29歳のいばら姫~10年寝ていたら年下侯爵に甘く執着されて逃げられません

越智屋ノマ

文字の大きさ
22 / 35

【19】29歳の誕生日①

しおりを挟む
ラファエル様がタウンハウスに戻られて以降も、侍女たちに私のリハビリを担当してもらうことになった。ラファエル様は、今でもよく様子を見に来てくれるし、温かい応援の言葉もかけてくれる――だが、私の希望を汲み取ってくれたのか、あまり近づいてくることはなくなった。

一抹の寂しさを感じる自分に戸惑いつつも、私は「これでいい」と思った。彼自身の幸せの為にも、私は距離を置くべきだ。そして私は毎日のリハビリに励んだ甲斐あって、今では自由にタウンハウスの敷地内を歩き回れるようになった。長時間の歩行もまったく苦ではなく、先日ついに医師から外出許可を貰えた。

そして今日は、待ちに待った外出の日だ! 外出の付き添いは、ミモザ達がしてくれるに違いないと私は思っていた。……だけれど。


「デ、デート……!?」
「はい。医師から外出許可が出たと聞きました。今日は私とデートをしましょう。王都をご案内します」
と、朝食後に部屋を訪ねてきたラファエル様が、いきなり誘ってきたのである。

「ええと、ラファエル様? それって、外出のリハビリを手伝ってくれるという意味ですか? 前にお伝えしたかと思いますが、今後のリハビリ補助は不要で……」
「リハビリではありません。特別な日のデートです」
軽やかに微笑しながら、そんなことを言ってくる。

私がたじろいでいると、
「いってらっしゃい、シスター・エルダ!」
「ドレスルームにご案内しますね」
「特別な日ですから、思い切りおめかししましょう」
ミモザ達侍女3人組まで、声を弾ませて言ってきた。

「お、おめかし……!? ただの外出なのに大げさよ。それに特別な日だなんて」
私が困惑しながらそう言うと、ラファエル様たちは怪訝そうな顔をした。

「……エルダ? もしかして、今日が何の日かお忘れですか」
「え?」
私が首をかしげると、ラファエル様は驚いた様子で教えてくれた。
「今日は5月20日です」
「5月20日? それって……」

それって…………私の誕生日だ。
私が目を見開くと、全員が大きな笑みを向けてきた。

「「「お誕生日おめでとうございます。エルダ様!」」」
「今日はあなたの29歳の誕生日です。お祝いをしましょう、そのためのデートです」
「29歳…………!!」
思わず、よろけた。
29歳という年齢の重みがずっしりのしかかってくる。

「あああ……誕生日なんて祝わないでいいですよ! むしろ意識したくなかったかも……」
「なぜですか? 歳を重ねるのは美しいことです。何歳になっても、あなたの美しさが損なわれることはありません」

ラファエル様ったら、またそういうことを言う……。

「あの、お祝いの言葉は嬉しいですけれど、お気持ちだけで十分です。私はもう、着飾ってデートをするような年齢でもないので」
私がそう言うと、なぜか皆は不満そうな顔になった。

「だって、29歳ですよ? 修道女ならともかく、世俗の同年代女性は家庭に入っているのがこの国では常識です。だからそんな、若い子でもあるまいし今さら私がめかし込んだって……」

ラファエル様が溜息をついてミモザ達に合図を送った。
「頼む」
「「「お任せくださいラファエル様!」」」
「え、ちょ、ちょっと待って……ひゃああ!?」

侍女3人組に半ば強引に手を引かれ、私はドレスルームに連れていかれた。私が唖然としている間にも、彼女たちは手際よくドレスに着替えさせていく――。
「はい、できました! どうですか、エルダ様?」
「……!」

思わず、息をのんでしまった。
(……すてき)
胸下高めの位置から柔らかく流れるようなシルエットが特徴的な、藤色のドレスを身に纏っていた。幾層にも重ねられた上質なシルクの生地が、淡い輝きを放っている。長い袖にふんだんにあしらわれたレースはとても繊細で、ドレスを彩る宝石は一輪の花にきらめく朝露のように清らかだ。

「見慣れないデザインのドレスね。でも、とてもすてき」
「エンパイアデザインって言うんですよ、エルダ様」
「最近、貴婦人方に大人気なんです!」
「へえ……」

どうやら私が眠っていた10年のうちに、ファッションのトレンドが変わっていたらしい。昔はコルセットで腰のくびれを強調するデザインが主流だったけれど、このドレスは不自然な締めつけがなくて、快適さとエレガントさを両立している。それに、仕立ての良さから一級品なのがよく分かる。実家で次期当主として暮らしていた頃でさえ、こんなに見事なドレスにそでを通したことはなかった。

「エルダ様、きれいです」
「修道服も似合ってましたけど、ドレス姿もすごく似合います!」
「……ありがとう」

すばらしいドレスに、年甲斐もなく胸が高鳴ってしまった。着るまでは「今さら私がオシャレしたって」と思っていたけれど、実際に着てみると若作りな感じもない。

「ラファエル様とのデート、楽しんできてくださいね。夜はお誕生日パーティもやりますから、楽しみにしていてください」
「え? いえ、あの……」
ドレスルームの外では、外出着に着替えたラファエル様が待っていた。彼は紫の目を見開いて、瞬きもせず私を見ている。もしかして似合ってなかったかしら……と私が不安になっていると、

「藤の花の女神が現れたのかと思いました」
彼はとろけるような笑みを浮かべて優雅に私の手を取った。「とても綺麗だ」と囁かれ、心臓がさらに大きく跳ねてしまう。だが、次の瞬間にハッとした。

(って、何を流されかけているのよ、私は。この人には、結婚式を間近に控えた婚約者がいるんじゃないの!)

