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公爵領
しおりを挟む祖父のためにも公爵領に拠点を移したのは正解でした。それというのも祖父が領地改革に勤しんでいるからです。
当初は王太子殿下や新しく発足された政府の様子を逐一報告させていた祖父でしたが、スタンリー公爵領に腰を据えてから一ヶ月も経たずに領地運営の方に夢中になっていました。王都に比べると文化や技術の遅れが目に付いたせいでしょう。福祉の恩恵も一部しか受け取れていない事も、領民に読み書きが浸透していない様子を間近でご覧になって改革に乗り出したのです。
『もっと領地に目を向けるべきじゃった。王都との格差が酷い』
祖父にしては珍しく反省なさっていました。今日もお父様と一緒に視察に出掛けています。見処のありそうな若者を支援なさったり、才ある者を見出し育てる事に生き甲斐を見いだしているようでした。祖父の険しい表情や鋭過ぎる目つきが徐々に柔らかくなっていきました。良い傾向です。魑魅魍魎が跋扈する王宮で長年権力闘争に明け暮れていたせいで荒んでいた心を癒やされてもいるようでした。
『ヘスティア、儂はこの五年で我が領を王都と遜色のない……いや、王都以上の都にしてみせるぞ!』
意気込みが違いました。「長年、王都を拠点にしていた弊害じゃろうか。このような見落としがあったとは一生の不覚じゃ」と悔し涙を流していましたから余計にヤル気に満ち溢れていました。あの様子では、五年も掛からずに王都同様の都にしてしまいそうです。何しろ、手持ちの資金で大規模工事を行い、多岐に渡っての事業展開を行っているのですから。
「それにしましても、おじい様。随分と貯め込んでいらしたのですね」
「ん? 何の事じゃ?」
「嫌ですわ。資金の事です。スタンリー公爵家の財を一切お使いにならずに御自分の個人資産だけであれだけの事業をなさって御出でなんですもの」
「儂は貯蓄などせんぞ?」
なら資金は何処から出たのですか。
まさか闇金に手をだし……いいえ。おじい様の事です。逆にお金を貸して法律ギリギリの利息を相手に負わせる位します。
「高利貸でも始めたのですか」
「お主は実の祖父をなんじゃと思っとる。退職金を使ったに決まっておろう」
「退職金が出るのですか?」
「うむ。退職金とはちと違うな。政府が貯めておったものじゃからな」
「……裏金ですか?」
「いやいや。まさか。予算の関係で貯めておったもんじゃ。何かあると困るからの。溜めて管理しておったものじゃ」
世間に公表していないお金ですね。分かります。こんなことを分かってしまう自分が嫌になります。
「勿論、人に言えん金も貰ってきたがな!今頃、奴らは大慌てじゃろう。愉快愉快。ふぉふぉふぉ」
いい気味じゃ、と大変楽しそうに嗤う祖父は善人にはなれない人種だと確信しました。王都の方角に顔を向け、心の中で「申し訳ありません」と謝るしかありません。私は祖父と違って「良心」というものがありますから。けれど、頂いた金額は私欲で使った訳ではありませんから許して欲しいものです。資金は間違いなく国民のために使用しているのですから。
時たま心臓に悪い発言をする祖父ですが、それも祖父の個性と思えば慣れてくるもの。
私達が領地に戻り、数年間は平穏で穏やかな日々を過ごす事ができました。
このまま王家と距離を取り続けていれば……愚かな私は本気で思っていました。
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