーシャを振り返る。
「怪我は?」
「…ありません」
「そうか」
「王子に頂いた短剣が役に立ちました」
「ああ」
それだけ言うと、再びマルカに視線を戻した。サーシャに向けた顔とは違う鋭い表情にマルカは叫ぶ。
「どうして!…どうして、ユリウス王子がここにいるの!?」
ユリウスはマルカの腕を放し、剣先をマルカに向けた。左手の親指で隠し戸を指す。
「合図があったからな」
「合図…?」
「ノックが2回聞こえた」
「ノック…。そんなもの、どうやって…」
そんなマルカの前をオースは優雅に横切る。マルカの目が丸く開いた。
「オースにお願いしたの。隠し戸を2回叩けば、王子が来てくれるって分かってたから」
「…」
「何が目的だ?なんで、こいつを襲う?」
低い声がマルカに刺さる。マルカは俯いたまま、言葉を閉ざした。
どのくらい経っただろうか、しびれを切らしたようにユリウスがもう一度問う。
「なぜこいつを襲った?」
「…私は、ただ、サーシャさんと話をしていただけです」
「何?」
「私は何もしていないのに、サーシャさんが斬りつけてきたんです」
「マルカさん…」
「本当です!ユリウス王子、襲われたのは私の方なんです。王子、私を助けてください!」
「…そうか」
「何を、…言ってるの?」
マルカは髪を振り回し、ユリウスに縋る。その姿は、恐ろしいほどに醜い。
「私は何もしていないのに、あんたが斬りつけてきたんじゃない。ユリウス王子、この女を捕まえてください!」
「何もしていない者を斬りつけたなら、確かにこいつに非があるな」
マルカの言葉にそう言うと、ユリウスは剣の矛先をマルカからサーシャに変えた。
「王子!?」
サーシャが叫ぶ。ユリウス越しのマルカに笑みが戻った。畳みかけるように言葉を続ける。
「そうよ。王子、そうです。この女が私を襲ったんです」
「違います、王子…」
『サーシャ、大丈夫。ユリウスは、バカじゃない』
「オース?」
ユリウスはサーシャに向けていた剣を収め、テーブルに置いてあるクッキーを片手に持った。
「食べろ」
マルカの顔の前に差し出す。
「え?」
「食べられないのか?」
「…それは…」
「確かに、こいつが何もしていないお前に斬りかかったなら、こいつが悪い。でも、こいつはそんなことしない」
「…」
「毒が入っていないと言い張るなら、俺の目の前で食べてみろ」
マルカはユリウスの手をただ、見ていた。沈黙が耳に痛い。
「どうした?」
再度の問いかけに、マルカは決心したように、ユリウスが持つクッキーに手を伸ばした。けれどその手は見るからに震えている。
マルカの手がユリウスに届く寸前に、ユリウスは手を離した。床にクッキーが落ちる。ユリウスが足を上げ、踏みつければ、それは粉々に砕ける。
「お前の反応を見れば十分だ」
「…」
「…悪いが、簡単には死なせない」
「……どうして!?」
突然、マルカが叫ぶ。狂気に満ちた顔にサーシャは思わず一歩後ろに下がった。
ユリウスが再び剣をマルカに向ける。それでもマルカはただ、ユリウスの顔だけを見ていた。その目はやはり、恋い焦がれる人の目。
「どうして、そんな奴を守るの?こいつは私たちの時間を奪ったんだよ?」
「何を言っている?」
「だって、私たちは、愛し合ってるじゃない」
「何?」
「私にだけ笑いかけてくれた。…この世界で、王子の事を一番わかっているのは私なの」
「…」
「王子が好きなのは私なの!でも、身分が違うから、一緒になることはできない。それでも、メイドとして傍にいられれば、良かったのに」
そこまで言うと、マルカはサーシャを指さした。鋭い視線がサーシャに刺さる。
「なのに、こいつが来て、その時間すらも奪った!!だから、殺そうと思ったのよ。殺せば、また私が、ユリウス王子と一緒にいられるから!」
唾を飛ばしながら狂ったように叫ぶ。「友達」だと笑った彼女とは程遠いその姿に、足が震える。思わず、ユリウスの背に手を置いた。
「あの男にこいつを襲わせたのもお前か?」
ユリウスは淡々と尋ねる。
「ええ。私を好きだというから、こいつを殺せば付き合ってあげるって言ったの。だから、窓の鍵を開けておいてあげたのに、こいつは生きてるし。今まで以上にユリウス王子と一緒にいるし。本当に使えない」
吐き出すようにマルカが言った。マルカの口から出た「殺す」という言葉が、身体の熱を奪っていく。
「そうか。失敗したら死ねと言ったのもお前か?」
「え?…何のこと?あの人、逃げてるんじゃないの?」
「自害した」
「……え?」
マルカは言葉を失った。目を丸くしたその反応は、彼の死を本当に知らなかったように見える。ユリウスはマルカの反応を気にすることなく続けた。
