声を聞かせて

はるきりょう

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23 合図

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  部屋の空気が一変した。サーシャは射貫くようにマルカを見た。
「う、噂してるわ、みんな」
 マルカの言葉にサーシャは首を横に振った。噂をしているならば、もっと大騒ぎになっているはずだ。その話が漏れているのなら、サーシャとユリウスが一晩同じ部屋で過ごしたことも漏れているはずだから。けれど、周りは態度を変えていない。仲は良くなっているが、それでも、サーシャは、第二王子の想い人。それ以上でもそれ以下でもない存在で、みんなが扱いを決めかねている。そんな中途半端な状態は続いている。
「そ、そんなこといいじゃない。…いいから、クッキー食べてよ」
 マルカはクッキーを持つと、サーシャに押し付けるように差し出した。サーシャは立ち上がり、一歩後ろに下がった。首を横に振る。
「食べられないわ」
「どうして!」
「オースが、危ないって言ったの。スチャは嗅覚が優れているわ。…クッキーの中に入れたのは毒?」
「…そ、そんなわけないじゃない」
「私を、殺したいの?」
「そんな、こと。…鳥の言うことは信じて、私の事は信じてくれないのね」
「ごめんなさい。でも、信じられないわ」
 サーシャの言葉にマルカは手に持っていたクッキーを落とした。力が抜けたその様子にサーシャは言葉を続ける。
「マルカさん、どうして?…私、何かしたかな?」
「…」
「私たち、友達でしょう?」
「友達?…笑わせないでくれる?」
 マルカは吐き出すようにそう告げると、サーシャを睨みつけた。
「…あんたなんか、大嫌いよ!」
 叫ぶようにそう言った。細くて白い手がサーシャに伸びる。赤く塗られた爪がサーシャの首をんだ。渾身の力で締め上げる。
「あんたなんか、死ねばいいのよ!!」
 マルカはさらに力を込めた。サーシャは冷静に状況を判断する。
 胸元に隠していた短剣に手を伸ばし、斬りつけた。マルカの左腕から赤い血が垂れる。痛みからか、マルカはサーシャに伸びていた手を離した。刃先をマルカに向けながら、サーシャは後ろに2歩下がる。
 斬られた腕を押さえながら、マルカはサーシャを睨みつけ、叫んだ。
「…あんたが、来なければ、ここは私の部屋だったのに!!」
「マルカ、さん」
「死んでよ。友達だって言うなら、私のために死になさいよ!」
 再び、マルカの腕がサーシャに伸びる。けれど、今度は届かなかった。
「それは、どういう意味だ?」
 ユリウスがマルカの腕を掴んだから。サーシャをかばうようにマルカの前に立つ。
「ユリウス…王子。…どうして、ここに?」
 絶望したマルカの目がユリウスをとらえる。捕まれた腕が震えていた。けれど、ユリウスはそんなマルカを気にすることなく、サーシャを振り返る。
「怪我は?」
「…ありません」
「そうか」
「王子に頂いた短剣が役に立ちました」
「ああ」
 それだけ言うと、再びマルカに視線を戻した。サーシャに向けた顔とは違う鋭い表情にマルカは叫ぶ。
「どうして!…どうして、ユリウス王子がここにいるの!?」
 ユリウスはマルカの腕を放し、剣先をマルカに向けた。左手の親指で隠し戸を指す。
「合図があったからな」
「合図…?」
「ノックが2回聞こえた」
「ノック…。そんなもの、どうやって…」
 そんなマルカの前をオースは優雅に横切る。マルカの目が丸く開いた。
「オースにお願いしたの。隠し戸を2回叩けば、王子が来てくれるって分かってたから」
「…」
「何が目的だ?なんで、こいつを襲う?」
 低い声がマルカに刺さる。マルカは俯いたまま、言葉を閉ざした。
 どのくらい経っただろうか、しびれを切らしたようにユリウスがもう一度問う。
「なぜこいつを襲った?」
「…私は、ただ、サーシャさんと話をしていただけです」
「何?」
「私は何もしていないのに、サーシャさんが斬りつけてきたんです」
「マルカさん…」
「本当です!ユリウス王子、襲われたのは私の方なんです。王子、私を助けてください!」
「…そうか」
「何を、…言ってるの?」
 マルカは髪を振り回し、ユリウスに縋る。その姿は、恐ろしいほどに醜い。
「私は何もしていないのに、あんたが斬りつけてきたんじゃない。ユリウス王子、この女を捕まえてください!」
「何もしていない者を斬りつけたなら、確かにこいつに非があるな」
 マルカの言葉にそう言うと、ユリウスは剣の矛先をマルカからサーシャに変えた。
「王子!?」
 サーシャが叫ぶ。ユリウス越しのマルカに笑みが戻った。畳みかけるように言葉を続ける。
「そうよ。王子、そうです。この女が私を襲ったんです」
「違います、王子…」
『サーシャ、大丈夫。ユリウスは、バカじゃない』
「オース?」
 ユリウスはサーシャに向けていた剣を収め、テーブルに置いてあるクッキーを片手に持った。
「食べろ」
 マルカの顔の前に差し出す。
「え?」
「食べられないのか?」
「…それは…」
「確かに、こいつが何もしていないお前に斬りかかったなら、こいつが悪い。でも、こいつはそんなことしない」
「…」
「毒が入っていないと言い張るなら、俺の目の前で食べてみろ」
