モブ令嬢は脳筋が嫌い

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番外編

キースの描画①

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「嘘でしょう? だって魔法道具はもう何年も発生していないって……なんで、なんでイーディス様なのよ!」
 イーディスが魔導書に囚われたと知ったマリアは酷く取り乱した。そんな彼女をキースは「癒やしの聖女による儀式を行えばきっとすぐに戻って来る」と宥めた。大丈夫だと繰り返してはいたものの、キース自身も動揺していた。
 ずっとマリアが消えてしまう心配はしていた。
 けれどイーディスが消えるなんて、信じられるはずがなかった。


 キースとマリアが出会ったのは、二人が三歳の時。
 イストガルムの姫だと知らされていないマリアはギルバート家令息との婚約にひどく驚いていた。幼い少女も知っているほど、ギルバートの名は有名だった。ギルバート家ほどの名家が他国の男爵令嬢と縁を結ぼうとしていることは騒ぎになったほど。事情を知らない遠縁の親戚なんかは散々「なぜあんな令嬢と!」と喚き散らしては本家の者に睨まれて縮こまっていた。だが文句を言いたいのは遠縁の者だけではない。イストガルム・シンドレア以外の貴族達もキースと顔を合わせる度に小さな棘でチクチクと刺激しては、婚約を解消するように誘導しようとする。最悪な気分だ。だがマリアの苦痛を思うと、キースに近づく貴族達なんてかわいいものなのだろう。

 マリアは慈愛の聖女である。慈愛の聖女は魔を集めるという性質上、悪意を向けられることが多い。だから自分といる時だけは気を休められるようにと、キースは彼女に沢山贈り物をし、何度も会いに行った。だが何かできている実感がなく、帰りの馬車の中で今日も何もできなかったと後悔することがお決まりになってしまっていた。
 弱気になってしまっているのがよくないのだろう。そう思うのに、自力では泥のような悪夢から脱することが出来ずにいた。
 悪夢を見るようになったのはマリアと出会ってからすぐのことだ。それもいつも結末が同じ夢だ。今よりも少しだけ大人になったキースの前で、マリアが息を引き取る夢。
 どこから始まっても、必ず無力なキースが泣き崩れて終わる。初めこそこれは夢だと思い込むことが出来たが、次第に未来は変えられないのではないかと寝ても覚めても悪夢にうなされるようになった。だからといって、何かしてやることも出来ずただ彼女に寄り添うだけの日々。

 そんな日々から解放してくれたのはイーディスだった。彼女と文通を交わす度、少しずつではあるがマリアの状態も良くなっていった。カルドレッドから派遣された医師は奇跡であると目を丸くしていた。実際、歴代の慈愛の聖女についての記録では、例外なく全ての慈愛の聖女が年を重ねるごとに衰弱していったのだ。回復した事例など一度もなかった。


 たった一人の女の子が救うなんて、あり得ない話だった。
 そもそもマリアに友人が出来たことこそが奇跡だった。幼少期に参加していたお茶会も慈愛の聖女の役目の一つである。キースとの婚約は、より多くの悪意を短期間で集めるため。少しでも苦しむ時間を減らせるように、彼女の両親であるイストガルム国王が考えた苦肉の策であった。当然、マリアは行先で様々な人々から悪意を向けられる。もしも善意や好意というプラスの感情を持つ者がいたとしても、貴族社会という場所でそれがマリアに向けられることはまずありえない。そんなことをすれば他から反感を買ってしまうからだ。けれど悪意を持たずにマリアに話しかけてきた者がいた。

 イーディス=フランシカーーそれがマリアに話しかけてきた少女の名前であり、マリアに出来た唯一の友人の名前である。男爵家に生まれた彼女は、見た目が地味なだけではなく能力も平凡。両親祖父母の経歴もくまなく調べたが、目立ったことはない。ただ唯一他の令嬢と違うことは、彼女があの剣聖の孫の婚約者であること。多くの令嬢から睨まれ、妬まれつつも彼女は平然としていた。人よりもメンタルが強いのかもしれない。だがそのくらいだ。変な少女だと思いつつも、マリアの短い人生の癒しとなってくれる人物が出来たことを喜んだ。


 まさかその変な少女との出逢いがマリアの一生を変えてしまうとは露ほどにも思わずに。


 週に一度あるかないかの文通と、彼女から勧められる本はマリアの世界を変えた。そしていつからか、イーディスが送ってくるようになった外出先からのお土産はマリアの宝物となった。キラキラとした目でキースに見せてくれるのだ。今回はこの本に出てくるこれをもらったのだと、お返しものは何がいいか、と相談してくる彼女は本当に幸せそうで、キースも苦しむだけの日々に別れを告げることにした。とはいえ、自分が助けたかったと嫉妬することが全くない訳ではない。自分が贈ったアクセサリーの方が高価だ。マリアの読んでいた本のヒロインが付けていたものと同じだ。そんな言葉が喉元まででかかったことも一度や二度じゃない。それでもすんでのところで飲み込んだのは、マリアの体調が徐々に回復していったから。キースや他の人達では成し遂げられなかったことを、一度会っただけの少女が、マリアの事情を知らぬ令嬢がやってのけたのである。楽しそうに笑い、寝室以外で過ごす時間も増えていくマリアの姿を見ていたら、イーディスには感謝せずにはいられなかった。
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