「毒はどうした?」
『この毒、限りなく無臭だね。たぶん、僕たちじゃないとわからないよ。人間にはたぶん、味も匂いもわからないんじゃないかな?』
「…王子、この毒、人間には味も匂いもわからないみたいです」
「そうか。無味無臭の毒、か。…そう簡単には手に入らないな」
「そ、そんなの知らないわよ」
「どうやって手に入れた?」
「……薬売りのおばあさんからもらったのよ。簡単に殺せる毒だって」
「そいつは誰だ?」
「知らないわ。宮殿の前にいた汚い老婆よ」
「宮殿の前にいた老婆?」
「ええ。…でも、今思えば、着ていた服は、綺麗だったかも」
最後はひとり言のような呟きだった。その言葉にユリウスは興味を失くしたように、剣を降ろす。
「おい、スチャ。ハリオを俺の部屋に待たせている。ノックしろ」
『え~』
「早くしろ」
『鳥づかい荒いよ!』
文句を言いながらもオースは隠し戸を2回くちばしで叩いた。勢いよく扉が開く。
「サーシャ様、ユリウス王子、大丈夫ですか?」
「こいつが、犯人だ」
「……え?でも、彼女はサーシャ様の…」
友達だったはず、続く言葉が想像できて、サーシャは思わず俯いた。ハリオと歩いている時に、何度かマルカとすれ違い話をしたことがある。その時の様子を知っているからこそ、ハリオの理解は余計に追いつかないのだろう。
「いいから、こいつを牢屋に連れていけ。死なせるな」
「…はっ!」
おそらく状況を半分も理解していない。それでも、ユリウスの言葉とサーシャの反応から推測ができたようで、ハリオはマルカの腕を強く押さえ、拘束した。
「離してよ!」
マルカはハリオの手から離れようと身体を左右に揺らす。
「おとなしくしろ」
「離せってば!私は、ユリウス王子の想い人よ!こんなことしていいと思ってるの!?」
「俺はお前なんか知らない」
静かな声が部屋中に響いた。暴れていたマルカが動きを止める。
「俺はお前なんか知らない」
もう一度、今度はよりはっきりそう告げた。そんなユリウスにマルカは目を丸くする。
「ユ、ユリウス、王子…?」
懇願するような目。ユリウスはそんなマルカに冷たい視線を向ける。そして、言った。
「名前すら知らない」
「そ、そんなこと、…あるわけないわ!だって、ずっと、…私は、ずっと、ユリウス王子の身の回りのお世話をしてたのよ!…そんなこと…」
「この王宮のメイドだということはわかる。けれど、お前個人の事はわからないし、興味もない」
「…そ、そんな」
「今後一切、俺の名を口にするな」
鋭い視線がマルカに刺さる。冷たいその視線が、真実だと伝えていた。絶望がマルカを包む。マルカの身体から力が抜けた。倒れそうになるマルカをハリオは支えるようにしながら、廊下に出る。
「その娘がお嬢さんを襲った犯人ですか?実に、可愛らしい犯人だ」
「ヴォルス…将軍…」
突然現れた人物に、ハリオは思わずそう声に出した。
「う、噂してるわ、みんな」
マルカの言葉にサーシャは首を横に振った。噂をしているならば、もっと大騒ぎになっているはずだ。その話が漏れているのなら、サーシャとユリウスが一晩同じ部屋で過ごしたことも漏れているはずだから。けれど、周りは態度を変えていない。仲は良くなっているが、それでも、サーシャは、第二王子の想い人。それ以上でもそれ以下でもない存在で、みんなが扱いを決めかねている。そんな中途半端な状態は続いている。
「そ、そんなこといいじゃない。…いいから、クッキー食べてよ」
マルカはクッキーを持つと、サーシャに押し付けるように差し出した。サーシャは立ち上がり、一歩後ろに下がった。首を横に振る。
「食べられないわ」
「どうして!」
「オースが、危ないって言ったの。スチャは嗅覚が優れているわ。…クッキーの中に入れたのは毒?」
「…そ、そんなわけないじゃない」
「私を、殺したいの?」
「そんな、こと。…鳥の言うことは信じて、私の事は信じてくれないのね」
「ごめんなさい。でも、信じられないわ」
サーシャの言葉にマルカは手に持っていたクッキーを落とした。力が抜けたその様子にサーシャは言葉を続ける。
「マルカさん、どうして?…私、何かしたかな?」
「…」
「私たち、友達でしょう?」
「友達?…笑わせないでくれる?」
マルカは吐き出すようにそう告げると、サーシャを睨みつけた。
「…あんたなんか、大嫌いよ!」
叫ぶようにそう言った。細くて白い手がサーシャに伸びる。赤く塗られた爪がサーシャの首をんだ。渾身の力で締め上げる。
「あんたなんか、死ねばいいのよ!!」
マルカはさらに力を込めた。サーシャは冷静に状況を判断する。
