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復讐編
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第七章:入れ替わりの朝
夜が明け、小鳥のさえずりが窓辺を叩く。
ディディアラは、ふかふかの天蓋付きベッドの上で目を覚ました。昨日までの、硬く冷たい屋根裏部屋の寝台ではない。絹のシーツが肌に心地よい。
鏡台の前に座ると、そこには見慣れた「自分」の顔――ではなく、憎き「ララフィーナ」の顔があった。
「おはよう、ララフィーナ」
鏡の中の自分に、ディディアラは静かに微笑みかける。いや、今日からこの顔が「自分」なのだ。
ディディアラは、ララフィーナがいつも着ているような、フリルとレースをふんだんにあしらった豪奢なドレスに身を包んだ。
最初はぎこちなかった動きも、鏡の前で数度繰り返すうちに、体に馴染んでいく。完璧な令嬢、ララフィーナ・アークライトの完成だ。
部屋を出ると、メイドたちが深々と頭を下げた。
「ララフィーナお嬢様、おはようございます」
「おはよう」
ディディアラは、ララフィーナがいつもするように、天使のような笑みで応えた。メイドたちはうっとりとした表情を浮かべる。誰も、目の前の令嬢が偽物だとは気づかない。
食堂へ向かうと、すでに叔父と、そして「ディディアラ」の姿になったララフィーナが席についていた。
「おはようございます、お父様。ディディアラお姉様」
ディディアラが優雅に挨拶をすると、叔父は満足げに頷いた。
「うむ。おはよう、ララフィーナ。今日の宝飾品もよく似合っているぞ」
その隣で、「ディディアラ」――本物のララフィーナは、フォークを握りしめて震えていた。
フォークに映るその顔は、側から見れば紛れもなくディディアラのやつれた顔。
しかし、ララフィーナ本人には、自分の顔がそこに映っているように見えていた。
「お父様…!わたくしです!ララフィーナですわ!」
ララフィーナが金切り声を上げた。
しかし、その声はディディアラの少ししゃがれた声として響く。
叔父は忌々しげに眉をひそめた。
「何を朝から騒いでいる、ディディアラ。気でも狂ったか。自分の立場をわきまえろ」
「ちがう!わたくしはララフィーナよ!そこにいるのが偽物なの!」
彼女は必死に訴え、ディディアラ(ララフィーナの姿)を指さす。
ディディアラは、心底悲しそうな表情を浮かべてみせた。
「お姉様…どうなさったの?昨日のパーティーのことで、ショックを受けていらっしゃるのね…。かわいそうに…」
潤んだ瞳で叔父を見つめる。
「見てみろ、ディディアラ。ララフィーナはこれほどお前のことを心配しているというのに。少しは見習ったらどうだ」
父の冷たい言葉が、ララフィーナの心を抉る。
なぜ?どうして?
自分の顔は、いつもの美しいララフィーナのはず。声だって、いつもの可愛らしい声のはず。なのに、なぜみんな、自分をあの汚らわしいディディアラとして扱うの?