だったら他の女性とデートをするなんて、そんな軽薄なことはダメだ。たとえデート相手が家族同然の私であっても。

(ここはかつての保護者として、ラファエル様をきちんと指導しなければ……!)

私はラファエル様の手を離してきっぱりと言った。
「ラファエル様。やっぱりデートはやめましょう。そういう軽薄なのはいけません」
「軽薄……どんなデートを想像しているのですか? 私はただ王都を案内するつもりですが」
「……そ、それでも軽薄です。だって私たちはデートするような間柄じゃないでしょ?」

ラファエル様は一瞬たじろいだ顔をしていたが、しばらく考え込んでから再び笑みを浮かべた。
「分かりました。でしたら、デートはあきらめます」
(ほっ……)
「その代わり、今日だけは『昔の間柄』に戻りたいのですが」
「どういう意味です?」
私が首をかしげていると、ラファエル様は楽しげな口調で言った。

「修道女エルダと、孤児のレイという間柄です。せっかくのお誕生日ですから、少しくらいは非日常的な過ごし方をしませんか? 10年ぶりにあの頃みたいに過ごしたら、良い気分転換になると思いますよ」
「……なるほど」

(まあ、それくらいなら問題ないのかも……。何もかも断ってばかりいたら、さすがに失礼だものね)

なりに、あなたの誕生日を思い切りお祝いしたいんです。今日だけでいいので、お願いします」
「……そういうことなら。わかりました」
「ありがとうございます、シスター!」

明るい声でそう言うと、ラファエル様は私の手をぎゅっと握った。いつもの紳士的な触れ方ではなく、ぎゅっと力のこもった子どもみたいな握り方だ。

「えっ。あの……ラファエル様?」
「今の僕は『レイ』ですから。あの頃は、こういうふうにあなたと手を握っていましたよね。あと、呼び方はラファエルではなく『レイ』でお願いします」
「……分かりました」
「それと、敬語もだめですよ」
「…………」

なんか上手いように転がされてるような気がする……!
私が唖然としていると、ラファエル様は手を握ったまま声を弾ませた。

「シスター! 今日はせっかくの誕生日ですから、僕と一緒に街に出かけましょう!」
「はい!? いや、だからデートはダメだって……」
「いやだな。これはデートじゃなくて、ただの外出ですよ。ほら、10年前にシスターは『いつかレイを王都の美味しいカフェに連れて行ってあげる』と言ってくれたじゃありませんか。あの約束、僕は一度も忘れたことはありません」

そんな約束してたっけ――!?

「「「いってらっしゃ~い」」」
「え? あの、ちょっ……」
ニコニコ顔の侍女3人組に見送られ、結局私は彼と一緒に玄関を出た。あわあわしているうちに、馬車停め場はすぐ目の前だ。

「お手をどうぞ、シスター」
「……」
彼にエスコートされるまま、私は馬車に乗ってしまった。侯爵家の紋章が付いていない小型の馬車だから、お忍びのときに使用する物なのだろう。

馬車はゆっくりと走り出した。ご機嫌な笑顔を浮かべるラファエル様が、私のすぐ横に座っている。

「あの。……結局、これってデートと同じじゃないですか!?」
「おや、敬語はダメだと言ったでしょう。もう忘れてしまったんですか?」
優雅に微笑しながら、そんな意地悪を言ってくる。今日のこの人は、ちょっと性格がひねくれている。これまではいつも優しくしてくれてたクセに。……もしかして、こっちが大人になった彼の本性だったりするのだろうか?

「……まったく。あなたって人は、すっかり悪知恵が働くようになっちゃって」
「そういうエルダは、今も昔も純粋で可愛らしいですね」
「ぶっ」
呼び捨てにされて、うっかり噴き出してしまった。
「ちょっと! 今日は昔の関係で過ごすって言ってたじゃないですか。だったら私のことも、『シスター』って呼んでくれないと……」
「でも、もうすぐ到着しますから。外出先で『シスター』と呼ぶのは変ですし、やむを得ず呼び捨てにさせていただきます」
「うぅ」

完全に彼のペースに乗せられている。

「ずるいですよ、ラファエル様」
「そうですか? 呼び方を調整するだけですし、僕は今日一日『孤児のレイ』の気持ちで過ごすのでズルいとは思いません。それよりあなたは、僕の名前と敬語を改めてくださいね」

くすくすと、ちょっと意地悪そうに彼は笑っていた。

(……フェアじゃないわよ、もう!)

