29歳のいばら姫~10年寝ていたら年下侯爵に甘く執着されて逃げられません

越智屋ノマ

文字の大きさ
14 / 35

【11】あなたと私の花園

しおりを挟む
再発発作から目覚めて以降、私の体調はとても安定していた。再発発作を起こすこともなく、数日後にはリハビリが再開された。心身ともに健やかで、順調に月日が過ぎていった――。

昏睡から目覚めて、今日で3か月。季節はめぐって、春になった。
陽気が良いので、最近は中庭でもリハビリを行わせてもらっている。リボンで束ねて一纏めにした髪が、春風になびいて気持ちいい。

芽吹き始めた木々を身近に感じながら、胸いっぱいに外気を吸い込むと、それだけで体が軽くなる。ぽかぽかした日差しの中、私はラファエル様に見守られながらゆっくりと歩行練習を続けていた。

「シスター・エルダ。少し、休憩を挟みましょう」
「分かりました」

私の手をラファエル様が優しく取って、長椅子へ導いてくれた。

「すっかり足の運びが安定してきましたね。とても綺麗ですよ」
彼は笑顔で言いながら、用意してあった果実水をカップに注いで、私に差し出してくれた。
「ありがとうございます、ラファエル様!」
最近では、少しなら杖なしでも自力で歩けるようになってきた。褒められたのと冷たい果実水の美味しさとで、私は大きな笑みを浮かべた。

「ドクター・ピーナも、あなたの回復ぶりにはいつも驚いていますよ。『この調子なら、あと二か月くらいで街を歩くこともできるはず』と言っていました」
「本当ですか!?」
思わず、声が弾んでいた。
目覚めてからずっと、私はこのアルシュバーン侯爵邸で暮らしてきた。敷地の外に思いを巡らせると、やはりワクワクしてくる。

「嬉しいです! 夢だったらどうしよう……!」
幸せを噛みしめながら、私はそうつぶやいていた。

「夢、ですか?」
ラファエル様が小さく首をかしげる。
「ええ。毎日充実しているから、たまに『本当は、全部夢だったりして……』って思ってしまうんですよ。出来過ぎた夢だな……って」
「大丈夫、これは夢なんかじゃありませんよ。夢よりもっとリアルで、素晴らしい場所にご案内します」
「?」

「少し散歩しましょう。実は、前からあなたに見せたかった場所があるんです」
ラファエル様はすっと立ち上がると、私を抱き上げて車椅子に乗せた。
……どこに行くんだろう?

ラファエル様が連れていってくれたのは、侯爵邸の奥庭だった。奥庭の一画は高い柵で囲われていて、門扉が施錠されている。開錠して扉を開くと、車椅子から再び私を抱き上げた。
「ここから先は段差があって、車椅子では危ないので」
そう言って、扉の中へと入っていく。

「わぁ……」
私は、思わず声を漏らしていた。
扉の先は、野草でいっぱいの花園だった。
空高く伸びるルピナスと、鐘型の花を風にそよがせる可憐なカンパニュラ。
足元にはタイムやカモミールなどの背の低いハーブが茂り、花々が織りなす景色は夢のように美しい。だが、夢よりずっと瑞々しかった。

「ここに咲いている花、私の大好きな花ばかりだわ……!!」
ラファエル様がまだ『レイ』だったころ、彼と一緒によく花を摘んだ。まだ花の名を知らない彼に、ひとつひとつの花の名前を教えてあげていた。

……ハッとして、私は彼の顔を見つめた。
紫の瞳が、優しく私を見つめ返してくれている。「気づきましたか?」と、穏やかな声でラファエル様は囁いた。

「シスター・エルダが目覚めてくれたら、その日が来たらと願い続けて、あなたの好きな花だけ集めた花園を作っておいたんです」
「――!」

……そんなことを、言わないで欲しかった。
だって、ドキドキしてしまうから。みっともなく顔が緩んでしまうから、

(……い、いえ。これは別にときめいているとか、そういうのじゃないから。ただ、嬉しいだけ。落ち着きなさい、エルダ……いい年して、みっともない)

私は努めて平静な声で、微笑しながらラファエル様に「ありがとうございます」とお礼を言った。


「シスター・エルダ。少しだけ、一緒に歩きませんか」
彼は、そっと私を地面に下ろした。
逞しい腕が差し出され、私は胸の高鳴りに戸惑いながらその腕に捕まった。一歩、また一歩とゆっくりながらも歩を進め、パーゴラにふたり並んで腰掛ける。

「いつかあなたが目覚めたら、ここで一緒に花を見るのが私の夢でした。季節が巡り、冬が訪れ花が枯れ、それでも次の春には再び芽吹く。今年こそはあなたと見たい、あなたと見たいと願って待ち望んでいました。……ようやく、叶った。これでようやく、私は前に進めます」

どこか決意のこもった声で、気持ちを絞り出すような声音を彼は紡いでいった。

「――エルダ、と」
「……え?」

「これからは『シスター』ではなく、ただ、エルダと呼んでもいいですか? 私はあなたを名前で呼びたい」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】嫌われ公女が継母になった結果

