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【挿話①】元婚約者ダミアンside
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【――5年前――】
「……畜生め。どうして俺の人生は、こんなことになっちまったんだ……?」
裏通りの石畳をふらつきながら、俺は吐き捨てるようにつぶやいた。擦り切れたボロボロの服と、泥が染みついた靴。かつての貴族の面影なんて、今の俺にはどこにも残っていない。
場末の酒場に入って、カウンターに腰を下ろす。安酒を注文して、その不味さに顔をしかめながら、俺はぶつぶつと独りごちた。
「俺だって、貴族だったんだ。それが今じゃこの様だ……」
惨めすぎて、泣けてくる。カウンターに突っ伏していると、隣に誰かが座る気配がした。顔を上げると、こんな安い酒場には場違いな品のある男が座っていた。年のころは十代後半――俺よりずっと年下だが、服装や仕草からかなり上位の貴族であるのは間違いない。しかも、驚くほどの美形。……癪に障る。
「ちっ、何だよ。ここはお貴族様が来る場所じゃねぇ。さっさと消えちまえ」
吐き捨てるように俺が言っても、男はまったく気にする様子を見せない。それどころか、こんなことまで言い出した。
「奢りますよ。一杯付き合っていただけませんか?」
……物好きな坊ちゃんだ。だが奢りならばと、俺はこの店で一番高い酒を注文してやった。
酒の肴に、俺は自分の過去を男に話すことにした。
「兄さん、あんたその顔なら女に困らないだろう。だが俺も昔は貴公子なんて呼ばれて、ちやほやされてたんだぜ。『タダでもいいから相手してほしい』って高級娼婦までいたんだ。そりゃあ、悪い気はしないさ。言い寄ってくる女がいたら、応えてやるのが男の甲斐性ってもんだ。あんたもそう思うだろ?」
男は静かにうなずいて、俺の話を聞いていた。
「ところがよ……娼館通いがバレた途端に妻がかんかんに怒りやがって、離縁するとか言い出したんだ。そりゃあ、少し火遊びが過ぎたかもしれないが」
「奥様とはどうなったのですか?」
「そのまま離婚さ。その途端、娼婦どもも一斉に逃げていきやがった……。それまでは『早く奥様と別れてあたしと暮らしましょ』なんて言ってたくせによぉ……!」
「それで?」
「俺は入り婿だったから実家に戻るつもりだったが……見事に切り捨てられたよ。社交界で、俺の噂が広まっていたらしい。で、頼る先もなく平民に身をやつしてこの様さ……」
俺のグラスが空になると、男は黙って次の酒を頼んでくれた。
「ありがとうよ兄さん。あんたは美男子で、そのくせ気前も良い、さぞや名のあるお貴族様なんだろうな。今後とも仲良くしてぇな……名前を教えてくれよ」
「私ですか? ――私の名は、」
酒が回って上機嫌だった俺は、男の名前を聞いた瞬間にぞくりと背筋を凍らせた。この男の名は聞いたことがある――娼婦から聞いた、俺を地獄に突き落とした黒幕の名前だ。
「…………てめぇ。てめぇが俺を嵌めやがったのか!?」
男は笑みの形に唇を吊り上げて、悪魔のように微笑している。
「何のことでしょう」
「しらばっくれるな! 娼婦が言っていたんだ、裏で糸を引いていたのは、お前だって!」
男は首をかしげて笑っている。美しすぎるその笑みが、ひどく冷たくて恐ろしい。
「てめぇ……いったい、俺に何の恨みがあって……!!」
怒りに任せて掴みかかろうとすると、男の背後にいた護衛騎士が俺を遮った。男は優雅に立ち上がり、銅貨をカウンターに置く。
「愉快な話を聞かせてくれてありがとうございました。――惨めな暮らしを、どうぞ生涯ご堪能下さい」
底冷えするような紫の瞳に射抜かれて、俺は恐怖に身をすくませた。男は護衛を伴って、酒場から去っていった――。
「……畜生め。どうして俺の人生は、こんなことになっちまったんだ……?」
裏通りの石畳をふらつきながら、俺は吐き捨てるようにつぶやいた。擦り切れたボロボロの服と、泥が染みついた靴。かつての貴族の面影なんて、今の俺にはどこにも残っていない。
場末の酒場に入って、カウンターに腰を下ろす。安酒を注文して、その不味さに顔をしかめながら、俺はぶつぶつと独りごちた。
「俺だって、貴族だったんだ。それが今じゃこの様だ……」
惨めすぎて、泣けてくる。カウンターに突っ伏していると、隣に誰かが座る気配がした。顔を上げると、こんな安い酒場には場違いな品のある男が座っていた。年のころは十代後半――俺よりずっと年下だが、服装や仕草からかなり上位の貴族であるのは間違いない。しかも、驚くほどの美形。……癪に障る。
「ちっ、何だよ。ここはお貴族様が来る場所じゃねぇ。さっさと消えちまえ」
吐き捨てるように俺が言っても、男はまったく気にする様子を見せない。それどころか、こんなことまで言い出した。
「奢りますよ。一杯付き合っていただけませんか?」
……物好きな坊ちゃんだ。だが奢りならばと、俺はこの店で一番高い酒を注文してやった。
酒の肴に、俺は自分の過去を男に話すことにした。
「兄さん、あんたその顔なら女に困らないだろう。だが俺も昔は貴公子なんて呼ばれて、ちやほやされてたんだぜ。『タダでもいいから相手してほしい』って高級娼婦までいたんだ。そりゃあ、悪い気はしないさ。言い寄ってくる女がいたら、応えてやるのが男の甲斐性ってもんだ。あんたもそう思うだろ?」
男は静かにうなずいて、俺の話を聞いていた。
「ところがよ……娼館通いがバレた途端に妻がかんかんに怒りやがって、離縁するとか言い出したんだ。そりゃあ、少し火遊びが過ぎたかもしれないが」
「奥様とはどうなったのですか?」
「そのまま離婚さ。その途端、娼婦どもも一斉に逃げていきやがった……。それまでは『早く奥様と別れてあたしと暮らしましょ』なんて言ってたくせによぉ……!」
「それで?」
「俺は入り婿だったから実家に戻るつもりだったが……見事に切り捨てられたよ。社交界で、俺の噂が広まっていたらしい。で、頼る先もなく平民に身をやつしてこの様さ……」
俺のグラスが空になると、男は黙って次の酒を頼んでくれた。
「ありがとうよ兄さん。あんたは美男子で、そのくせ気前も良い、さぞや名のあるお貴族様なんだろうな。今後とも仲良くしてぇな……名前を教えてくれよ」
「私ですか? ――私の名は、」
酒が回って上機嫌だった俺は、男の名前を聞いた瞬間にぞくりと背筋を凍らせた。この男の名は聞いたことがある――娼婦から聞いた、俺を地獄に突き落とした黒幕の名前だ。
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「何のことでしょう」
「しらばっくれるな! 娼婦が言っていたんだ、裏で糸を引いていたのは、お前だって!」
男は首をかしげて笑っている。美しすぎるその笑みが、ひどく冷たくて恐ろしい。
「てめぇ……いったい、俺に何の恨みがあって……!!」
怒りに任せて掴みかかろうとすると、男の背後にいた護衛騎士が俺を遮った。男は優雅に立ち上がり、銅貨をカウンターに置く。
「愉快な話を聞かせてくれてありがとうございました。――惨めな暮らしを、どうぞ生涯ご堪能下さい」
底冷えするような紫の瞳に射抜かれて、俺は恐怖に身をすくませた。男は護衛を伴って、酒場から去っていった――。
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