からり、からりという馬車の轍の音を聞きながら、私は困惑を顔に出さないよう努めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】嫌われ公女が継母になった結果

三矢さくら
恋愛
王国で権勢を誇る大公家の次女アデールは、母である女大公から嫌われて育った。いつか温かい家族を持つことを夢見るアデールに母が命じたのは、悪名高い辺地の子爵家への政略結婚。 わずかな希望を胸に、華やかな王都を後に北の辺境へと向かうアデールを待っていたのは、戦乱と過去の愛憎に囚われ、すれ違いを重ねる冷徹な夫と心を閉ざした継子だった。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

【完結】妹に存在を奪われた令嬢は知らない 〜彼女が刺繍に託した「たすけて」に、彼が気付いてくれていたことを〜

桜野なつみ
恋愛
存在を消された伯爵家の長女・ビオラ。声を失った彼女が、唯一想いを託せたのは針と糸だった。 白いビオラの刺繍に縫い込まれた「たすけて」の影文字。 それを見つけたのは、彼女の母の刺繍に人生を変えられた青年だった──。 言葉を失った少女と、針の声を聴く男が紡ぐ、静かな愛の物語。

【完結】私のことを愛さないと仰ったはずなのに 〜家族に虐げれ、妹のワガママで婚約破棄をされた令嬢は、新しい婚約者に溺愛される〜

ゆうき
恋愛
とある子爵家の長女であるエルミーユは、家長の父と使用人の母から生まれたことと、常人離れした記憶力を持っているせいで、幼い頃から家族に嫌われ、酷い暴言を言われたり、酷い扱いをされる生活を送っていた。 エルミーユには、十歳の時に決められた婚約者がおり、十八歳になったら家を出て嫁ぐことが決められていた。 地獄のような家を出るために、なにをされても気丈に振舞う生活を送り続け、無事に十八歳を迎える。 しかし、まだ婚約者がおらず、エルミーユだけ結婚するのが面白くないと思った、ワガママな異母妹の策略で騙されてしまった婚約者に、婚約破棄を突き付けられてしまう。 突然結婚の話が無くなり、落胆するエルミーユは、とあるパーティーで伯爵家の若き家長、ブラハルトと出会う。 社交界では彼の恐ろしい噂が流れており、彼は孤立してしまっていたが、少し話をしたエルミーユは、彼が噂のような恐ろしい人ではないと気づき、一緒にいてとても居心地が良いと感じる。 そんなブラハルトと、互いの結婚事情について話した後、互いに利益があるから、婚約しようと持ち出される。 喜んで婚約を受けるエルミーユに、ブラハルトは思わぬことを口にした。それは、エルミーユのことは愛さないというものだった。 それでも全然構わないと思い、ブラハルトとの生活が始まったが、愛さないという話だったのに、なぜか溺愛されてしまい……? ⭐︎全56話、最終話まで予約投稿済みです。小説家になろう様にも投稿しております。2/16女性HOTランキング1位ありがとうございます!⭐︎

婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~

ゆうき
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。 そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。 シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。 ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。 それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。 それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。 なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた―― ☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆ ☆全文字はだいたい14万文字になっています☆ ☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆

大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました

Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。 そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。 「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」 そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。 荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。 「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」 行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に ※他サイトにも投稿しています よろしくお願いします

愛を知らない「頭巾被り」の令嬢は最強の騎士、「氷の辺境伯」に溺愛される

守次 奏
恋愛
「わたしは、このお方に出会えて、初めてこの世に産まれることができた」  貴族の間では忌み子の象徴である赤銅色の髪を持って生まれてきた少女、リリアーヌは常に家族から、妹であるマリアンヌからすらも蔑まれ、その髪を隠すように頭巾を被って生きてきた。  そんなリリアーヌは十五歳を迎えた折に、辺境領を収める「氷の辺境伯」「血まみれ辺境伯」の二つ名で呼ばれる、スターク・フォン・ピースレイヤーの元に嫁がされてしまう。  厄介払いのような結婚だったが、それは幸せという言葉を知らない、「頭巾被り」のリリアーヌの運命を変える、そして世界の運命をも揺るがしていく出会いの始まりに過ぎなかった。  これは、一人の少女が生まれた意味を探すために駆け抜けた日々の記録であり、とある幸せな夫婦の物語である。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」様にも短編という形で掲載しています。

【本編完結】ただの平凡令嬢なので、姉に婚約者を取られました。

138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「誰にも出来ないような事は求めないから、せめて人並みになってくれ」  お父様にそう言われ、平凡になるためにたゆまぬ努力をしたつもりです。  賢者様が使ったとされる神級魔法を会得し、復活した魔王をかつての勇者様のように倒し、領民に慕われた名領主のように領地を治めました。  誰にも出来ないような事は、私には出来ません。私に出来るのは、誰かがやれる事を平凡に努めてきただけ。  そんな平凡な私だから、非凡な姉に婚約者を奪われてしまうのは、仕方がない事なのです。  諦めきれない私は、せめて平凡なりに仕返しをしてみようと思います。

処理中です...