三矢さくら
恋愛
王国で権勢を誇る大公家の次女アデールは、母である女大公から嫌われて育った。いつか温かい家族を持つことを夢見るアデールに母が命じたのは、悪名高い辺地の子爵家への政略結婚。 わずかな希望を胸に、華やかな王都を後に北の辺境へと向かうアデールを待っていたのは、戦乱と過去の愛憎に囚われ、すれ違いを重ねる冷徹な夫と心を閉ざした継子だった。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

【完結】妹に存在を奪われた令嬢は知らない 〜彼女が刺繍に託した「たすけて」に、彼が気付いてくれていたことを〜

桜野なつみ
恋愛
存在を消された伯爵家の長女・ビオラ。声を失った彼女が、唯一想いを託せたのは針と糸だった。 白いビオラの刺繍に縫い込まれた「たすけて」の影文字。 それを見つけたのは、彼女の母の刺繍に人生を変えられた青年だった──。 言葉を失った少女と、針の声を聴く男が紡ぐ、静かな愛の物語。

【完結】私のことを愛さないと仰ったはずなのに 〜家族に虐げれ、妹のワガママで婚約破棄をされた令嬢は、新しい婚約者に溺愛される〜

ゆうき
恋愛
とある子爵家の長女であるエルミーユは、家長の父と使用人の母から生まれたことと、常人離れした記憶力を持っているせいで、幼い頃から家族に嫌われ、酷い暴言を言われたり、酷い扱いをされる生活を送っていた。 エルミーユには、十歳の時に決められた婚約者がおり、十八歳になったら家を出て嫁ぐことが決められていた。 地獄のような家を出るために、なにをされても気丈に振舞う生活を送り続け、無事に十八歳を迎える。 しかし、まだ婚約者がおらず、エルミーユだけ結婚するのが面白くないと思った、ワガママな異母妹の策略で騙されてしまった婚約者に、婚約破棄を突き付けられてしまう。 突然結婚の話が無くなり、落胆するエルミーユは、とあるパーティーで伯爵家の若き家長、ブラハルトと出会う。 社交界では彼の恐ろしい噂が流れており、彼は孤立してしまっていたが、少し話をしたエルミーユは、彼が噂のような恐ろしい人ではないと気づき、一緒にいてとても居心地が良いと感じる。 そんなブラハルトと、互いの結婚事情について話した後、互いに利益があるから、婚約しようと持ち出される。 喜んで婚約を受けるエルミーユに、ブラハルトは思わぬことを口にした。それは、エルミーユのことは愛さないというものだった。 それでも全然構わないと思い、ブラハルトとの生活が始まったが、愛さないという話だったのに、なぜか溺愛されてしまい……? ⭐︎全56話、最終話まで予約投稿済みです。小説家になろう様にも投稿しております。2/16女性HOTランキング1位ありがとうございます!⭐︎

婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~

ゆうき
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。 そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。 シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。 ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。 それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。 それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。 なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた―― ☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆ ☆全文字はだいたい14万文字になっています☆ ☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆

大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました

Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。 そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。 「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」 そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。 荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。 「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」 行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に ※他サイトにも投稿しています よろしくお願いします

愛を知らない「頭巾被り」の令嬢は最強の騎士、「氷の辺境伯」に溺愛される

守次 奏
恋愛
「わたしは、このお方に出会えて、初めてこの世に産まれることができた」  貴族の間では忌み子の象徴である赤銅色の髪を持って生まれてきた少女、リリアーヌは常に家族から、妹であるマリアンヌからすらも蔑まれ、その髪を隠すように頭巾を被って生きてきた。  そんなリリアーヌは十五歳を迎えた折に、辺境領を収める「氷の辺境伯」「血まみれ辺境伯」の二つ名で呼ばれる、スターク・フォン・ピースレイヤーの元に嫁がされてしまう。  厄介払いのような結婚だったが、それは幸せという言葉を知らない、「頭巾被り」のリリアーヌの運命を変える、そして世界の運命をも揺るがしていく出会いの始まりに過ぎなかった。  これは、一人の少女が生まれた意味を探すために駆け抜けた日々の記録であり、とある幸せな夫婦の物語である。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」様にも短編という形で掲載しています。

【本編完結】ただの平凡令嬢なので、姉に婚約者を取られました。

138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「誰にも出来ないような事は求めないから、せめて人並みになってくれ」  お父様にそう言われ、平凡になるためにたゆまぬ努力をしたつもりです。  賢者様が使ったとされる神級魔法を会得し、復活した魔王をかつての勇者様のように倒し、領民に慕われた名領主のように領地を治めました。  誰にも出来ないような事は、私には出来ません。私に出来るのは、誰かがやれる事を平凡に努めてきただけ。  そんな平凡な私だから、非凡な姉に婚約者を奪われてしまうのは、仕方がない事なのです。  諦めきれない私は、せめて平凡なりに仕返しをしてみようと思います。

処理中です...