【完結】私が愛されるのを見ていなさい

芹澤紗凪

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学園編

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第四章:偽りの舞台、王立学園

15歳になったディディアラは、王立学園への入学を許された。それは叔父の体面のためでしかなかったが、ディディアラにとっては、あの息の詰まる公爵家という檻から逃れる、ほんのわずかな希望だった。

学園には、ディディアラの婚約者であるアレクシス第2王子も在籍していた。見目麗しく、文武両道。多くの令嬢の憧れの的である彼は、ディディアラにとって遠い存在だった。

公の場では礼儀正しく接してくれるものの、その瞳が彼女自身を映すことは決してなかった。まるで、義務としてそこに立つ、美しい石像のようだった。

そして、もちろんララフィーナも、愛らしい新入生として学園の注目を一身に集めていた。

「まあ、ララフィーナ様!なんて素敵なの!」

「まさに公爵家の至宝ね!」

彼女は天性の役者だった。完璧な笑顔と謙虚な仕草で、あっという間に学園のアイドルとなり、その周りには常に人垣ができていた。

その舞台の上で、ララフィーナの策略はより巧妙に、そして残酷になっていく。

ディディアラの大事な教科書がインクで汚され、提出課題が目の前で破り捨てられる。そんな時、ララフィーナは決まって悲しそうな顔で現れた。

「お姉様、なんてこと…!誰がこんな酷いことを…」

そう言って彼女がディディアラを庇う素振りを見せると、周囲は「なんて心優しいのだろう」「それに比べて姉のディディアラは…」と囁き合う。

ララフィーナは、取り巻きの令嬢たちに涙ながらに訴えた。

「わたくし、お姉様に何もしていないのに…市井で育ったことを気にしているのか、家柄を妬んでいるのか、とても冷たくされるのです…」

「ディディアラお姉様は、本当はとても怖い方なの…でも、お父様には心配をかけたくなくて…」

完璧な令嬢であるララフィーナの言葉を、誰も疑わなかった。ディディアラはいつしか「心優しく完璧な妹をいじめる、嫉妬深い悪女」というレッテルを貼られていた。

廊下を歩けば嘲笑が聞こえ、教室では持ち物を隠される。アレクシス王子もまた、ララフィーナから吹き込まれた嘘を信じきっているのか、ディディアラを見る目は日に日に冷たくなっていった。

味方はどこにもいなかった。希望だったはずの学園は、公爵家よりも大きな、見えない壁に囲まれた牢獄と化した。


第五章:断罪と絶望

運命の日、それは国王主催の建国記念パーティーの夜だった。

きらびやかなシャンデリアの下、着飾った貴族たちが談笑する中、悲鳴に近いララフィーナの声が響き渡った。

「きゃっ…!」

人々が振り返った先、大階段の中ほどでララフィーナが倒れ込んでいた。ディディアラは、ララフィーナに向かって手を伸ばしており、誰もがララフィーナを、ように見えた。実際には、つまずいたララフィーナを咄嗟に支えようとしただけだった。しかし、ララフィーナはその状況を逃さなかった。

彼女はわっと泣き崩れ、駆け寄ってきたアレクシス王子にしがみついた。

「アレクシス様…!ディディアラお姉様が…わたくしを階段から…!」

その言葉に、会場は水を打ったように静まりかえる。注がれるのは、ディディアラへの非難と侮蔑の視線。

アレクシス王子は、氷のような瞳でディディアラを見据えた。

「ディディアラ・アークライト」

その声は、断罪の響きを持っていた。

「貴様の悪行はかねてより聞き及んでいたが、ここまでとはな!ララフィーナへの嫉妬に狂い、その命まで奪おうとするとは!もはや我慢ならん!」

王子はディディアラの目の前に立つと、高らかに宣言した。

「この場をもって、貴様との婚約を破棄する!未来の妃が、貴様のような嫉妬深く、心根の腐った女であっては、国の恥だ!」

「ちが…わたしは…」

か細い声は、周囲の嘲笑にかき消された。叔父は冷たい目で見ているだけ。誰も助けてはくれない。ディディアラは、何百もの視線の矢に射抜かれながら、ただ一人、世界の中心で立ち尽くしていた。


第六章:死の淵と覚醒

婚約破棄の後、ディディアラは人としての尊厳を完全に剥奪された。学園では公然といじめが行われ、ある時は実験室で薬品をかけられそうになり、またある時は乗っていた馬の馬具に細工をされた。命の危険を、肌で感じる日々。

心はもう、とっくに壊れていた。
ある雨の夜、ディディアラはふらふらと、学園で最も高い時計塔の頂上へと登っていた。

「もう、疲れた…」
冷たい雨が頬を伝う。それが涙なのか雨なのか、もうわからなかった。

「お母様…あなたのところへ、行ってもいいでしょう…?」

柵に足をかけ、身を乗り出した、その瞬間。

脳裏に、雷が落ちたような衝撃が走った。忘れていた記憶。死の淵にあった母が、最後に遺した言葉。

『ディディアラ…貴方の血には…特別な力が宿っているの…姿を…愛する者と…分かち合う力が…』

それは、幼い頃に子守唄のように聞かされた、一族の秘密。

――血縁者の姿と、自分の姿を入れ替える力。

今まで非現実的なおとぎ話だと、心の奥底に封印していた能力。死を覚悟した今、その力が、絶望の暗闇を裂く一筋の光のように、鮮明に蘇った。

ディディアラは震える足で塔から下り、自室の鏡の前に立った。

心臓が激しく鼓動する。

(できるはずがない…でも…もし…)
彼女は瞳を閉じ、脳裏に一人の人間の姿を、その顔を、声を、憎しみを込めて、鮮明に思い描いた。

――心優しくて完璧な令嬢、ララフィーナ・アークライト。

ゆっくりと目を開ける。
鏡に映っていたのは、もはや自分ではなかった。

絹のような金色の髪。空の色を映した青い瞳。泣き濡れたように潤んだその顔は、まさしくララフィーナそのものだった。

「あ…ああ…」

ディディアラの口から、乾いた声が漏れる。そして次の瞬間、それは狂気じみた笑い声に変わった。

「あはは…あはははははは!」

涙が止めどなく溢れる。だが、その表情は歓喜に満ちていた。

絶望の淵から、復讐の女神が産声を上げた瞬間だった。

鏡の中のララフィーナ(ディディアラ)は、自分の頬にそっと触れ、囁いた。

「そうよ、ララフィーナ。あなたが望んだ『悪女ディディアラ』に、これからはあなたがなるの」

「そして私は、心優しく完璧な『あなた』として生きてあげる」

その青い瞳の奥で、地獄の業火よりも深く、昏い復讐の炎が燃え上がっていた。
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