悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい

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17.悪い大人との取引

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 レオンさんとのパーティーは想像以上に快適だった。
 若く見えた彼だが聞いてみると三十代後半と、私とは干支が2周り以上離れていることが判明した。

 どおりでギルドで仕事を選んでいても微笑ましい顔で見られる訳だ。

 パーティーメンバーというよりも親子だ。
 髪の色も瞳の色も違うが、そんな親子ごまんといる。
 変な勘違いをされるのは勘弁したいが、Sランク冒険者と組んでいるというのに嫉妬ゼロなのは素直に嬉しいものだ。

 それにどうせ親ならどんな経緯があったにしろ、子どもを捨てたお貴族様よりもレオンのような男の方がよほどいい。実際にお父さんになって欲しいかは別問題だが、親しみやすさがあり、面倒見がいいのは確かだ。


 知り合ってから数ヶ月と経たずに、数年来の知り合いのように絡めるくらいの関係にはなっていた。


「やっぱりもう少し行けたじゃないですか! いくら木製椅子じゃないとはいえ、移動時間の方が長いのは嫌なんですが!?」
「俺のせいか!? 俺のせいなのか!? いくらなんでもSランク討伐依頼の魔物が一撃で倒せるとは思わないだろう!? 第一、あれどうやったんだ?」
「え、普通に大きいファイヤーボールを投げつけただけですけど」
「ああ、ファイヤーボールを……ってなるか!」
「いい加減慣れてくださいよ」
「正直、3日前に木の棒で空気の球を打っていた辺りから処理が追いついていない」

 え、そこから!? と喉元まで出かかっていた突っ込みを全力で腹まで押し返す。

 Sランク冒険者を十数年続けているレオンさんは強い冒険者や、冒険者でなくとも強力な魔法を使える人、そして多くの魔物に遭遇してきている。

 その経験から、多少のことには驚かない。初め私を見かけた時にスカウトしようと思っても、恐れることがなかったのは異次元の強さを何度となく目にしたことがあったかららしい――のだが、魔物をワンパンで倒すとこうして脳内処理が追いつかない事態が出てくることがある。


 初めから手のうちを全てさらけ出すつもりはなかったが、段階に応じて必要なものを説明するくらいがちょうどいいのかもしれない。

 現在、レオンさんへの説明を行うタイミングは主に2パターンある。

 1つはレオンさんが怪我をしないよう、馬車の中で今日はどんな形で戦うか大まかな説明を行うパターンだ。これは意見のすり合わせの際にも行うことがある。
 一度見せた魔法でも使い方が違う場合には手を抜かずに説明するようにと言われている。
 前世の私はゲーマーでもなんでもなく、流行りのゲームに乗っかるだけのそこらへんにいる日本人で、変わった戦い方をしているつもりはない。出先で見かけた魔法の使い手たちと同じような戦い方をしている。だが私と彼らとでは威力が違いすぎるので、細かい説明が必要になるということらしい。

 少し面倒ではあるが、依頼先でご当地グルメを奢ってくれるということで折り合いはついている。


 そして2つ目だが、レオンさんが受注するクエストが簡単すぎる、もしくは数が少なすぎる際にはもっと依頼を受けるべきだと抗議するパターンだ。

 こちらが意外と厄介で、今回のもめごとの原因でもある。
 1つ目のパターンの際には2人で戦闘方法を練り合わせていくのだが、2つ目のパターンは主に私が押し切らねばならない。
 これがなかなか難しい。
 なにせレオンさんはSランク冒険者なだけあって柔軟な発想を持っているのだが、新たな魔法を理解し、飲み込むまで時間がかかる。そのためか、私の伝えた方法に納得してくれないこともしばしばある。


 今回も納得してくれなかったレオンさんが受注クエスト数を増やさずに来た結果がこれだ。
 彼が短くとも半日はかかると想定していた散策&戦闘はわずか1時間と足らずに終わってしまったのだ。目的の魔物は主にワンパンで終了した。