胸元に隠していた短剣に手を伸ばし、斬りつけた。マルカの左腕から赤い血が垂れる。痛みからか、マルカはサーシャに伸びていた手を離した。刃先をマルカに向けながら、サーシャは後ろに2歩下がる。
斬られた腕を押さえながら、マルカはサーシャを睨みつけ、叫んだ。
「…あんたが、来なければ、ここは私の部屋だったのに!!」
「マルカ、さん」
「死んでよ。友達だって言うなら、私のために死になさいよ!」
再び、マルカの腕がサーシャに伸びる。けれど、今度は届かなかった。
「それは、どういう意味だ?」
ユリウスがマルカの腕を掴んだから。サーシャをかばうようにマルカの前に立つ。
「ユリウス…王子。…どうして、ここに?」
絶望したマルカの目がユリウスをとらえる。捕まれた腕が震えていた。けれど、ユリウスはそんなマルカを気にすることなく、サーシャを振り返る。
「怪我は?」
「…ありません」
「そうか」
「王子に頂いた短剣が役に立ちました」
「ああ」
それだけ言うと、再びマルカに視線を戻した。サーシャに向けた顔とは違う鋭い表情にマルカは叫ぶ。
「どうして!…どうして、ユリウス王子がここにいるの!?」
ユリウスはマルカの腕を放し、剣先をマルカに向けた。左手の親指で隠し戸を指す。
「合図があったからな」
「合図…?」
「ノックが2回聞こえた」
「ノック…。そんなもの、どうやって…」
そんなマルカの前をオースは優雅に横切る。マルカの目が丸く開いた。
「オースにお願いしたの。隠し戸を2回叩けば、王子が来てくれるって分かってたから」
「…」
「何が目的だ?なんで、こいつを襲う?」
低い声がマルカに刺さる。マルカは俯いたまま、言葉を閉ざした。
どのくらい経っただろうか、しびれを切らしたようにユリウスがもう一度問う。
「なぜこいつを襲った?」
「…私は、ただ、サーシャさんと話をしていただけです」
「何?」
「私は何もしていないのに、サーシャさんが斬りつけてきたんです」
「マルカさん…」
「本当です!ユリウス王子、襲われたのは私の方なんです。王子、私を助けてください!」
「…そうか」
「何を、…言ってるの?」
マルカは髪を振り回し、ユリウスに縋る。その姿は、恐ろしいほどに醜い。
「私は何もしていないのに、あんたが斬りつけてきたんじゃない。ユリウス王子、この女を捕まえてください!」
「何もしていない者を斬りつけたなら、確かにこいつに非があるな」
マルカの言葉にそう言うと、ユリウスは剣の矛先をマルカからサーシャに変えた。
「王子!?」
サーシャが叫ぶ。ユリウス越しのマルカに笑みが戻った。畳みかけるように言葉を続ける。
「そうよ。王子、そうです。この女が私を襲ったんです」
「違います、王子…」
『サーシャ、大丈夫。ユリウスは、バカじゃない』
「オース?」
ユリウスはサーシャに向けていた剣を収め、テーブルに置いてあるクッキーを片手に持った。
「食べろ」
マルカの顔の前に差し出す。
「え?」
「食べられないのか?」
「…それは…」
「確かに、こいつが何もしていないお前に斬りかかったなら、こいつが悪い。でも、こいつはそんなことしない」
「…」
「毒が入っていないと言い張るなら、俺の目の前で食べてみろ」
マルカはユリウスの手をただ、見ていた。沈黙が耳に痛い。
「どうした?」
再度の問いかけに、マルカは決心したように、ユリウスが持つクッキーに手を伸ばした。けれどその手は見るからに震えている。
マルカの手がユリウスに届く寸前に、ユリウスは手を離した。床にクッキーが落ちる。ユリウスが足を上げ、踏みつければ、それは粉々に砕ける。
「お前の反応を見れば十分だ」
「…」
「…悪いが、簡単には死なせない」
「……どうして!?」
突然、マルカが叫ぶ。狂気に満ちた顔にサーシャは思わず一歩後ろに下がった。
ユリウスが再び剣をマルカに向ける。それでもマルカはただ、ユリウスの顔だけを見ていた。その目はやはり、恋い焦がれる人の目。
「どうして、そんな奴を守るの?こいつは私たちの時間を奪ったんだよ?」
「何を言っている?」
「だって、私たちは、愛し合ってるじゃない」
「何?」
「私にだけ笑いかけてくれた。…この世界で、王子の事を一番わかっているのは私なの」
「…」
「王子が好きなのは私なの!でも、身分が違うから、一緒になることはできない。それでも、メイドとして傍にいられれば、良かったのに」
そこまで言うと、マルカはサーシャを指さした。鋭い視線がサーシャに刺さる。
「なのに、こいつが来て、その時間すらも奪った!!だから、殺そうと思ったのよ。殺せば、また私が、ユリウス王子と一緒にいられるから!」
唾を飛ばしながら狂ったように叫ぶ。「友達」だと笑った彼女とは程遠いその姿に、足が震える。思わず、ユリウスの背に手を置いた。
