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【23】元婚約者との遭遇③
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レイは瞳に憎悪をたぎらせて、不快そうに顔を歪ませている。いつもの余裕のある笑みとは対照的な彼の姿に、私は言葉を失っていた。
「お、お前は……アルシュバーン侯爵!?」
ダミアンが、怯えた声でそう叫ぶ。レイとダミアンは、面識があるのだろうか?
「――臭い」
すん、と鼻をひくつかせて、レイは虫けらを見るような目でダミアンを見下ろしていた。
「ドブネズミ、お前のにおいは相変わらず不快だ。――消えろ」
ラファエル様はすばやく私の肩を抱き、バーネットを少し睨んだ。
「バーネット。君にはエルダの護衛役を任せていたはずだ」
「……すみません、ラファエル様」
「レイ。バーネットは何も悪くないの。私がわがままをいったのよ」
レイは、小さく溜息をついた。
「……ともかく、行きましょう」
その場をあとにしようとしたレイの背中に、ダミアンが声を投じてくる。
「おい、エルダ! お前まさかこいつの情婦になったのか!? この男だけはやめろ、こいつはとんでもない悪党だぞ!」
「エルダ。耳を貸す必要はありません」
「俺はこの男に嵌められたんだ! お前の両親もだ!!」
ラファエル様は、ダミアンを無視して歩き去ろうとしていた。
ダミアンはなおも言い募る。
「俺がキャロラインと離婚することになったのは、そいつの仕掛けた罠のせいだった……!」
「…………『罠』だって?」
無視を決め込んでいたラファエル様が、嘲笑しながら振り返った。
「ひどい言いがかりだな、ダミアン・クラーヴァル。妻がいる身でありながら、商売女と遊びふけっていたのは誰だ? お前はひどい女遊びを繰り返していたから離縁された。――ただそれだけのことだろう? 社交界でも有名な話だ」
「だ、だからその女たちは、お前が裏で雇っていて……」
「まったく何を言っているのやら。証拠でもあるのか?」
「うっ……」
「本当に愚かな男だ」
フッと冷たく鼻で笑うと、レイは吐き捨てるように言った。
「お前は愚かさ故に自滅した。自業自得だ。――さあ、行きましょうか、エルダ」
レイは再び前に向き直ると、私を促して大通りへと進んでいく。最後にレイはちらりと侮蔑の視線をダミアンに向けた。
「今以上に惨めな暮らしをしたくなければ、二度とエルダの前にその醜い姿を晒すな。……二度とだ」
ダミアンが震え上がっているのが、見えた。
***
ダミアンとの予期せぬ遭遇で、街歩きはおしまいになった。広場に留めていた馬車に乗った私達は、アルシュバーン邸へと戻る。
「……エルダ。私を軽蔑しましたか?」
帰りの馬車の中。レイは、呟くようにそう尋ねてきた。ダミアンに向けた高圧的な声とは真逆の、不安に揺れる声だった。
「え……?」
「エルダを危険な目に遭わせ、不快な思いもさせました。……すべて私の判断ミスが原因です」
申し訳ありませんでした――と言って深く頭を下げる姿は、子どもの頃の彼を思わせた。繊細で、ぽきりと折れてしまいそうなあの頃のレイを。
「せっかくのエルダの誕生日を、私が台無しにしてしまいました」
「そんなことないわ。……少し驚いたけれど。ねえ、レイ。聞いても良い?」
長いまつげを伏せ、深く悔いるような表情で彼はうなずいている。
「私の実家……オルドー子爵家が取り潰されたというのは、本当なの?」
彼は気まずそうに口をつぐんでいたけれど、やがて重たい口を開いた。
「はい。取り潰されたのは4年前です。……私は当時、オルドー子爵家の取り潰しの件に関わっていました」
「詳しく聞いて良い?」
言葉を選ぶような口振りで、レイは言葉を紡いでいった。
「オルドー子爵……あなたの父君が、私に投資の話を持ち掛けてきたんです。彼は新大陸で購入した鉱山の鑑定書を私に見せ、『資金さえ集まれば莫大な金が採掘できる』『利益は必ず還元できる』と誘いかけてきました。私だけでなく、多くの貴族に投資を募っていたようです」
さっきダミアンが、父が新大陸の鉱山事業で失敗したあと詐欺に手を出したという話をしていた。……そのときのことだろう。
「しかし私は、オルドー子爵の鉱山鑑定書を見て不自然な点に気付きました。鑑定書に偽造の可能性があるとして、王太子殿下に報告したのです。……当時から王太子殿下とは親しくしていただいていたので。そして王家が調査を行い、オルドー子爵家は詐欺が露見して取り潰しとなりました」
