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桜色
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日曜日の午後、インターホンが鳴った。
ドアを開けると、たー子が立っていた。
「突然どうした?」
俺はたー子に尋ねた。
「慰めにきてあげたんじゃん。ほら」
たー子は買い物袋を俺に手渡し、ズカズカと上がりこんできた。
「ふぅーん、綺麗にしてんじゃん」
たー子はぐるりと部屋を見回し、当たり前のようにソファーに腰掛けた。
そりゃあそうだ。
社会人二年目の春、夢の独り暮らしを始めて一週間の今日、俺は初めて彼女を家に呼ぶつもりだったのだから。
「ほれ」
俺はたー子が持ってきた缶ビールを手渡す。
「あぁ、私はいいよ。井上が飲みな」
「おう」
俺は遠慮なくプルタブをひく。
「それで? 彼女から連絡あった?」
「あるわけねぇじゃん。振られたんだから」
「そう。別れる時はあっさりなんだね。結構長かったのにねぇ」
「まぁな」
「落ち込んでる?」
「どん底だ」
俺は大きな溜め息を吐いた。
「てかさぁ、こんな部屋にいるから余計気分が暗くなるんだよ」
たー子はそう言うと、俺の自転車に乗って何処かへ行ってしまった。
なんだあいつ……。
たー子とは、会社の新入社員研修で隣同士だった。
「榎本多香子って言います」
「あ、俺は井上正隆。よろしく」
「よろしく~」
その時見せたたー子の屈託のない笑顔を今でも覚えている。それは、俺の緊張を一瞬で和らげた。
たー子とは部署は違うが、それ以来仲良くしている。気さくで明るく、いつも笑顔を絶やさないたー子は、男女年齢問わず誰からも愛されるキャラだった。
多香子だから、たー子。それは俺が付けたニックネームだ。
小一時間程して戻ってきたたー子は窓際に近付き、窓を開けるのかと思えば、いきなりカーテンを外し始めた。
「なにすんだよ!」
あっという間に外し終えると、たー子は袋から取り出したものを俺に見せた。
「これに変えるの」
「はぁ? おいおい、ちょっと待て! 勝手になにしてくれんだよ!」
たー子は全く聞いちゃいない。
「ほら、いいじゃん!」
「いや、ヤバイだろ!」
たー子は俺の部屋のカーテンを桜色に変えた。
「これで元気になるから!」
たー子は笑顔でそう言うと、満足げに帰っていった。
黒を基調としたモノトーンインテリアで、シックな大人の男部屋に仕上げたのに……台無しじゃねぇか。
だが、慣れというのは怖いもので、一週間もするとそれが全く気にならなくなっていた。それどころか、モノトーンの差し色で丁度いいか、なんて思い始める自分がいた。
仕事から帰って優しい桜色を目にすると、なんとなく癒されるような気さえしていた。
たー子に感謝……かもしれない。
ドアを開けると、たー子が立っていた。
「突然どうした?」
俺はたー子に尋ねた。
「慰めにきてあげたんじゃん。ほら」
たー子は買い物袋を俺に手渡し、ズカズカと上がりこんできた。
「ふぅーん、綺麗にしてんじゃん」
たー子はぐるりと部屋を見回し、当たり前のようにソファーに腰掛けた。
そりゃあそうだ。
社会人二年目の春、夢の独り暮らしを始めて一週間の今日、俺は初めて彼女を家に呼ぶつもりだったのだから。
「ほれ」
俺はたー子が持ってきた缶ビールを手渡す。
「あぁ、私はいいよ。井上が飲みな」
「おう」
俺は遠慮なくプルタブをひく。
「それで? 彼女から連絡あった?」
「あるわけねぇじゃん。振られたんだから」
「そう。別れる時はあっさりなんだね。結構長かったのにねぇ」
「まぁな」
「落ち込んでる?」
「どん底だ」
俺は大きな溜め息を吐いた。
「てかさぁ、こんな部屋にいるから余計気分が暗くなるんだよ」
たー子はそう言うと、俺の自転車に乗って何処かへ行ってしまった。
なんだあいつ……。
たー子とは、会社の新入社員研修で隣同士だった。
「榎本多香子って言います」
「あ、俺は井上正隆。よろしく」
「よろしく~」
その時見せたたー子の屈託のない笑顔を今でも覚えている。それは、俺の緊張を一瞬で和らげた。
たー子とは部署は違うが、それ以来仲良くしている。気さくで明るく、いつも笑顔を絶やさないたー子は、男女年齢問わず誰からも愛されるキャラだった。
多香子だから、たー子。それは俺が付けたニックネームだ。
小一時間程して戻ってきたたー子は窓際に近付き、窓を開けるのかと思えば、いきなりカーテンを外し始めた。
「なにすんだよ!」
あっという間に外し終えると、たー子は袋から取り出したものを俺に見せた。
「これに変えるの」
「はぁ? おいおい、ちょっと待て! 勝手になにしてくれんだよ!」
たー子は全く聞いちゃいない。
「ほら、いいじゃん!」
「いや、ヤバイだろ!」
たー子は俺の部屋のカーテンを桜色に変えた。
「これで元気になるから!」
たー子は笑顔でそう言うと、満足げに帰っていった。
黒を基調としたモノトーンインテリアで、シックな大人の男部屋に仕上げたのに……台無しじゃねぇか。
だが、慣れというのは怖いもので、一週間もするとそれが全く気にならなくなっていた。それどころか、モノトーンの差し色で丁度いいか、なんて思い始める自分がいた。
仕事から帰って優しい桜色を目にすると、なんとなく癒されるような気さえしていた。
たー子に感謝……かもしれない。
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