「あの男にこいつを襲わせたのもお前か?」
ユリウスは淡々と尋ねる。
「ええ。私を好きだというから、こいつを殺せば付き合ってあげるって言ったの。だから、窓の鍵を開けておいてあげたのに、こいつは生きてるし。今まで以上にユリウス王子と一緒にいるし。本当に使えない」
吐き出すようにマルカが言った。マルカの口から出た「殺す」という言葉が、身体の熱を奪っていく。
「そうか。失敗したら死ねと言ったのもお前か?」
「え?…何のこと?あの人、逃げてるんじゃないの?」
「自害した」
「……え?」
マルカは言葉を失った。目を丸くしたその反応は、彼の死を本当に知らなかったように見える。ユリウスはマルカの反応を気にすることなく続けた。
「毒はどうした?」
『この毒、限りなく無臭だね。たぶん、僕たちじゃないとわからないよ。人間にはたぶん、味も匂いもわからないんじゃないかな?』
「…王子、この毒、人間には味も匂いもわからないみたいです」
「そうか。無味無臭の毒、か。…そう簡単には手に入らないな」
「そ、そんなの知らないわよ」
「どうやって手に入れた?」
「……薬売りのおばあさんからもらったのよ。簡単に殺せる毒だって」
「そいつは誰だ?」
「知らないわ。宮殿の前にいた汚い老婆よ」
「宮殿の前にいた老婆?」
「ええ。…でも、今思えば、着ていた服は、綺麗だったかも」
最後はひとり言のような呟きだった。その言葉にユリウスは興味を失くしたように、剣を降ろす。
「おい、スチャ。ハリオを俺の部屋に待たせている。ノックしろ」
『え~』
「早くしろ」
『鳥づかい荒いよ!』
文句を言いながらもオースは隠し戸を2回くちばしで叩いた。勢いよく扉が開く。
「サーシャ様、ユリウス王子、大丈夫ですか?」
「こいつが、犯人だ」
「……え?でも、彼女はサーシャ様の…」
友達だったはず、続く言葉が想像できて、サーシャは思わず俯いた。ハリオと歩いている時に、何度かマルカとすれ違い話をしたことがある。その時の様子を知っているからこそ、ハリオの理解は余計に追いつかないのだろう。
「いいから、こいつを牢屋に連れていけ。死なせるな」
「…はっ!」
おそらく状況を半分も理解していない。それでも、ユリウスの言葉とサーシャの反応から推測ができたようで、ハリオはマルカの腕を強く押さえ、拘束した。
「離してよ!」
マルカはハリオの手から離れようと身体を左右に揺らす。
「おとなしくしろ」
「離せってば!私は、ユリウス王子の想い人よ!こんなことしていいと思ってるの!?」
「俺はお前なんか知らない」
静かな声が部屋中に響いた。暴れていたマルカが動きを止める。
「俺はお前なんか知らない」
もう一度、今度はよりはっきりそう告げた。そんなユリウスにマルカは目を丸くする。
「ユ、ユリウス、王子…?」
懇願するような目。ユリウスはそんなマルカに冷たい視線を向ける。そして、言った。
「名前すら知らない」
「そ、そんなこと、…あるわけないわ!だって、ずっと、…私は、ずっと、ユリウス王子の身の回りのお世話をしてたのよ!…そんなこと…」
「この王宮のメイドだということはわかる。けれど、お前個人の事はわからないし、興味もない」
「…そ、そんな」
「今後一切、俺の名を口にするな」
鋭い視線がマルカに刺さる。冷たいその視線が、真実だと伝えていた。絶望がマルカを包む。マルカの身体から力が抜けた。倒れそうになるマルカをハリオは支えるようにしながら、廊下に出る。
「その娘がお嬢さんを襲った犯人ですか?実に、可愛らしい犯人だ」
「ヴォルス…将軍…」
突然現れた人物に、ハリオは思わずそう声に出した。
8
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
ローザリンデの第二の人生
梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。
彼には今はもういない想い人がいた。
私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。
けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。
あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。
吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。
※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)
1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。
私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~
marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」
「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」
私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。
暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。
彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。
それなのに……。
やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。
※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。
※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi(がっち)
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
愛されなかった公爵令嬢のやり直し
ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。
母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。
婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。
そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。
どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。
死ぬ寸前のセシリアは思う。
「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。
目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。
セシリアは決意する。
「自分の幸せは自分でつかみ取る!」
幸せになるために奔走するセシリア。
だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。
小説家になろう様にも投稿しています。
タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。
白い結婚の行方
宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」
そう告げられたのは、まだ十二歳だった。
名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。
愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。
この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。
冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。
誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。
結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。
これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。
偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。
交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。
真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。
──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる