モブ令嬢は脳筋が嫌い

斯波@ジゼルの錬金飴③発売中

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番外編

キースの描画②

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「キース様。私、学園に通いたいのです」
「それは、イストガルムのか?」
「いいえ、シンドレアの、イーディス様と同じ学園に通いたいのです。一年でも構わないから、唯一のお友達と過ごした思い出が欲しい」
 マリアがそう切り出したのは十四になったばかりの時だった。
 その頃には馬車から出ないという条件で、屋敷の外に出られるほどに回復していた。だからこそ、欲が出たのだろう。今までのマリアからは想像出来ない。だが欲があるのは希望があるから。絶望していただけの生活から脱せた証拠である。生きることに前向きであってくれることを嬉しく思う一方で、不安でもあった。今、マリアの体調が落ち着いているのはあくまで行動範囲を限定し、彼女に集まる魔量を制御しているからにすぎない。もし倒れたとしてもすぐに介抱できるように常に使用人を連れている。だが多数の生徒が集まる学園なんて通えばどうなるか予測もつかない。
 ダメだ。ワガママを言わないでくれ。
 マリアの婚約者という役目を任されているキースはすぐに切り捨てるべきなのだろう。それでも、真っ直ぐと見つめてくれる女の子の小さな夢をこの手で握りつぶすなんてむごいことは出来なかった。
「……検討しよう」
 そう告げて、キースはイストガルムに戻った。マリアの入学を認めて欲しいと国王陛下に許しを乞うためだ。手紙での提案はすぐに却下され、今度は直接足を運んだ。陛下はマリアの身を案じ、なかなか首を縦に振ろうとはしない。イーディスが特別なだけだ。彼女との文通ならイストガルムに来てからも続けさせて構わない。だからそんなところには行かせないと。何度も何度もキースの提案は退けられた。それでも諦めなかった。あかの他人であった少女が繋げてくれた希望を絶やしたくなかったのだ。

「結婚するまでの一年で構いません。それ以降はギルバート夫人としてイストガルムに連れて帰ります。社交界にも出さず、ギルバートで保護します。ですから、何卒マリアの夢を叶えてやって頂けませんか」
 涙ながらに語り、頭を垂れる。
「……護衛はこちらで選出する。体調が悪かったらすぐに休ませ、異変が見つかった場合は予定を早めてイストガルムに連れ戻せ」
「許してくださるのですか!?」
「お前がそこまでするのだ。それに、私だってあの子が掴んだ希望を潰したくはない」
「ありがとうございます!」
 その他にも細かい条件が書き連なった書類を渡されたが、キースはまよいなくサインをした。このとき、すでに学園入学まで三ヶ月を切っていた。マリアに学園に通っても構わないと告げ、自分と彼女の分の入学準備をする。護衛とキースの住居はアリッサム家が用意してくれることになった。

 こうしてマリアは待望の学園入学を果たしたのである。
 とはいえ、マリアがイーディスと直接顔を会わせるのはあのお茶会以来。十年ほど前のことだ。手紙を通してと直接話すのでは違う。お互いにギャップを感じてしまうかもしれないとドキドキした。会って早々、予防線まで張ってみたりもした。けれどすぐに二人は打ち解けた。イーディスは嫌な態度を取ったキースまでも受け入れてしまったのである。正直、イーディスの寛容能力は想像以上だった。事前に調査はしていたが、まさかキースとマリアの関係をまるで気にも留めないどころか、当然とばかりに受け入れるとは思ってもみなかった。
 これから一年ほど、共に学園生活を送る身としてはありがたい限りではあるが。
 また想定外だったのはイーディスだけではない。癒やしの聖女が現れたのだ。過去に癒やしの聖女と慈愛の聖女が同時に生存していたというデータは残っていない。どちらも聖母の魂を継いでいると言われるゆえんがこれだ。とはいえ、今まで一度も観測されなかっただけであり得ないと否定することは出来ない。未だ聖母と聖女については謎が多いのだ。だが、その関係でリガロ=フライドはイーディスの側を離れることになっている。その上、イーディス本人には一切の事情を知らせないときた。ある程度のフォローは行うが、なるべく彼女を癒やしの聖女に近づけたくはないらしい。とはいえマリアも癒やしの聖女に近づけるつもりはないので、一緒に動いていれば問題ないだろう。

 そう簡単に考えていた。
 バッカス=レトアがイーディスと親しくなったことだけは予想外だったが、マリアも案外すぐ打ち解けることが出来た。キースの方も、彼から頻繁に状況報告が聞けるので助かっている。それに話も合う。彼と共に過ごすのは授業が始まるまでのわずかな時間だけだが、楽しい時間を過ごさせてもらった。その後、しばらくしてからローザも仲間に加わって、図書館はますます賑やかになっていく。バッカスから聞いた話によれば、リガロは図書館の様子を気にしているらしく、役目が終わったら通ってくるだろうとのことだった。

「キース様、リガロ様は一体いつになったらイーディス様の元に帰ってくるのでしょう」
「そう遠くないうちに戻ってくるさ。彼は、イーディス嬢が大好きだから」
「それはそうですけれど……でも大切な女性を長く待たせるのは男性として失格ですわ。今度会ったら嫌みの一つでも言わなければ気が済みません」
「あまり虐めるなよ」

 マリアはぷりぷりと怒りながらも、リガロがイーディスの元に帰ってくることを疑っていなかった。
 だからこそ、イーディスが消えたのは青天の霹靂だった。マリアだけではない。誰がこんな事態を予想出来たというのだ。

 唯一の希望であった、癒やしの聖女の儀式が終わってからもイーディスは帰ってこなかった。魔の供給を断ち、癒やしの力を使ったが、魔道書に変化は見られなかった。

 待つしかない。
 すぐにその結論に至った。
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