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【1】レイ
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私が修道女になったのは、16歳のときのことだ。
オルドー子爵家の長女として生まれた私にはダミアンという名の婚約者がおり、将来的に私は子爵家当主となってダミアンとともに領地を治めていくはずだった。
……だけれど、運命というのは色々分からないもので。
結論を述べると、私は次期当主の地位も婚約者も失った。
腹違いの妹であるキャロラインに、奪い取られる形である。ダミアンは私と婚約していたくせに、キャロラインと恋仲になっていたらしい。
家族から厄介払いされた私は、なんだかんだと理由を付けられ片田舎の『ミリュレー修道院』へ送られる羽目になった。
……ありふれた大衆劇の筋書きみたいで安っぽいとは思うけれど、事実なのだから仕方ない。
二度と私が世俗に戻れないようにするため、家族はわざわざ私を王都の修道会本部まで連れて行き、『命ある限り神に仕える』という終身誓願の儀式までやらせた。……いわゆる『令嬢の修道院送り』では、終身誓願まではやらせないのが一般的なのだけれど。
家族がどれほど私を目障りに思っていたのかは、想像に難しくない。
「エルダお姉さまと、もう二度と会えないなんて! わたし、悲しくて泣いてしまいそう」
「我が儘を言ってはダメよ、キャロライン。エルダさんだって、つらいんだから。でももう、これ以上家に縛り付けてはいけないわ」
「お母様……分かったわ。ねえ、お姉さま、家のことは私とダミアン様に任せて、これからは修道院で穏やかな祈りの日々を過ごしてね?」
「お元気でね、エルダさん」
……と、異母妹と義母が茶番劇をやっているのを視界の端に流しながら、私は馬車に乗り込んだ。この馬車で、私はこれからミリュレー修道院へと向かう。
私は御者に「出発して頂戴」と命じると、自分で馬車の扉を閉めた。
からり、からりと動き出す馬車の中、私はひとりで溜息をつく。
異母妹と義母が私を見送りに来たのは、どうせ私の泣き顔でも眺めるつもりだったのだろう。……泣く訳ないでしょ、冗談じゃないわ。その一方で父は、すでに私を無価値と断じているためか、見送りにも来なかった。
「……どうでもいいわ。あんな人達」
あの人たちは私を追放したつもりなのだろうけれど、私はむしろ清々していた。
あんな家とお別れできるなら、修道院送りだって大歓迎だ。
*
オルドー子爵領から馬車でおよそ1週間。
たどりついたミリュレー修道院は、ブドウ畑に囲まれてなだらかな丘陵地にぽつんと建っていた。
この修道院は特定の貴族の庇護下にあるのではなく、自ら保有する広大な荘園からの収入で独立した運営を行っていると聞く。
修道院長室の扉を叩くと、中から老婆の声が返ってきた。
「入りな」
ひどく酒枯れした声だ。どうやら修道院長は、前情報通りの人らしい。
「お初にお目にかかります、マザー・グレンナ。オルドー子爵家から参りました、エルダと申します。日々の務めに励みますので、どうぞよろし――」
「冗談じゃないねぇ!! あたしゃ、あんたみたいな小娘は要らないよ」
あいさつの途中で、修道院長は鼻で笑ってそう吐き捨てていた。
「寄付金をたんまり弾むって言うから引き受けてやったのに、オルドー子爵家ときたら支払いの段階になって分割だなんだと渋ってきやがった。金にもならないお貴族様の令嬢なんざ、あたしゃ手元に置く気はないね! さっさと帰んな」
と、その老婆――修道院長マザー・グレンナは吠えていた。
(本当に噂通りだわ。クセが強いおばあさんねぇ)
そう。マザー・グレンナは凄まじく個性的な女性だった。
どこをどう見ても修道女という雰囲気ではなく、野盗の女首領のほうが絶対に似合う。痩せた体としわだらけの顔の中央にそびえる鉤鼻《かぎばな》は、絵本に出てくる魔女そのものの外見だ。
……でも私は、そんな彼女を見て「嫌いじゃないな」と思った。
外面ばかり良くて陰湿な義母や妹と比べれば、マザー・グレンナの豪快さはむしろ気持ちがいいくらいだ。
だから私は一歩進み出て、マザー・グレンナにほほえみかけた。
「マザー・グレンナ。私にチャンスをくださいませんか? きっとお役に立ってみせますわ」
マザーは、紫の目でぎろりと私を睨みつけている。
「はン。お前みたいな小娘が何の役に立つってんだい」
「料理、洗濯、掃除、裁縫、写本の作成、ご入用とあれば経理関係もお任せください。こう見えて私、実家では随分と鍛えられましたから」
「どうせすぐ泣いて逃げ出すさ」
「泣いて逃げるか笑って居着くか、どうか楽しみにしていてくださいな」
彼女はしばらく口をへの字にしていたが、やがて「口だけは達者なようだね」とニヤリと唇を吊り上げた。
「あたしゃ、グズと根性なしが大嫌いさ。弱音を上げたらすぐ追い出してやるから覚悟しな」
*
修道院長のマザー・グレンナは、わがままで守銭奴で大酒豪な人だった。
しかも気に入らない修道女をすぐに追い出してしまうから、ミリュレー修道院にはここ十年ほどマザー以外の修道女はいなかったらしい。たった一人で修道院や荘園内の諸々を切り盛りしてきたというのだから、マザー・グレンナは本当に凄まじいおばあさんだ。
「グズと根性なしは大嫌いさ!! 酒がまずくなるからねぇ!」
が院長の口癖だったから、追い出されずに暮らし続けた私はおそらく『役に立つ根性ありの女』と認定されたのだろう。院長にこき使われながらも、楽しい日々を送っていた。
そして、私の暮らしに喜びを与えてくれたのは、マザーだけではない。
修道院の敷地内には孤児院が併設されていて、そこで暮らす13人の孤児たちと共同生活を送っていた。
その13人の中の一人が、ラファエル様だった。
他の子たちはマザー・グレンナが拾って鍛え上げた子たちだけれど、ラファエル様だけは私が保護した子どもだった――。
*
ある日の夕暮れ時。
院長のおつかいで、私が他領の街に来ていたときのこと――。
「おい、ガキ! ぶつかっておいてなんだ? 謝りもしねえで逃げる気か」
という野太い罵声が路地裏のほうから聞こえてきて、私はびくりとしてしまった。
ただごとではないと思って警戒しながら路地裏に踏み込んでみる。二人のゴロツキが10歳くらいの男の子に絡んでいるのが見えた。
男の子は、ひどく痩せていた。衣服はボロボロ、全身が汚れにまみれている。
蒼白な顔で立ち尽くすその子を、ゴロツキたちが見下ろしていた。
「ご……ごめんなさい」
「あん? 聞こえねぇよガキが!!」
「謝って済むと思ってンのか、あぁ?」
ゴロツキが、その男の子を突き飛ばした。尻もちをついて怯えるその子を、ゴロツキたちは嗜虐的な顔をしながら蹴りつけていたぶり始めた。
(……大変だわ!)
私は、血相を変えてその場から駆け去った。
「このガキ、ここらじゃ見かけねえ顔だな。親に捨てられて、うろついてる口か?」
「こいつ、よく見りゃキレイな顔してやがる」
「本当だな、こういうガキは金持ちの変態野郎に高値で売れるぜ?」
「そりゃいい。さっさと連れていこうぜ」
「い、いやだ。はなして――」
「うるせぇ!」
ゴロツキたちが少年を引きずって行こうとした、ちょうどそのとき。
「おい貴様ら! そこで何をやっている!!」
鋭い叫びとともに、憲兵たちが駆け付けた。
私は騒ぎを見てすぐに、憲兵を呼びにいったのだ。私が現場に再び駆けつけたときにはすでに、警備兵たちがゴロツキ二人を連行しているところだった。
ポカンとした顔で立ち尽くしている少年を見て、私がホッと胸をなでおろした。しかし、次の瞬間――。
「大丈夫かい、坊や」
と憲兵に呼びかけられた少年が、びくりと身をすくませているのが見えた。
「坊やは、どこの子だい?」
「ぼ、ぼくは……」
少年はなかなか答えない。きっと、答えられないのだろう。おろおろして、今にも泣き出しそうな顔をしている。
(あの子、どう見ても訳アリね)
着ているシャツやズボンはひどく汚れていたけれど、元が上質なものだったのが見て取れる。上流階級の家出息子か……あるいは麗しい容姿を気に入られて、上流階級に違法な手段で囲われていた子という可能性もある。
(どちらにしても、放っておくわけにはいかないわ)
このままだと憲兵に連れて行かれて、身元を洗い出されることになる。
それをあの子が望んでいないのは、明らかだった。
だから私は、とっさに声を張り上げた。
「レイ!」
ふと思いついた名がレイだった。
ちょうど雲間から現れた夕日が光線となって路地裏に降り注いでいたから。そして彼のシャンパンのような色味を帯びた金髪が、夕日の中で光を放って見えたから。
「レイ……! ああ、無事でよかった!!」
面識もないその少年のもとに駆け寄って、私はまるで親しい家族にするように抱きしめてみせた。
少年は、蒼白な顔のまま呆然としている。
「兵士さま、レイを助けてくださって本当にありがとうございます!」
「あなたは……」
「私はシスター・エルダ。ミリュレー修道院の修道女です。レイはうちの修道院で保護している子で、今日は私と一緒におつかいに来ていたのですが、迷子になってしまって……」
ぎゅう、と少年を抱きしめながら、私は憲兵に頭を下げた。
「本当にありがとうございました! さぁ行きましょう、レイ。早く帰って、傷の手当てをしましょうね」
憲兵に引き留められることはなく、少年の手を引いてその場から立ち去ることができた。
「…………おねえさん」
「しぃ。このまま歩いて。だいじょうぶ、私はあなたの味方よ」
曲がり角を曲がってさらに先を進み、憲兵が完全に見えなくなってから私は立ち止まった。少年と目の高さを合わせ、握っていた華奢な手を包み込んで笑いかける。
「坊や、……何か事情があるのよね? 困っているなら、私が面倒を見るわ」
*
少年を修道院に連れて帰ると、マザー・グレンナが怒鳴りつけてきた。
「おいエルダ! 何だい、このひょろひょろのモヤシみたいな小僧は!? ヘンなもん拾ってくるんじゃないよ。あたしゃ根性のあるガキしか手元に置く気はないんだからね!」
少年はびくりとおびえていたけれど、私にとっては完全に予想通りの反応だった。
私がニコニコしながら黙っていると、院長は居心地悪そうな顔になってきた。
「……ちッ。…………グズだったらすぐ追い出すからね!?」
そう。なんだかんだで、この院長は子どもに優しいのだ。
ハッとした様子でいつもの極悪な表情に戻ると、マザー・グレンナは少年をぎろりと睨みつけた。
「おい小僧、追い出されたくなきゃがんばりな! エルダ、あんたが小僧をきっちり鍛えてやるんだよ!? 拾った者の責任さ!」
足音けたたましく、マザー・グレンナは部屋から出ていった。
「よかったわね、院長がオーケーしてくれて」
「お……オーケー……?」
「ええ。今の院長の言葉を翻訳すると『ようこそミリュレー修道院へ。これからがんばってね♪』という意味になるの」
クセが強い老婆だが悪人ではないので、私はマザー・グレンナが大好きだ。
「というわけで、今日からよろしくね。坊や!」
ぽかんとしている少年に、私はウインクをしてみせた。
オルドー子爵家の長女として生まれた私にはダミアンという名の婚約者がおり、将来的に私は子爵家当主となってダミアンとともに領地を治めていくはずだった。
……だけれど、運命というのは色々分からないもので。
結論を述べると、私は次期当主の地位も婚約者も失った。
腹違いの妹であるキャロラインに、奪い取られる形である。ダミアンは私と婚約していたくせに、キャロラインと恋仲になっていたらしい。
家族から厄介払いされた私は、なんだかんだと理由を付けられ片田舎の『ミリュレー修道院』へ送られる羽目になった。
……ありふれた大衆劇の筋書きみたいで安っぽいとは思うけれど、事実なのだから仕方ない。
二度と私が世俗に戻れないようにするため、家族はわざわざ私を王都の修道会本部まで連れて行き、『命ある限り神に仕える』という終身誓願の儀式までやらせた。……いわゆる『令嬢の修道院送り』では、終身誓願まではやらせないのが一般的なのだけれど。
家族がどれほど私を目障りに思っていたのかは、想像に難しくない。
「エルダお姉さまと、もう二度と会えないなんて! わたし、悲しくて泣いてしまいそう」
「我が儘を言ってはダメよ、キャロライン。エルダさんだって、つらいんだから。でももう、これ以上家に縛り付けてはいけないわ」
「お母様……分かったわ。ねえ、お姉さま、家のことは私とダミアン様に任せて、これからは修道院で穏やかな祈りの日々を過ごしてね?」
「お元気でね、エルダさん」
……と、異母妹と義母が茶番劇をやっているのを視界の端に流しながら、私は馬車に乗り込んだ。この馬車で、私はこれからミリュレー修道院へと向かう。
私は御者に「出発して頂戴」と命じると、自分で馬車の扉を閉めた。
からり、からりと動き出す馬車の中、私はひとりで溜息をつく。
異母妹と義母が私を見送りに来たのは、どうせ私の泣き顔でも眺めるつもりだったのだろう。……泣く訳ないでしょ、冗談じゃないわ。その一方で父は、すでに私を無価値と断じているためか、見送りにも来なかった。
「……どうでもいいわ。あんな人達」
あの人たちは私を追放したつもりなのだろうけれど、私はむしろ清々していた。
あんな家とお別れできるなら、修道院送りだって大歓迎だ。
