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16.不穏な切り札

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 エドルドさんはすっかり職員さんモードに突入してしまい、一度部屋を出て、何やら一覧表を手に戻ってきた。

「こちらが受けられる保証一覧ですね。Sランク冒険者になれば希望が追加されることもあります」
 ありがとうございます、と短くお礼を告げて目を通すジェスチャーをする。

 なんて言おうかと迷っているうちに少しずつ外堀を埋められているんだけど……。

「非常に有り難いお話ですが……」
「そうだ。一番大事な情報を提示するのを忘れていた」
「……なんですか?」

 勝利を確信したかのようなレオンさんの表情に思わず背筋がピンと伸びてしまう。
 まるで最強の切り札を持ち合わせているとでも言わんばかりの笑みを浮かべながら、彼は『一番大事な情報』という名の爆弾を落とした。

「とあるギルドに出されている人探しの依頼なんだが、探されているのは『12~13歳のピンク色の頭髪の少女』らしい」
「ただの家出少女でしょう。それにおおまかな年と髪の色なんて合致する子は他にもいると思いますが?」
「それがそうでもなくてな、特殊な能力を持っているらしいその少女を目撃したらしい一部の冒険者の中では『化け物』として有名らしい。そしてこれは関係があるかは確定していないんだが……」

 途中まで私と似た状況の子だと思ったのに、冒険者達からの情報まで合わせちゃったらほとんど私じゃないか!
 近づきすぎているけれど、あの村の人達が小屋から逃げ出した私を探すかと聞かれれば思わず考えてしまう。

 それも逃げてすぐではなく、何年も経った後で。
 この話を聞いたのがもしも前の町に居た時ならば追っ手が来るかも! と逃げ出すのだが、どこか様子がおかしい。

 追加情報に思わず身を固くする。

「……なんです?」
「少し前からとある貴族が『12~13歳のピンク色の髪を持った子ども』を探しているんだ。おそらく隠し子を今になって探しているのだろうな」
「なるほど。その少女は同一人物かもしれない、と」
「まだ一部でしか出回っていない家出少女の捜索依頼と、水面下での隠し子捜索だが、本格化すれば躍起になった者が同じ条件を持つ君を狙ってくるだろう」

 記憶が戻る前の、純粋なロザリアだけの記憶を遡っても私の記憶の中に父親の姿はない。居るのは髪色の違う母と姉だけ。
 今になって不在の父の影が迫ってくるなんて想像もしていなかった。
 しかもそれが今後の足かせになり得るなんて……。
 見捨てたならそのままにしておいてくれればいいのになんと勝手なのだろう。

「……理不尽ですね」
 吐き捨てるようにそう告げれば、レオンさんは気まずそうに視線を逸らした。
 それは私の境遇を利用しようとすることに対する後ろめたさなのか、少女への憐れみか。
 どちらも私には不要だと断れたのなら良かったのに、私はレオンさんが続ける言葉に思わず言葉を失った。

「君の力は少し見させてもらった。いくつもの魔法を難なく操る君は今後もソロで戦っていけるだろう。俺の力なんてなくとも、数年後にはSランクに上り詰めることが可能だろう。だが君は子どもだ。多くの悪意ある大人に囲まれれば勝てるとは限らない」
「……っ」

 今度はストーカーレベルでは済まないかもしれない。
 魔物を何体倒したところで、人相手となれば話は別だ。人を自らの手で傷つける決心なんて出来ないし、するつもりもない。
 お金に目がくらんだ相手がどんな手段に出るのかは予想もつかない。
 相手が何かアクションを起こしてきた時に、『逃げる』という選択肢を選ぶことが出来るだけの余裕が残されているのか、現状で推し量ることは不可能だ。

「私はそんなに深く考えず、レオンを利用すればいいと思いますよ」
「エドルドさん?」
「彼と組めば収入も増えますし、心配なら今までと同じような仕事も平行して受ければいいんです。都合が悪ければ押しつけてしまえばいいですし」
「俺の扱い酷くないか!?」
「いつも通りですよ。だからロザリアさんもいつも通り、安易に考えて行動すればいいのではないですかね? ……っと、私はそろそろ出なければいけませんのでここで失礼します。返事は私経由でも構いませんので」

 私の扱いも結構酷い。
 つい先ほど人を安易に信じるなと言っておいて、手のひら返しもいいところだ。
 けれどエドルドさんらしい、愛情は感じる対応ではある。

 そんなエドルドさんが信頼している相手なら信頼してもいいのではないだろうか?
 それに、少なくともレオンさんは私の戦闘を見ても恐れることはない。
 それは私にとっては大きなプラス面であった。

 だから、エドルドさん曰く『安易な決断』を下すことにした。

「いえ、返事は決まりました」
「いいんですか?」
「ええ。私はレオンさんとパーティーを組むことにします」
「いいのか!?」
「遠慮はしませんし、ガンガン利用します。危ないと思ったらレオンさんに押しつけますし、裏切りを感じたら仲間でも魔物の巣窟に放置します!」
「信用ねぇな!? だが初めはこんなもんだろ。よろしくな、嬢ちゃん。いや、ロザリア」
「こちらこそよろしくお願いします」

 裏切られたらその時は全力で逃げるのみ!
 けれど差し出されたその手は想像以上に暖かくて、王都に来た初日を思い出してしまう。
 優しくしてくれた彼らとはあの日以来会っていない。
 たまたま顔を合わせることがないのか、はたまた全員実家に帰ってしまったのかもしれない。
 けれど私が彼らを忘れることはない。

 きっとこれからも暖かい手を握る度に彼らを思い出すのだ。

「ロザリア?」
「裏切ったらただじゃおかないので」
「怖いな、おい。だが裏切らないから安心しろ」

 彼らと同じ暖かい手の持ち主が、私にとっていい人でありますように。

 この世界に来てから初めて神様に祈った日ーー私はレオン=ブラッカーという冒険者とパーティーを組んだのだった。
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