ララフィーナは混乱の極みにいた。誰も自分の言うことを信じてくれない。周りの人間が、全員狂ってしまったとしか思えなかった。
第八章:逆転の舞台
学園へ向かう馬車の中、ララフィーナはずっと「わたくしはララフィーナだ」と泣き叫んでいた。ディディアラはただ、それを痛ましげに見つめる「妹」を演じ続ける。
学園に到着すると、昨日までの光景が嘘のように逆転した。
「ディディアラ様!なんて酷いことを!」
「ララフィーナ様をいじめるなんて、許せないわ!」
取り巻きの令嬢たちが、ララフィーナ(ディディアラの姿)を取り囲み、罵声を浴びせる。
「やめて!わたくしはララフィーナよ!」
彼女の悲鳴は、誰にも届かない。それは「悪女の言い訳」としか認識されなかった。
そこへ、ディディアラ(ララフィーナの姿)が割って入る。
「皆様、おやめになって。お姉様は、きっと疲れているだけですの。わたくしは大丈夫ですから」
その健気な姿に、取り巻きたちはさらに感動し、ララフィーナへの憎しみを募らせる。
「ララフィーナ様はなんてお優しい…」
「それに引き換え、あの女は…!」
今まで自分が浴びてきた賞賛。それが今、目の前の憎い女に注がれている。そして、自分が向けてきた侮蔑の視線が、今、自分に突き刺さっている。
ララフィーナは、自分が作り上げた地獄の業火に、自ら焼かれている気分だった。
そして、とどめを刺すように、アレクシス王子が現れた。
彼はララフィーナ(ディディアラの姿)には目もくれず、ディディアラ(ララフィーナの姿)の元へ歩み寄った。
「ララフィーナ、昨日はすまなかった。君に怖い思いをさせた」
その声は、昨日までの冷たさが嘘のように、甘く優しい。
「いいえ、アレクシス様。お姉様も悪気があったわけでは…」
ディディアラがしおらしく答えると、王子は彼女の手を優しく取った。
「君は優しすぎる。だが、安心しろ。これからは俺が君を守る」
「アレクシス様!わたくしです!あなたのララフィーナはわたくしですわ!」
ララフィーナが必死に叫ぶ。
しかし、王子は眉ひとつ動かさず、冷たく言い放った。
「黙れ、ディディアラ。そんな見苦しい嘘をつくなんて。君の顔など見たくもない」
絶望。
信じていた婚約者。自分の言いなりだった取り巻き。すべてが、自分を「ディディアラ」として扱い、憎しみを向けてくる。世界が反転してしまった。
ララフィーナは、その場にへなへなと座り込んだ。
彼女にはもう、何が真実で、何が嘘なのか、わからなくなっていた。ただ、自分がディディアラではないと叫んでも、誰も信じてはくれないという事実だけが、冷たく心を支配していた。
一方、ディディアラはアレクシス王子の隣で、聖女のような微笑みを浮かべていた。
心の中で、冷たく呟く。
(さあ、ララフィーナ。これからが本番よ。あなたが私から奪ったもの、そのすべてを、今度は私があなたから奪い返してあげる。あなたが味わったことのない、本当の絶望を、その身に刻みつけてあげるわ)
復讐の劇は、まだ始まったばかり。
これからディディアラは、ララフィーナとして生きることで、彼女が築き上げてきたすべてを、内側から静かに、そして完璧に喰らい尽くしていくのだ。
夜が明け、小鳥のさえずりが窓辺を叩く。
ディディアラは、ふかふかの天蓋付きベッドの上で目を覚ました。昨日までの、硬く冷たい屋根裏部屋の寝台ではない。絹のシーツが肌に心地よい。
鏡台の前に座ると、そこには見慣れた「自分」の顔――ではなく、憎き「ララフィーナ」の顔があった。
「おはよう、ララフィーナ」
鏡の中の自分に、ディディアラは静かに微笑みかける。いや、今日からこの顔が「自分」なのだ。
ディディアラは、ララフィーナがいつも着ているような、フリルとレースをふんだんにあしらった豪奢なドレスに身を包んだ。
最初はぎこちなかった動きも、鏡の前で数度繰り返すうちに、体に馴染んでいく。完璧な令嬢、ララフィーナ・アークライトの完成だ。
部屋を出ると、メイドたちが深々と頭を下げた。
「ララフィーナお嬢様、おはようございます」
「おはよう」
ディディアラは、ララフィーナがいつもするように、天使のような笑みで応えた。メイドたちはうっとりとした表情を浮かべる。誰も、目の前の令嬢が偽物だとは気づかない。
食堂へ向かうと、すでに叔父と、そして「ディディアラ」の姿になったララフィーナが席についていた。
「おはようございます、お父様。ディディアラお姉様」
ディディアラが優雅に挨拶をすると、叔父は満足げに頷いた。
「うむ。おはよう、ララフィーナ。今日の宝飾品もよく似合っているぞ」
その隣で、「ディディアラ」――本物のララフィーナは、フォークを握りしめて震えていた。
フォークに映るその顔は、側から見れば紛れもなくディディアラのやつれた顔。
しかし、ララフィーナ本人には、自分の顔がそこに映っているように見えていた。
「お父様…!わたくしです!ララフィーナですわ!」
ララフィーナが金切り声を上げた。
しかし、その声はディディアラの少ししゃがれた声として響く。
叔父は忌々しげに眉をひそめた。
「何を朝から騒いでいる、ディディアラ。気でも狂ったか。自分の立場をわきまえろ」
「ちがう!わたくしはララフィーナよ!そこにいるのが偽物なの!」
彼女は必死に訴え、ディディアラ(ララフィーナの姿)を指さす。
ディディアラは、心底悲しそうな表情を浮かべてみせた。
「お姉様…どうなさったの?昨日のパーティーのことで、ショックを受けていらっしゃるのね…。かわいそうに…」
潤んだ瞳で叔父を見つめる。
「見てみろ、ディディアラ。ララフィーナはこれほどお前のことを心配しているというのに。少しは見習ったらどうだ」
父の冷たい言葉が、ララフィーナの心を抉る。
なぜ?どうして?