「そんなことがあったなんて……。だからダミアンは、あなたを逆恨みしていたのね」
レイの話によると、父は新大陸の商人から「絶対に儲かる」として勧められた鉱山採掘権を十分な下調べもせずに買い取ってしまったらしい。しかしその鉱山は実際はただのクズ山で、まったく収益が上がらなかったそうだ。借金に困った父は鉱山鑑定書を偽造して、投資詐欺に手を出した――。
レイが父の不正を見抜き、結果オルドー子爵家はお取りつぶし。それが事の顛末だったらしい。
レイはどこかおびえた瞳で、私を覗き込んできた。
「私のせいでエルダは実家を失うこととなりました。……こんな私を、恨みますか?」
「そんなわけないでしょ」
私はレイの手を取って、まっすぐに見つめ返した。
「レイ。あなたは何も悪いことなんてしていないわ。悪いのは父と義母だし、きっと天罰が下ったのよ。だからお願い、そんな顔をしないで」
「エルダ……」
レイはそれでも元気になってはくれなかった。本当につらそうで、見ている私まで胸が痛んでくる。
「しかし私は、エルダにはこのことを知られたくありませんでした。オルドー家は裁かれるべき者たちでしたが……それでもエルダには、できるだけ知られずにいたかった」
「どういうこと?」
「あなたは優しいから、彼らの断罪を知れば心のどこかで悲しむでしょう? あなたを悲しませたくはありません。これまでつらい人生を送ってきた分、幸せに生きてほしいんです」
レイはやっぱり優しい人だな……と、私は思った。
でも優しいだけじゃないんだと、ダミアンに接する彼を見て理解した。レイにはきっと毒がある。トリカブトやベラドンナのような、身に秘めた危うげな毒が。
(きっと、つらいことをたくさん経験してきたからなのよね……)
私が眠っていた10年の間に、レイもいろいろな経験をしたに違いない。孤児に身をやつして暮らしていた彼が侯爵になったのだから、すさまじい苦難があったはずだ。
「ありがとう、レイ。でも大丈夫、私はそんなに軟じゃないから」
彼の過去は気になるけれど、私は深く聞き出せるような立場ではない。でも、たとえ知る立場にはなくても、彼のつらい心情には寄り沿いたい。少しでも気持ちが軽くなってもらえるように。
「元気を出して! 私はレイの味方だから、レイが悲しそうなのは嫌なの。今日のお出かけも、本当に楽しかったわ」
レイに安心してもらいたくて、私はにっこり笑った。私の笑顔につられるおように、レイも切なげな笑みを浮かべていた。
「……エルダ。ありがとう」
馬車はやがて、タウンハウスへと到着した。
「お、お前は……アルシュバーン侯爵!?」
ダミアンが、怯えた声でそう叫ぶ。レイとダミアンは、面識があるのだろうか?
「――臭い」
すん、と鼻をひくつかせて、レイは虫けらを見るような目でダミアンを見下ろしていた。
「ドブネズミ、お前のにおいは相変わらず不快だ。――消えろ」
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「バーネット。君にはエルダの護衛役を任せていたはずだ」
「……すみません、ラファエル様」
「レイ。バーネットは何も悪くないの。私がわがままをいったのよ」
レイは、小さく溜息をついた。
「……ともかく、行きましょう」
その場をあとにしようとしたレイの背中に、ダミアンが声を投じてくる。
「おい、エルダ! お前まさかこいつの情婦になったのか!? この男だけはやめろ、こいつはとんでもない悪党だぞ!」
「エルダ。耳を貸す必要はありません」
「俺はこの男に嵌められたんだ! お前の両親もだ!!」
ラファエル様は、ダミアンを無視して歩き去ろうとしていた。
ダミアンはなおも言い募る。
「俺がキャロラインと離婚することになったのは、そいつの仕掛けた罠のせいだった……!」
「…………『罠』だって?」
無視を決め込んでいたラファエル様が、嘲笑しながら振り返った。
「ひどい言いがかりだな、ダミアン・クラーヴァル。妻がいる身でありながら、商売女と遊びふけっていたのは誰だ? お前はひどい女遊びを繰り返していたから離縁された。――ただそれだけのことだろう? 社交界でも有名な話だ」
「だ、だからその女たちは、お前が裏で雇っていて……」
「まったく何を言っているのやら。証拠でもあるのか?」
「うっ……」
「本当に愚かな男だ」
