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ある医者の秘密
しおりを挟む「女帝の御容態はどうなのだ?」
「ここだけの話だが、侍医の見立てでは三日も持たないらしい」
「無理もない。御年が御年だ」
「御年、八十五歳。もはや御快復は叶いますまい」
「世継ぎは如何するのだ?」
――女帝の寝所――
「衛、私はもうすぐ死ぬのだな」
「女帝陛下……そのようなことは…」
「ふふ。衛は嘘が下手だな。私はそなたを幼い時から知っているのだ。表情一つでなにを考えているのかもな。私の侍医になってからも同じだ」
「医者失格でございますね」
幼い頃から知っているせいか、幾つになっても陛下は私を子供扱いなさる。
それが些か恥ずかしくもあるが嬉しくもあった。
「自信を持て。私くらいしか分からぬのだからな。そなたにも世話になったな。いや、そなただけではない。そなたの母君にも世話に成りっぱなしであった。我が息子、徳寿皇子の乳母であったそなたの母君に私はよく助けられたものだ。息子が死んだ時は一緒に泣いてくれた。その乳母も私より先に逝ってしまったがな」
「陛下……」
「私の愛する者は、必ず私よりも先に逝ってしまう定めなのかもしれぬな」
私の母は女帝陛下の数少ない理解者だった。
「母は死の間際まで陛下の実を案じておりました」
「ふふふ。政敵を滅ぼし、逆らう者達を決して許さない『冷酷無慈悲な女帝』をか?」
「陛下はお優しい方。好き好んで処罰を厳しくしている訳ではない、と言っておりました。人の罰するたびに己も罰しているのだと。陛下の事をよく知らぬ者達に誤解されるのが悔しいと申しておりました」
「恨みも憎しみも嫌というほど買ってきたからな。私が死んで喜ぶ者達のなんと多い事か……。
だが、衛。私は悔いてはいない。己で選び取った一生だ。どれほど血で汚れようと後悔だけはしなかった。いや…一つだけ後悔いていることがある。
皇統を守るために、秩序を乱さないために、宝寿皇子を追い詰めて死なせたことだ。亡き姉の忘れ形見。私にとっても実の甥だ。可愛くないはずがない。才能あふれる闊達な子だった。明るく、人の愛される子でもあった。その反面、愛されることを当たり前だと思う傲慢さもあった。だが、それさえも宝寿の魅力だった……」
姿形は先の皇帝に瓜二つでありながら、中身は正反対であった徳寿皇子を先の皇帝は内心苦々しく思われていた事は周知の事であった。才気煥発な宝寿皇子を殊の外愛されていた事も皆が知っている。
「宝寿皇子は女帝陛下によく似ておられました」
「そうか?」
「はい、とてもよく……」
当時も陰で囁かれていた。
何故、宝寿皇子が皇后の息子ではないのかと。
「衛、そなた、なにか言いたそうだな」
「……」
「構わぬ。何でも言うがいい。特別だ」
「しかし……」
「私は明日をも知れぬ身だ。今更、なにを言われても驚きはせぬ」
「……確証のない事でございます。到底、信じられない馬鹿げた話でございます」
「どんな突飛な話でも構わぬぞ。冥途の土産に持って行ってやろう」
「母が…母が亡くなる前に、私に言い残した言葉がございます。この事を女帝陛下にお伝えするように言われながら、今の今まで伝える事が出来ずにおりました。あまりにも荒療治な…母の思い違いも甚だしい話でしたので…ずっと黙っていたのです」
「申すといい」
陛下の許しを得た。
これが最後の機会だ。
「私の母が『自身の乳を与えた皇子は宝寿皇子の方である。徳寿皇子ではない』と……」
「続けよ」
「徳寿皇子が生まれた時に耳の付け根に小さな三つの黒子があったそうです。それが、亡くなった徳寿皇子の亡骸にはそれがありませんでした。徳寿皇子妃に確認したところ、始めから黒子は無かったと言うのです」
「……成長して黒子が消える事はある」
「はい。母も一度はそう思いました。しかし、疑念が残ったのでしょう。白姫様に確認に参りました」
「……神殿に行ったのか」
「はい。白姫様曰く、宝寿皇子には黒子が亡くなるまであったそうです」
「……そうか。衛、良く申してくれた。礼を言う」
その日の夜、偉大な女帝陛下は亡くなられた。
女帝陛下は全てご存知だったのだろう。
私は、これから先も、この秘密を墓まで持っていく。
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