モブ令嬢は脳筋が嫌い

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番外編

キースの描画③

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 だが半年が経過しても彼女は戻ってこなかった。
 国王陛下との約束で、二年生に上がるまでにマリアは国を、イーディスの元を離れなければならない。イーディスの帰りを待つのだと泣いて縋る彼女をイストガルムに連れて帰るのはひどく心が痛んだ。こんなことになるのなら、学園入学を拒んでいれば良かったと思えればどんなに楽だっただろうか。けれどキースにとっても幸せだった時間までも否定したくはなかった。
 それはマリアも同じらしい。ギルバート領に来てから元気がなくなったらどうしようかと考えていたキースの目に映ったのは、便せんにペンを走らせるマリアの姿だった。毎日毎日大量の手紙を書くのだ。その中から厳選したものを週に一度送る。いつか絶対に返事が返ってくると信じて手紙を書くことで、どうにか保っていたのだ。そんな姿が痛々しくてたまらない。

 だからだろう。
 キースは最近、めっきり見る機会が減っていた悪夢に毎夜うなされるようになった。マリアの体調が悪かった時の夢だ。だが現実と違うのは、夢の中のイーディスは貝やら羽根やらを送ってこなかったこと。そしてマリアとの手紙の中で語られているリガロとの話がほぼ嘘であること。基礎となるのは現実なのだろうが、仲睦まじいエピソードは全てイーディスが書き上げた物語だった。夢の中で嬉しそうに手紙を見せられる度にゾッとする。なにせ現実でも同じような数年を送っていたのだから。マリアは知らないと思うが、とある年まで、現実の二人の仲も冷え切っていた。
 それが変わったのはマリアへの手紙の内容が変わりだした頃だったか。
 パタリとリガロの話をしなくなり、好む本も変わっていった。その前後に何かあったのだろう。そんな友が心配ではあるものの、無理に聞き出すようなことはしたくないとマリアは返事に悩むようになった。けれどそこからすぐに恋愛小説ばかりだったオススメの本にミステリーや冒険小説が混ざり始めるようになり、イーディスからの手紙のテンションも変わっていく。空元気という訳ではない。ただ純粋に本を楽しみ、マリアにもその楽しみを共有しようというのだ。ふんふんと荒い鼻息も聞こえてきそうなほど。マリアはイーディスに看過され、それらにも浸るようになった。少しずつ世界が広がっていく。それから一年と経たないうちにキースの耳にはリガロとイーディスの関係が変わっているという噂が届き、マリアの元には小説に出てくるようなお土産が届くようになった。

 ここがおそらく悪夢と現実の転機だったのだろう。
 夢の中の二人の関係は冷え切ったまま。イーディスとの文通を楽しみにしていたマリアも、他の慈愛の聖女と比べればうんと長生きをしてくれたものの、十四でこの世を去った。亡骸どころか灰さえ残さず、魔法にかけられたかのように姿を消したのだ。キースにとっての生きがいはマリアだ。彼女がいなくなってからは動く死体のように生き続けた。何度も死のうとして、その度にマリアが残した言葉を思い出す。

『イーディス様の結婚式に出席することが夢でしたの。キース様、私の代わりにどうかイーディス様の晴れ姿をその目に収めてくださいませ』
 マリアの想像するような幸せな式にはならないだろう。それでも、彼女はそれを思い描くことで生きようとしてくれていた。希望だったのだ。けれどマリアの死によって、イーディスはキースにとっての希望から呪いへと変わった。いや、恨むべきはマリアを救ってくれた彼女ではない。慈愛の聖女の、マリアの唯一の友になってくれた少女を無碍にする男こそが恨むべき存在だ。手紙の中で語られていたように大事にされていたのなら、キースは苦しみつつも見守っただろう。けれど彼はあろうことか、癒やしの聖女に惚れ、イーディスを捨てることを選んだ。観衆の面前で、ボロ雑巾のように投げ捨てられたのだ。

 リガロが許せなかった。
 マリアが死に、イーディスが捨てられるこの世界が許せなかった。

 夢なのに、息をする度に喉が焼けるような激痛が走る。マリアの元に行きたい。そう、何度願ったことだろうか。けれど彼女との約束を無碍にしたくない。そんなことをしたら、キースが嫌悪する男と同じになってしまいそうで。だからイーディスをギルバートの妻として迎えることにした。彼女がこの家に馴染んだ頃、莫大な遺産を残して自分は死のうと。

 寝ても覚めても息苦しさだけが溜まっていく、そんな悪夢ーーだった。
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