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オルドー子爵領から馬車でおよそ1週間。
たどりついたミリュレー修道院は、ブドウ畑に囲まれてなだらかな丘陵地にぽつんと建っていた。
この修道院は特定の貴族の庇護下にあるのではなく、自ら保有する広大な荘園からの収入で独立した運営を行っていると聞く。
修道院長室の扉を叩くと、中から老婆の声が返ってきた。
「入りな」
ひどく酒枯れした声だ。どうやら修道院長は、前情報通りの人らしい。
「お初にお目にかかります、マザー・グレンナ。オルドー子爵家から参りました、エルダと申します。日々の務めに励みますので、どうぞよろし――」
「冗談じゃないねぇ!! あたしゃ、あんたみたいな小娘は要らないよ」
あいさつの途中で、修道院長は鼻で笑ってそう吐き捨てていた。
「寄付金をたんまり弾むって言うから引き受けてやったのに、オルドー子爵家ときたら支払いの段階になって分割だなんだと渋ってきやがった。金にもならないお貴族様の令嬢なんざ、あたしゃ手元に置く気はないね! さっさと帰んな」
と、その老婆――修道院長マザー・グレンナは吠えていた。
(本当に噂通りだわ。クセが強いおばあさんねぇ)
そう。マザー・グレンナは凄まじく個性的な女性だった。
どこをどう見ても修道女という雰囲気ではなく、野盗の女首領のほうが絶対に似合う。痩せた体としわだらけの顔の中央にそびえる鉤鼻《かぎばな》は、絵本に出てくる魔女そのものの外見だ。
……でも私は、そんな彼女を見て「嫌いじゃないな」と思った。
外面ばかり良くて陰湿な義母や妹と比べれば、マザー・グレンナの豪快さはむしろ気持ちがいいくらいだ。
だから私は一歩進み出て、マザー・グレンナにほほえみかけた。
「マザー・グレンナ。私にチャンスをくださいませんか? きっとお役に立ってみせますわ」
マザーは、紫の目でぎろりと私を睨みつけている。
「はン。お前みたいな小娘が何の役に立つってんだい」
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「どうせすぐ泣いて逃げ出すさ」
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「あたしゃ、グズと根性なしが大嫌いさ。弱音を上げたらすぐ追い出してやるから覚悟しな」
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修道院長のマザー・グレンナは、わがままで守銭奴で大酒豪な人だった。
しかも気に入らない修道女をすぐに追い出してしまうから、ミリュレー修道院にはここ十年ほどマザー以外の修道女はいなかったらしい。たった一人で修道院や荘園内の諸々を切り盛りしてきたというのだから、マザー・グレンナは本当に凄まじいおばあさんだ。
「グズと根性なしは大嫌いさ!! 酒がまずくなるからねぇ!」
が院長の口癖だったから、追い出されずに暮らし続けた私はおそらく『役に立つ根性ありの女』と認定されたのだろう。院長にこき使われながらも、楽しい日々を送っていた。
そして、私の暮らしに喜びを与えてくれたのは、マザーだけではない。
修道院の敷地内には孤児院が併設されていて、そこで暮らす13人の孤児たちと共同生活を送っていた。
その13人の中の一人が、ラファエル様だった。
他の子たちはマザー・グレンナが拾って鍛え上げた子たちだけれど、ラファエル様だけは私が保護した子どもだった――。
*
ある日の夕暮れ時。
院長のおつかいで、私が他領の街に来ていたときのこと――。
「おい、ガキ! ぶつかっておいてなんだ? 謝りもしねえで逃げる気か」
という野太い罵声が路地裏のほうから聞こえてきて、私はびくりとしてしまった。
ただごとではないと思って警戒しながら路地裏に踏み込んでみる。二人のゴロツキが10歳くらいの男の子に絡んでいるのが見えた。
男の子は、ひどく痩せていた。衣服はボロボロ、全身が汚れにまみれている。
蒼白な顔で立ち尽くすその子を、ゴロツキたちが見下ろしていた。
「ご……ごめんなさい」
「あん? 聞こえねぇよガキが!!」
「謝って済むと思ってンのか、あぁ?」
ゴロツキが、その男の子を突き飛ばした。尻もちをついて怯えるその子を、ゴロツキたちは嗜虐的な顔をしながら蹴りつけていたぶり始めた。
(……大変だわ!)