 どんなに足が早くとも大きい球を群れにぶつけてしまえば時間などかからない、という私の主張を聞き入れてくれていたなら後2~3件の依頼を達成できたことだろう。

 だが私とレオンさんではステータスも持っているスキルもまるで違う。
 完全に理解してくれと言う方が無理な話であることを、私がもう少し理解するべきなのだろう。今でも十分どころか十二分に報酬をもらっているし、彼自身に落ち度などない。

 けれどついつい甘えてしまうのは、レオンさんが親しみやす過ぎるから。

 大きく前へと踏み出して、レオンさんの前で胸を逸らせる。

「……とにかく、今日の収入が少なくなったお詫びとしてアイスクリームを要求します!」
「それが目的か……。まぁそれくらいならいいか。アイスクリームってあの馬車乗り場のおっさんが言ってたやつか?」
「はい! こんなに時間があったら全種類堪能できますね~」
「全部って、30種類以上あるって話だった気がするんだが!?」
「固定の28種類と、季節で入れ替わりの4種類で合わせて32種類あるそうです!」
「……腹、壊すなよ?」
「もちろんです!」
「強さも異次元なら食欲も異次元、か……。そうだ。今度ドラゴン狩りに付き合ってくれ。すぐ倒せるなら竜装備を作りたい」
「なんですか、竜装備って」
「ドラゴンのドロップ品のみで作った装備だ。買うとものすごい高いんだが、アイテム持ち込みだと半額以下に押さえられる」

 すでにドロップ品が手に入ったとばかりに頬を緩めて空を見上げるレオンさん。
 その視線の先に自分好みに作られたこの世でたった一つしかない竜装備を思い描いているのだろう。

「子どもを利用する悪い大人がいる!」
 両手で口を覆って、わざとらしい驚いた表情を作ってみせる。
 一緒に狩りに連れ出されたところで不満に思うほどの仲ではない。
 近くでこなせそうな他の依頼をいくつか受けてから狩りにいけばその日の収入もしっかり確保出来ることだろう。

 だからこれはあくまでポーズだ。

「もちろんお礼は出す」
「内容次第ですね!」
「つい最近、シュタイナー家が出店した店のフルコースでどうだ!」
「シュタイナー家って王子様の婚約者の家でしたっけ?」

 シュタイナーと聞いて浮かぶのはユリアス=シュタイナー。
 王子が婚約者である彼女を溺愛しているという噂は、貴族社会に全く興味がない私の耳にも入ってくるぐらい有名な話だ。
 私が持っている彼女についての情報はつい最近まで屋敷に引きこもっていたこと。そして王子の求愛行動? によってついに部屋から出てきたらしいことくらいだ。

 もちろん他のシュタイナー家の人物など知らない。
 シュタイナー領に仕事に行ったこともないので、領主さまの名前すら把握していない。

 今まで気にしたこともなかったが、シュタイナー家に店を出すくらい食に興味がある人物がいたとは……。

 お貴族様はお金に余裕がある分、美味しいものに手が届きやすく、関心も向きやすいのかもしれない。

「ああそうだ。その王子様の婚約者が考案した品が社交界を震撼させているらしく、ついに店まで出したんだ」
「へぇ~よくそんな店の予約取れましたね」

 よりによってあの引きこもりのご令嬢が……。
 引きこもりの次はレシピの考案か。世の中には不思議な令嬢もいるものだ。

 だがどうせ直接関わる機会もあるまい。
 私は社交界を震撼させるという食事を堪能させてもらうだけだ。

「この前依頼をこなした時に王様からもらったんだ」
「ああ、あのしばらく留守にしていた時ですか? 魔物の数が多くて大変だったって言っていたやつ」
「そうそう。長く留守にさせてしまったからこれで娘の機嫌取っておけってもらったんだ」
「娘って……」
「国王様もお前が俺の子どもだと勘違いしているらしい。いっそのこと養子縁組でもするか?」
「したところで私にもレオンさんにも得がないでしょう。勘違いはさておき、有り難くもらっときましょう」
「そうだな」

 そんな話をしているうちに到着したアイスクリーム屋さんで私は全種盛りを、レオンさんは季節のアイス二種類を堪能したのだった。
 奢ると言っておきながら、ちゃっかり人のカップから一口ずつ掬っていったレオンさんに他の店のデザートを要求したのは言うまでもないだろう。

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