モブ令嬢は脳筋が嫌い

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五章

11.知らないこと

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「やっっと終わった……」

 デスクにだらりと身体を預ければ、横から紅茶の入ったカップが差し出される。午後の小休憩用にと用意してもらったものだ。普段、キースに散々水分を取れと注意しているイーディスだが、今日ばかりは指摘も出来ず、自分も飲めていない。実に昼食ぶりの水分補給である。ありがとうございます、とお礼を告げてすっかり冷めてしまったそれを流し込む。

「おかわりは?」

「いります」

「俺も飲んどこう」

 トクトクと注がれたそれも一気に流し込み、改めてはぁ~と息を吐く。

「まさか明後日までに必要な書類が午後に運ばれてくるとは思いませんでした」

 週末の予定を存分に堪能するため、あれからイーディスとキースは全力で働いた。週末までのものだけではなく、お楽しみ中に邪魔されたら叶わないと来週のものにまで手を伸ばした。昼食の時なんて「この調子で進めれば今日中に来週末分まで終わります。一週間も余裕が出来て……この調子でお仕事捌いてお休み取りましょう!」なんてはしゃいでいたのだ。けれどのんびりと食後のお茶を楽しんでいると、書類の詰まった封筒が複数詰められた箱が持ち込まれ……といった調子である。

「イーディスのあの時の声と言ったら……ははっ」

「仕方ないじゃないですか! 開けたら一番上に明後日までって大きく書かれた紙が置かれてたんですよ!? 誰だって驚きます」

 しかもその下にはご丁寧に『奥様』と書かれた手紙が隠れていた。どうやら期限ギリギリの大量書類は仕事をこなす人間が増えたから出来るだろうと期待してのものだった。数ヶ月前までほぼほぼ他人だったイーディスを一人として数えるのは止めてほしい。手伝いの域を出ておらず、ギルバート領のことも、管理者のこともまだまだ勉強せねばならないことも多い。

「驚くというか悲鳴に近かったな。でも本当にイーディスがいてくれて助かった。ありがとう。明日の昼食は好きなものを頼むといい」

「デザイン考えながらなのでサンドイッチで。たまごサンドは厚焼きたまごのタイプとゆで卵潰したものの二つ作って欲しいです。あ、マスタード抜きで」

「いいな。俺の分も作ってもらおう。他のものはどうする?」

「お任せします」

「分かった。伝えておこう」

「ところで先方から頂いた手紙にあった『慈愛の聖女』って一体誰のことですか? 一応お返事の方は当たり障りないように返しておきましたが……」

「っ!? 手紙を見せてくれ」

「どうぞ」

「くっそあいつ余計なことを……。いや、先延ばしにしようとした俺が悪いのか。ちょうど仕事もある程度余裕があるし、休み明けは諸々の説明をするか。……イーディス、先に謝っとく。すまない。休み明けは君の機嫌を損ねるかもしれない」

「聖女が、ですか? 癒やしの聖女とのことでしたら気にしていませんよ」

「リガロ様が出てきても?」

「あの二人は今やセットですからね。私にとってはハンバーガーとポテトくらいの感覚なのでお気になさらず」

「例えが独特すぎる……」

「そうですか? どちらにせよあれはもう過ぎたことですから」

 ニコニコと笑いながら、謝るなと圧をかければキースはポリポリと首の後ろを掻いた。

「俺が気にしすぎなのかな~」

「ほんと初めて会った日に速攻で人に仕事を手伝えと言った人とは思えません」

「それは、わりと切羽詰まってたからで……」

「でも私はそれくらい遠慮のない方が助かります。何も言ってくれないままじゃ分からないまま。聞いた後で怒るかもしれませんが、それでも機嫌を損ねるかもと隠されているよりもマシです」

 何かあるのだろうと察することは出来る。けれど相手が警戒したままではそこに隠されたものを目にすることは出来ない。大事なことならなおのこと、隠さずに伝えて欲しい。心に触れさせて欲しい。分からないままは、外に放り出されたままはもうゴメンだ。

「ではその日は怒られることを想定して、イーディスの機嫌を取ることにしよう」

「マリア様の写真を見せられれば私の機嫌は地の底からでも這い上がりますよ!」

「写真はないが、絵なら」

「あるんですか!?」

「三階に画廊がある。休み明けに案内しよう」

 ワガママと思いつつも何でも言ってみるものだ。しかも画廊ということは一枚や二枚ではない可能性が高い。頬が緩むのも気にせずに「幼少期のマリア様、絶対可愛い!」と週明けに思いを馳せる。ここはいっそ服を決める前に一度見に行った方がいいのでは? いや、絵を見ていない今の状態だからこそ良いと思える服がある。このタイミングで絵を見ることで、絵の中の彼女に印象を引っ張られてしまうのではないかと心の中で葛藤する。結果、僅差で『数日我慢する』が勝利した。ちなみに絵を見た後考える服も完全に諦めた訳ではなく、それはそれで後日改めてキースにねだるつもりだ。

「私、まだ三階には行ったことがないのですが、画廊の他にはどんな部屋があるんですか?」

「マリアの部屋」

「え」

「アリッサム家から彼女に関する物を全て贈ってもらって、部屋も彼女が生きていた頃を再現した」

「なんで今まで隠していたんですか!!」

「言ったら仕事が中断するだろ!」

「しませんよ。最低限のことはちゃんとやります!」

「いや、俺の手が止まる」

「キース様は仕事してくださいよ」

「無理。絶対無理。三階に行ったら日が暮れても下の階に降りられない」

「それは……私もそうなると思います」

「だろ?」

 この数ヶ月、三階に続く階段に近づく機会は何度かあった。だが近くに行くとなぜか必ず使用人に声をかけられていた。書斎へ向かう方向とは逆だから、てっきりイーディスの手が空いている時に話を済ませようとしているだけだろうと思っていたが、どうやらあれは三階に行くことを阻止していただけらしい。実際、画廊にでも辿り着こうものならその場から断固として動こうとしなかっただろう。イーディスはそんな素敵なものが近くにあることに気づかなかった自分の無力さを悔いる。けれど同時にギルバート家の使用人達にマリアへの想いが周知されていることが嬉しくもあるのだった。
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