 マルカはユリウスの手をただ、見ていた。沈黙が耳に痛い。
「どうした?」
 再度の問いかけに、マルカは決心したように、ユリウスが持つクッキーに手を伸ばした。けれどその手は見るからに震えている。
 マルカの手がユリウスに届く寸前に、ユリウスは手を離した。床にクッキーが落ちる。ユリウスが足を上げ、踏みつければ、それは粉々に砕ける。
「お前の反応を見れば十分だ」
「…」
「…悪いが、簡単には死なせない」
「……どうして!?」
 突然、マルカが叫ぶ。狂気に満ちた顔にサーシャは思わず一歩後ろに下がった。
 ユリウスが再び剣をマルカに向ける。それでもマルカはただ、ユリウスの顔だけを見ていた。その目はやはり、恋い焦がれる人の目。
「どうして、そんな奴を守るの?こいつは私たちの時間を奪ったんだよ?」
「何を言っている?」
「だって、私たちは、愛し合ってるじゃない」
「何?」
「私にだけ笑いかけてくれた。…この世界で、王子の事を一番わかっているのは私なの」
「…」
「王子が好きなのは私なの!でも、身分が違うから、一緒になることはできない。それでも、メイドとして傍にいられれば、良かったのに」
 そこまで言うと、マルカはサーシャを指さした。鋭い視線がサーシャに刺さる。
「なのに、こいつが来て、その時間すらも奪った!!だから、殺そうと思ったのよ。殺せば、また私が、ユリウス王子と一緒にいられるから!」
 唾を飛ばしながら狂ったように叫ぶ。「友達」だと笑った彼女とは程遠いその姿に、足が震える。思わず、ユリウスの背に手を置いた。
「あの男にこいつを襲わせたのもお前か?」
 ユリウスは淡々と尋ねる。
「ええ。私を好きだというから、こいつを殺せば付き合ってあげるって言ったの。だから、窓の鍵を開けておいてあげたのに、こいつは生きてるし。今まで以上にユリウス王子と一緒にいるし。本当に使えない」
 吐き出すようにマルカが言った。マルカの口から出た「殺す」という言葉が、身体の熱を奪っていく。
「そうか。失敗したら死ねと言ったのもお前か?」
「え?…何のこと?あの人、逃げてるんじゃないの?」
「自害した」
「……え?」
 マルカは言葉を失った。目を丸くしたその反応は、彼の死を本当に知らなかったように見える。ユリウスはマルカの反応を気にすることなく続けた。
「毒はどうした?」
『この毒、限りなく無臭だね。たぶん、僕たちじゃないとわからないよ。人間にはたぶん、味も匂いもわからないんじゃないかな?』
「…王子、この毒、人間には味も匂いもわからないみたいです」
「そうか。無味無臭の毒、か。…そう簡単には手に入らないな」
「そ、そんなの知らないわよ」
「どうやって手に入れた?」
「……薬売りのおばあさんからもらったのよ。簡単に殺せる毒だって」
「そいつは誰だ?」
「知らないわ。宮殿の前にいた汚い老婆よ」
「宮殿の前にいた老婆?」
「ええ。…でも、今思えば、着ていた服は、綺麗だったかも」
 最後はひとり言のような呟きだった。その言葉にユリウスは興味を失くしたように、剣を降ろす。
「おい、スチャ。ハリオを俺の部屋に待たせている。ノックしろ」
『え~』
「早くしろ」
『鳥づかい荒いよ!』
 文句を言いながらもオースは隠し戸を2回くちばしで叩いた。勢いよく扉が開く。
「サーシャ様、ユリウス王子、大丈夫ですか?」
「こいつが、犯人だ」
「……え?でも、彼女はサーシャ様の…」
 友達だったはず、続く言葉が想像できて、サーシャは思わず俯いた。ハリオと歩いている時に、何度かマルカとすれ違い話をしたことがある。その時の様子を知っているからこそ、ハリオの理解は余計に追いつかないのだろう。
「いいから、こいつを牢屋に連れていけ。死なせるな」
「…はっ!」
 おそらく状況を半分も理解していない。それでも、ユリウスの言葉とサーシャの反応から推測ができたようで、ハリオはマルカの腕を強く押さえ、拘束した。
「離してよ!」
 マルカはハリオの手から離れようと身体を左右に揺らす。
「おとなしくしろ」
「離せってば!私は、ユリウス王子の想い人よ!こんなことしていいと思ってるの!?」
「俺はお前なんか知らない」
 静かな声が部屋中に響いた。暴れていたマルカが動きを止める。
「俺はお前なんか知らない」
 もう一度、今度はよりはっきりそう告げた。そんなユリウスにマルカは目を丸くする。
「ユ、ユリウス、王子…?」
 懇願するような目。ユリウスはそんなマルカに冷たい視線を向ける。そして、言った。
「名前すら知らない」
「そ、そんなこと、…あるわけないわ!だって、ずっと、…私は、ずっと、ユリウス王子の身の回りのお世話をしてたのよ!…そんなこと…」
「この王宮のメイドだということはわかる。けれど、お前個人の事はわからないし、興味もない」
「…そ、そんな」
「今後一切、俺の名を口にするな」
 鋭い視線がマルカに刺さる。冷たいその視線が、真実だと伝えていた。絶望がマルカを包む。マルカの身体から力が抜けた。倒れそうになるマルカをハリオは支えるようにしながら、廊下に出る。
「その娘がお嬢さんを襲った犯人ですか?実に、可愛らしい犯人だ」
「ヴォルス…将軍…」
 突然現れた人物に、ハリオは思わずそう声に出した。
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