自分の顔は、いつもの美しいララフィーナのはず。声だって、いつもの可愛らしい声のはず。なのに、なぜみんな、自分をあの汚らわしいディディアラとして扱うの?
ララフィーナは混乱の極みにいた。誰も自分の言うことを信じてくれない。周りの人間が、全員狂ってしまったとしか思えなかった。
第八章:逆転の舞台
学園へ向かう馬車の中、ララフィーナはずっと「わたくしはララフィーナだ」と泣き叫んでいた。ディディアラはただ、それを痛ましげに見つめる「妹」を演じ続ける。
学園に到着すると、昨日までの光景が嘘のように逆転した。
「ディディアラ様!なんて酷いことを!」
「ララフィーナ様をいじめるなんて、許せないわ!」
取り巻きの令嬢たちが、ララフィーナ(ディディアラの姿)を取り囲み、罵声を浴びせる。
「やめて!わたくしはララフィーナよ!」
彼女の悲鳴は、誰にも届かない。それは「悪女の言い訳」としか認識されなかった。
そこへ、ディディアラ(ララフィーナの姿)が割って入る。
「皆様、おやめになって。お姉様は、きっと疲れているだけですの。わたくしは大丈夫ですから」
その健気な姿に、取り巻きたちはさらに感動し、ララフィーナへの憎しみを募らせる。
「ララフィーナ様はなんてお優しい…」
「それに引き換え、あの女は…!」
今まで自分が浴びてきた賞賛。それが今、目の前の憎い女に注がれている。そして、自分が向けてきた侮蔑の視線が、今、自分に突き刺さっている。
ララフィーナは、自分が作り上げた地獄の業火に、自ら焼かれている気分だった。
そして、とどめを刺すように、アレクシス王子が現れた。
彼はララフィーナ(ディディアラの姿)には目もくれず、ディディアラ(ララフィーナの姿)の元へ歩み寄った。
「ララフィーナ、昨日はすまなかった。君に怖い思いをさせた」
その声は、昨日までの冷たさが嘘のように、甘く優しい。
「いいえ、アレクシス様。お姉様も悪気があったわけでは…」
ディディアラがしおらしく答えると、王子は彼女の手を優しく取った。
「君は優しすぎる。だが、安心しろ。これからは俺が君を守る」
「アレクシス様!わたくしです!あなたのララフィーナはわたくしですわ!」
ララフィーナが必死に叫ぶ。
しかし、王子は眉ひとつ動かさず、冷たく言い放った。
「黙れ、ディディアラ。そんな見苦しい嘘をつくなんて。君の顔など見たくもない」
絶望。
信じていた婚約者。自分の言いなりだった取り巻き。すべてが、自分を「ディディアラ」として扱い、憎しみを向けてくる。世界が反転してしまった。
ララフィーナは、その場にへなへなと座り込んだ。
彼女にはもう、何が真実で、何が嘘なのか、わからなくなっていた。ただ、自分がディディアラではないと叫んでも、誰も信じてはくれないという事実だけが、冷たく心を支配していた。
一方、ディディアラはアレクシス王子の隣で、聖女のような微笑みを浮かべていた。
心の中で、冷たく呟く。
(さあ、ララフィーナ。これからが本番よ。あなたが私から奪ったもの、そのすべてを、今度は私があなたから奪い返してあげる。あなたが味わったことのない、本当の絶望を、その身に刻みつけてあげるわ)
復讐の劇は、まだ始まったばかり。
これからディディアラは、ララフィーナとして生きることで、彼女が築き上げてきたすべてを、内側から静かに、そして完璧に喰らい尽くしていくのだ。
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