フッと冷たく鼻で笑うと、レイは吐き捨てるように言った。
「お前は愚かさ故に自滅した。自業自得だ。――さあ、行きましょうか、エルダ」
レイは再び前に向き直ると、私を促して大通りへと進んでいく。最後にレイはちらりと侮蔑の視線をダミアンに向けた。
「今以上に惨めな暮らしをしたくなければ、二度とエルダの前にその醜い姿を晒すな。……二度とだ」
ダミアンが震え上がっているのが、見えた。
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ダミアンとの予期せぬ遭遇で、街歩きはおしまいになった。広場に留めていた馬車に乗った私達は、アルシュバーン邸へと戻る。
「……エルダ。私を軽蔑しましたか?」
帰りの馬車の中。レイは、呟くようにそう尋ねてきた。ダミアンに向けた高圧的な声とは真逆の、不安に揺れる声だった。
「え……?」
「エルダを危険な目に遭わせ、不快な思いもさせました。……すべて私の判断ミスが原因です」
申し訳ありませんでした――と言って深く頭を下げる姿は、子どもの頃の彼を思わせた。繊細で、ぽきりと折れてしまいそうなあの頃のレイを。
「せっかくのエルダの誕生日を、私が台無しにしてしまいました」
「そんなことないわ。……少し驚いたけれど。ねえ、レイ。聞いても良い?」
長いまつげを伏せ、深く悔いるような表情で彼はうなずいている。
「私の実家……オルドー子爵家が取り潰されたというのは、本当なの?」
彼は気まずそうに口をつぐんでいたけれど、やがて重たい口を開いた。
「はい。取り潰されたのは4年前です。……私は当時、オルドー子爵家の取り潰しの件に関わっていました」
「詳しく聞いて良い?」
言葉を選ぶような口振りで、レイは言葉を紡いでいった。
「オルドー子爵……あなたの父君が、私に投資の話を持ち掛けてきたんです。彼は新大陸で購入した鉱山の鑑定書を私に見せ、『資金さえ集まれば莫大な金が採掘できる』『利益は必ず還元できる』と誘いかけてきました。私だけでなく、多くの貴族に投資を募っていたようです」
さっきダミアンが、父が新大陸の鉱山事業で失敗したあと詐欺に手を出したという話をしていた。……そのときのことだろう。
「しかし私は、オルドー子爵の鉱山鑑定書を見て不自然な点に気付きました。鑑定書に偽造の可能性があるとして、王太子殿下に報告したのです。……当時から王太子殿下とは親しくしていただいていたので。そして王家が調査を行い、オルドー子爵家は詐欺が露見して取り潰しとなりました」
「そんなことがあったなんて……。だからダミアンは、あなたを逆恨みしていたのね」
レイの話によると、父は新大陸の商人から「絶対に儲かる」として勧められた鉱山採掘権を十分な下調べもせずに買い取ってしまったらしい。しかしその鉱山は実際はただのクズ山で、まったく収益が上がらなかったそうだ。借金に困った父は鉱山鑑定書を偽造して、投資詐欺に手を出した――。
レイが父の不正を見抜き、結果オルドー子爵家はお取りつぶし。それが事の顛末だったらしい。
レイはどこかおびえた瞳で、私を覗き込んできた。
「私のせいでエルダは実家を失うこととなりました。……こんな私を、恨みますか?」
「そんなわけないでしょ」
私はレイの手を取って、まっすぐに見つめ返した。
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「エルダ……」
レイはそれでも元気になってはくれなかった。本当につらそうで、見ている私まで胸が痛んでくる。
「しかし私は、エルダにはこのことを知られたくありませんでした。オルドー家は裁かれるべき者たちでしたが……それでもエルダには、できるだけ知られずにいたかった」
「どういうこと?」
「あなたは優しいから、彼らの断罪を知れば心のどこかで悲しむでしょう? あなたを悲しませたくはありません。これまでつらい人生を送ってきた分、幸せに生きてほしいんです」
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「元気を出して! 私はレイの味方だから、レイが悲しそうなのは嫌なの。今日のお出かけも、本当に楽しかったわ」
レイに安心してもらいたくて、私はにっこり笑った。私の笑顔につられるおように、レイも切なげな笑みを浮かべていた。
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