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【22】元婚約者との遭遇②
「エルダ……? お前、やっぱりエルダじゃないか!?」
私に声をかけてきたのは、とても不潔な印象の男性だった。
不健康そうにたるんだ体と、まばらで乱れた頭髪。擦り切れた靴を履いていて、酔っぱらっているらしく足取りが危うい。その男性は充血した目で私を凝視し、指さしていた。
――ダミアン。
間違いない。この人はクラヴァール伯爵家の次男で、私の婚約者だったダミアンだ。すっかり変わり果てていたけれど、面影は残っている。
「おい。なんだ貴様は」
とバーネットが声を荒らげて、ダミアンの視線を遮るように私の前に立った。
「待って、バーネット。……私の知り合いなの」
私はバーネットをそっと押しのけ、ダミアンを見つめた。
彼との婚約が解消されたのは、13年も前のこと。私の父は、いばら病を発症した私から次期当主の座と婚約者を剥奪し、異母妹のキャロラインにそれらを与えた。だから今、ダミアンはオルドー子爵家の婿になっているはずだ。
……なのに、その恰好は?
「どこの貴婦人かと思ったら、まさかエルダだったとはな! 見違えるほど綺麗になって、まるで別人じゃないか」
まるで別人なのは、ダミアンのほうだ。
かつての彼は身だしなみや流行に敏感な、まさに『貴族令息』といった風貌の人だった。しかし、今の彼はどこをどう見ても貴族の身なりではない。
ダミアンが近寄ってきた。距離が縮まった途端、彼の体臭とお酒臭さが入り交じったような不快な臭いがツンと鼻を突いた。私は、顔をしかめて後ずさっていた。
「ダミアン。あなた、どうして……」
「まさかエルダが生きていたとはなあ……とっくに死んだと思ってたよ! ところで随分上等な身なりだな。修道女が着られる代物じゃないだろ? お前、今どうしているんだ?」
頭のてっぺんから爪先まで舐め尽くすようにじろじろと見られ、嫌悪感が込みあげてきた。
「あなたこそどうしたのよ。オルドー家に婿入りしたはずでしょ?」
「オルドー家? 今さら何を言ってるんだよ、4年も前に取り潰されたじゃないか」
――え?
「おいおい。まさかお前、知らなかったのか!?」
ダミアンはペラペラと話し始めた。
「お前の父親が新しい事業に手を出して、大失敗したんだよ。それで借金漬けになって、詐欺に手を出したのが運の尽きさ。詐欺が露呈してオルドー子爵家は取り潰されちまった。お前の親父とお袋さんには実刑判決が下って、死ぬまで懲役労働だとよ」
そんなのは、寝耳に水だ。私は全く知らなかった……。
とっさにバーネットを振り返ると、バーネットは気まずそうに視線をさまよわせていた。
「あーあ、まったく。お前の父親と来たら、新大陸の採掘ビジネスなんかに手を出すからそういうことになるんだよ。あの親父、ずる賢こそうに見えて案外バカだったらしい」
などと、ダミアンは悪態をついている。
「……それじゃ、キャロラインはどうしているのよ」
「借金の形に売られたよ」
「は……!?」
「まあ正確に言うと、借金返済先の貴族が、キャロラインを妾によこせと言ったらしい。相手の貴族はあちこちに女を囲ってるって有名なジジィだ。スキャンダルだらけだが、家柄と財力で揉み消して回ってるって噂だぜ。子爵夫妻は支度金欲しさに大喜びでキャロラインを手放したそうだ。……せっかく手に入れた支度金も、莫大な借金の前では焼け石に水だったらしいけどよ」
ちょっと待ってよ……。
「キャロラインはあなたの婚約者だったじゃないの!! なのに、どうして他人事みたいな態度を取るの!?」
「実際、すでに他人だったからな」
「……え?」
「俺はキャロラインとは離婚していたんだ」
なによそれ……。私は、呆然としてダミアンの言葉を聞いていた。
「キャロラインが売られたりオルドー家が取り潰されたりしたのは、俺が縁を切られたあとのことさ。離婚なんてとんだ災難だと思っていたが……あの家のゴタゴタに巻き込まれなかったのが不幸中の幸いかもな。まぁ、俺は実家に勘当されて、こんな暮らしになっちまった訳だが」
衝撃の事実を次々聞かされて、頭の中がパンクしそうだ。
10年――。
私が昏睡に陥っていた10年間のうちに、オルドー子爵家とダミアンはとてつもない不幸に見舞われていたらしい。