私は、血相を変えてその場から駆け去った。
「このガキ、ここらじゃ見かけねえ顔だな。親に捨てられて、うろついてる口か?」
「こいつ、よく見りゃキレイな顔してやがる」
「本当だな、こういうガキは金持ちの変態野郎に高値で売れるぜ?」
「そりゃいい。さっさと連れていこうぜ」
「い、いやだ。はなして――」
「うるせぇ!」
ゴロツキたちが少年を引きずって行こうとした、ちょうどそのとき。
「おい貴様ら! そこで何をやっている!!」
鋭い叫びとともに、憲兵たちが駆け付けた。
私は騒ぎを見てすぐに、憲兵を呼びにいったのだ。私が現場に再び駆けつけたときにはすでに、警備兵たちがゴロツキ二人を連行しているところだった。
ポカンとした顔で立ち尽くしている少年を見て、私がホッと胸をなでおろした。しかし、次の瞬間――。
「大丈夫かい、坊や」
と憲兵に呼びかけられた少年が、びくりと身をすくませているのが見えた。
「坊やは、どこの子だい?」
「ぼ、ぼくは……」
少年はなかなか答えない。きっと、答えられないのだろう。おろおろして、今にも泣き出しそうな顔をしている。
(あの子、どう見ても訳アリね)
着ているシャツやズボンはひどく汚れていたけれど、元が上質なものだったのが見て取れる。上流階級の家出息子か……あるいは麗しい容姿を気に入られて、上流階級に違法な手段で囲われていた子という可能性もある。
(どちらにしても、放っておくわけにはいかないわ)
このままだと憲兵に連れて行かれて、身元を洗い出されることになる。
それをあの子が望んでいないのは、明らかだった。
だから私は、とっさに声を張り上げた。
「レイ!」
ふと思いついた名がレイだった。
ちょうど雲間から現れた夕日が光線となって路地裏に降り注いでいたから。そして彼のシャンパンのような色味を帯びた金髪が、夕日の中で光を放って見えたから。
「レイ……! ああ、無事でよかった!!」
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「あなたは……」
「私はシスター・エルダ。ミリュレー修道院の修道女です。レイはうちの修道院で保護している子で、今日は私と一緒におつかいに来ていたのですが、迷子になってしまって……」
ぎゅう、と少年を抱きしめながら、私は憲兵に頭を下げた。
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憲兵に引き留められることはなく、少年の手を引いてその場から立ち去ることができた。
「…………おねえさん」
「しぃ。このまま歩いて。だいじょうぶ、私はあなたの味方よ」
曲がり角を曲がってさらに先を進み、憲兵が完全に見えなくなってから私は立ち止まった。少年と目の高さを合わせ、握っていた華奢な手を包み込んで笑いかける。
「坊や、……何か事情があるのよね? 困っているなら、私が面倒を見るわ」
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少年を修道院に連れて帰ると、マザー・グレンナが怒鳴りつけてきた。
「おいエルダ! 何だい、このひょろひょろのモヤシみたいな小僧は!? ヘンなもん拾ってくるんじゃないよ。あたしゃ根性のあるガキしか手元に置く気はないんだからね!」
少年はびくりとおびえていたけれど、私にとっては完全に予想通りの反応だった。
私がニコニコしながら黙っていると、院長は居心地悪そうな顔になってきた。
「……ちッ。…………グズだったらすぐ追い出すからね!?」
そう。なんだかんだで、この院長は子どもに優しいのだ。
ハッとした様子でいつもの極悪な表情に戻ると、マザー・グレンナは少年をぎろりと睨みつけた。
「おい小僧、追い出されたくなきゃがんばりな! エルダ、あんたが小僧をきっちり鍛えてやるんだよ!? 拾った者の責任さ!」
足音けたたましく、マザー・グレンナは部屋から出ていった。
「よかったわね、院長がオーケーしてくれて」
「お……オーケー……?」
「ええ。今の院長の言葉を翻訳すると『ようこそミリュレー修道院へ。これからがんばってね♪』という意味になるの」
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