「俺やオルドー家の話なんて、別にどうでもいいじゃないか。それより、エルダのことを聞かせてくれよ。どんな男に取り入ったんだ?」
目を爛々と輝かせ、ダミアンはそんなことを言ってきた。
「な、なんのことよ……」
「その上等な身なりを見れば分かるさ。お前、相当な金持ちに可愛がられてるんだろう? 名のある貴族の夫人か妾にでも収まってところか? 昔のお前は気が強くて男に媚びるなんてできない女だと思っていたけど……意外だなぁ」
「無礼な! 貴様、いい加減にしろ!!」
バーネットが声を張り上げた。
「エルダ様、もう行きましょう。こんな男に関わってはいけません!」
バーネットは、私の肩を抱いて歩き去ろうとした。そんなバーネットに、ダミアンはねちっこい声で絡んでくる。
「女騎士さんよぉ、虫けらみたいな目で見ないでくれよ。こう見えて俺は、エルダの元婚約者なんだからさ」
お酒に酔っているせいか、ダミアンは怖いもの知らずの態度だ。
「なぁ、エルダ。俺を助けてくれよぉ。あちこちに借金があって、全然首が回らなくてさ。このままだと海の向こうに売られて奴隷にされちまうかもしれねぇんだ」
「なっ……」
捨てた元婚約者からお金をせびろうだなんて、この男の頭はどうなっているんだろう。私は思わず声を荒らげていた。
「ふざけないで!」
腹が立ってたまらなくなり、私はダミアンの前に進み出た。激しい怒りと侮蔑を込めて、鋭い目つきで睨めつける。
「何なのよ、あなたは! 私を捨てて妹に鞍替えしておきながら、よくそんな事が言えるわね!?」
「はぁ? 何を言っているんだよ。婚約が解消されたのは、お前が病気になったせいだろ? 家を継げない体になったお前が悪い。家同士の同意だったんだから、俺の責任じゃない」
「バカにしないで、私は知ってるのよ。私が病気になる前から、あなたはキャロラインのほうが気に入っていたんでしょ!? キャロラインが昔、得意げな顔で私にそう言ってきたんだから!」
「それは、まあ……」
おかしい。
この男はおかしい。
妹も父も義母も、みんなおかしい……!
「いい加減にしてよ、どこまで身勝手なの!? あなたも、オルドー家の人たちも全員おかしいわ。あなたたちが不幸に見舞われたのは、自分のことしか考えなかったからなんじゃない? きっと神様が罰を当ててくださったんだわ!」
「なんだと!?」
顔を怒りに歪ませて、ダミアンは手を振り上げた。酒に酔っているせいで、正常な判断ができないのだろう。バーネットが私の前にすかさず滑り込み、反撃の一手を繰り出そうとする。
しかし次の瞬間に、予想外の出来事が起こった――。
バシッ、という鈍い音と同時に、地面に倒れ込むダミアン。
その場に立ち尽くしていたのは、私と……バーネット。
ダミアンを殴りつけたのは、バーネットではなかったのだ。
「………………レイ」
駆けつけてきたレイが、勢いそのままにダミアンを殴り倒していた。
「いてぇな……誰だ畜生…………ぐぁっ」
地面に伏していたダミアンの背中を、ラファエル様が踏みつけた。
「どうやら貴様は、命が惜しくはないらしい」
レイの瞳に宿っていたのは、いつもの優しい色ではなくて。見たこともない冷酷な色だった。
「貴族社会から駆除されたドブネズミの分際で、私のエルダに近寄るな」
私に声をかけてきたのは、とても不潔な印象の男性だった。
不健康そうにたるんだ体と、まばらで乱れた頭髪。擦り切れた靴を履いていて、酔っぱらっているらしく足取りが危うい。その男性は充血した目で私を凝視し、指さしていた。
――ダミアン。
間違いない。この人はクラヴァール伯爵家の次男で、私の婚約者だったダミアンだ。すっかり変わり果てていたけれど、面影は残っている。
「おい。なんだ貴様は」
とバーネットが声を荒らげて、ダミアンの視線を遮るように私の前に立った。
「待って、バーネット。……私の知り合いなの」
私はバーネットをそっと押しのけ、ダミアンを見つめた。
彼との婚約が解消されたのは、13年も前のこと。私の父は、いばら病を発症した私から次期当主の座と婚約者を剥奪し、異母妹のキャロラインにそれらを与えた。だから今、ダミアンはオルドー子爵家の婿になっているはずだ。
……なのに、その恰好は?
「どこの貴婦人かと思ったら、まさかエルダだったとはな! 見違えるほど綺麗になって、まるで別人じゃないか」
まるで別人なのは、ダミアンのほうだ。
かつての彼は身だしなみや流行に敏感な、まさに『貴族令息』といった風貌の人だった。しかし、今の彼はどこをどう見ても貴族の身なりではない。
ダミアンが近寄ってきた。距離が縮まった途端、彼の体臭とお酒臭さが入り交じったような不快な臭いがツンと鼻を突いた。私は、顔をしかめて後ずさっていた。
「ダミアン。あなた、どうして……」
「まさかエルダが生きていたとはなあ……とっくに死んだと思ってたよ! ところで随分上等な身なりだな。修道女が着られる代物じゃないだろ? お前、今どうしているんだ?」
頭のてっぺんから爪先まで舐め尽くすようにじろじろと見られ、嫌悪感が込みあげてきた。
「あなたこそどうしたのよ。オルドー家に婿入りしたはずでしょ?」
「オルドー家? 今さら何を言ってるんだよ、4年も前に取り潰されたじゃないか」
――え?
「おいおい。まさかお前、知らなかったのか!?」
ダミアンはペラペラと話し始めた。
「お前の父親が新しい事業に手を出して、大失敗したんだよ。それで借金漬けになって、詐欺に手を出したのが運の尽きさ。詐欺が露呈してオルドー子爵家は取り潰されちまった。お前の親父とお袋さんには実刑判決が下って、死ぬまで懲役労働だとよ」
そんなのは、寝耳に水だ。私は全く知らなかった……。
とっさにバーネットを振り返ると、バーネットは気まずそうに視線をさまよわせていた。
「あーあ、まったく。お前の父親と来たら、新大陸の採掘ビジネスなんかに手を出すからそういうことになるんだよ。あの親父、ずる賢こそうに見えて案外バカだったらしい」
などと、ダミアンは悪態をついている。
「……それじゃ、キャロラインはどうしているのよ」
「借金の形に売られたよ」
「は……!?」
「まあ正確に言うと、借金返済先の貴族が、キャロラインを妾によこせと言ったらしい。相手の貴族はあちこちに女を囲ってるって有名なジジィだ。スキャンダルだらけだが、家柄と財力で揉み消して回ってるって噂だぜ。子爵夫妻は支度金欲しさに大喜びでキャロラインを手放したそうだ。……せっかく手に入れた支度金も、莫大な借金の前では焼け石に水だったらしいけどよ」
ちょっと待ってよ……。
「キャロラインはあなたの婚約者だったじゃないの!! なのに、どうして他人事みたいな態度を取るの!?」
「実際、すでに他人だったからな」
「……え?」
「俺はキャロラインとは離婚していたんだ」
なによそれ……。私は、呆然としてダミアンの言葉を聞いていた。
「キャロラインが売られたりオルドー家が取り潰されたりしたのは、俺が縁を切られたあとのことさ。離婚なんてとんだ災難だと思っていたが……あの家のゴタゴタに巻き込まれなかったのが不幸中の幸いかもな。まぁ、俺は実家に勘当されて、こんな暮らしになっちまった訳だが」
衝撃の事実を次々聞かされて、頭の中がパンクしそうだ。
10年――。
私が昏睡に陥っていた10年間のうちに、オルドー子爵家とダミアンはとてつもない不幸に見舞われていたらしい。
「俺やオルドー家の話なんて、別にどうでもいいじゃないか。それより、エルダのことを聞かせてくれよ。どんな男に取り入ったんだ?」
目を爛々と輝かせ、ダミアンはそんなことを言ってきた。
「な、なんのことよ……」
「その上等な身なりを見れば分かるさ。お前、相当な金持ちに可愛がられてるんだろう? 名のある貴族の夫人か妾にでも収まってところか? 昔のお前は気が強くて男に媚びるなんてできない女だと思っていたけど……意外だなぁ」
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バーネットが声を張り上げた。
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バーネットは、私の肩を抱いて歩き去ろうとした。そんなバーネットに、ダミアンはねちっこい声で絡んでくる。
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お酒に酔っているせいか、ダミアンは怖いもの知らずの態度だ。
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おかしい。
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その場に立ち尽くしていたのは、私と……バーネット。
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