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竜の御子達
夜の道行き
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日が落ちた途端に、体をまっすぐに保てない程の強風が吹き始めた。
あの西の街の嵐と比べれば、まだ立って歩けるだけマシだが、家に篭る事をせずに歩き続けるにはやはり厳しい。
しかも足元が暗くて見えず、馬車に下げられているカンテラは強風に煽られてチラチラと瞬いていかにも頼りなげだった。
ライカは目を開けているべきか閉じて別視覚に切り替えるかしばし迷う。
なにしろ目を使わない視覚はある程度の集中が必要で、この強風の中では、広い範囲を視れるかどうか怪しかった。
自分の周囲だけ視れば全体の動きを見失い、ロープで繋がっている仲間に迷惑を掛けるかもしれない。
『どうせ光源に頼った視野でもこう暗くっちゃ全体なんか視えないさ、足元だけに集中していればいいだろ?』
『そうだね』
音声言語では風に掻き消されてしまうので、心声で会話をする二人だが、普段考えずにやっているこの会話も、この場ではそれなりに意識することが必要だった。
人間でしかないライカは、つい足元を疎かにしては段差や尖りに足を取られる。
「つっ」
足に、ピリッと駆け抜ける小さな痛みがあった。
『ライカ?』
『気にしないで、『痛み』は必要なものだから悪いものじゃないんだ』
痛みを知らない竜にとって、人間であるライカの痛みは一種の恐怖であるらしいことをライカは小さい頃から学んでいる。
普段から、彼が小さな傷を一つ負っただけで、竜の家族達に生じる凍るような恐怖を感じていたのだ。
そのせいで、昔はライカ自身も自らの感じる『痛み』を、なんとなく良くないことと思い、恐れるようになっていたのである。
だが、人の世界に帰って来て、治療所に通っている時に療法士の先生に教わったのだ、「痛みが無いとどこが悪いかわからないだろう? 痛みは大事な体からのお知らせなんだよ」と。
肉体とエールが分かちがたく結び付いている新しい世代である彼等地上種族は、自らの大切な体を守る為、傷を癒すように促す目的で痛みを持ったのだとライカは知った。
しかし、欠損に対する治癒の不完全さは、喪失には再生をもって埋める彼等天上種族にはなかなか納得出来ないものではあるらしい。
『大丈夫』
だからサッズの恐怖を鎮めるためにライカに出来るのは、痛みを心から肯定してみせることだけだ。
竜にとっての恐怖は、容易く狂気に変わる。
元々感情によって本質が左右されやすいからこそ、竜は成長と共にその感情を自ら封じて来たののである。
たとえ何があろうが、自分が彼等の狂気の元となる訳にはいかない。
それだけは、ライカの譲れない想いだったから。
それが功を奏したのか、サッズから押し寄せる不安の波は以前程には凍えてはいない。
本来個々による即断即決が当然の竜族だが、サッズはいつも己の主張を抑えてライカの言葉を受け入れようとしていた。
それが例え彼自身に納得の出来ないことでも、断固たる否定はしない。
それはライカが彼等の輪の指針であるからというだけではなく、自分こそがその庇護者であろうとしているからなのかもしれなかった。
(息が……)
風が方向を定めずに吹き荒れているせいで、どっちを向いても強い力が正面からぶつかって来る。
それは吸い込むための大気すら一つの塊にしてぶつけて来て、なかなか体内に入って来なくしてしまっていた。
サッズが言うところの風が荒れているというのはこれだろう。
(空を飛んでる時と一緒だ)
サッズに乗って飛んでいる時にあえて周囲を覆う守りを外して貰うと、こんなふうに大気が堅い塊となってぶつかって来た。
それはライカにとって、苦しいながら楽しいひとときでもあった。
激しい純粋な力に立ち向かうのは、一種の高揚を生む。
それならこの状態も同じだ。そうか楽しめば良いのだと、ライカは唐突に気付いた。
足の痛みにも、この息苦しさにもあえて立ち向かい、乗り越えることを、自らの挑戦としてしまえばいいのだ。
たったそれだけ意識を切り替えるだけで、それはたちまちライカの血を熱く掻き立て、酩酊感に誘う。
困難だからこそそれを克服することを望むのは、本来は竜の性質だ。
だから、自分がそういう性質を持つことはライカの誇りだったし、彼等との繋がりを思うと、それだけでまた心が弾むのである。
しかし、肉体の興奮状態を高めて凌いでいても、痛みを感じない訳ではなかった。
それを克服するのを楽しんむことは出来ても、傷つかなくなることは無いのだから。
── ◇ ◇ ◇ ──
ロープを伝って停止の合図が来ると、その先にある仲間達の肉体が弛緩してうずくまったのを感じる。
ライカ自身もべったりとその場に座り込んだ。
「あ~」
直線上に並んだ馬車のそれぞれの周りを囲むように座り込むと、馬車が僅かな壁となって気持ちだけ風が弱まったように感じる。
その中で皆、各々僅かな水を口に入れ、塩に漬けた何かの実を齧りながら、足の布を替えた。
予想しないではなかったが、ライカの、布を剥がした足の裏は大変なことになっている。
あちこち切れて血が出ている上に、全体的に皮膚が肉から浮いてぶよぶよしているのだ。
間に水のような物が溜まっている。
ライカは帯に挟んだ物入れの中から道々積んで挟んでおいた大葉地這いの葉を数枚取り出すと、それを少し揉んで新たな布と足の間に挟んで巻きつけた。
この葉には確か炎症や化膿を防ぎ、痛みを弱める作用があったはずなので、これで少しは治まるかもしれないとライカは思ったのだ。
とにかく風が強いので、自らの体を盾にしないとそれらのちっぽけな葉っぱなど軽く飛ばされそうだったが、なんとか上手く遣りおおせてライカはホッとした。
『ライカ、お前ちょっと俺を頼れよ!』
そこへ、何かえらく怒っているサッズがやって来て頬を突付く。
『どうしたの?』
『休憩の時ぐらいちょっと風を防いでくれとか、呼吸をするための膜を張ってくれとか、あるだろ? 色々』
どうやら当てにされなかったことが腹立たしかったらしかった。
『あ、いや、えっと、その。ほら、風乗りの感覚で楽しんでたというか』
ライカが言うと、サッズは意表を突かれたように瞬きをして、首を傾げる。
『そうか、考えてみればこの風に向かって突っ込むのは風乗りの感覚に近いかもしれないな。ズルズル歩いてるからそんな気分になれなかったが』
サッズにしてみれば確かに地上を人間の姿で歩くというのはまどろっこしいことこの上ないだろう。
そう考えてみると、少し可哀相だったかもしれないと、ライカは思い至った。
ライカに助力をしたり何か出来ることをして気を紛らわしたかったのかもしれないのである。
それに何もライカにしたって、無理をして周囲に合わせて苦痛を味わう必要もないのだ。
商隊の者達からしてみればライカが足を痛めて全体の歩を遅らせるほうが面倒なことであって、何もあえて苦労して欲しいとは思っているはずもない。
『でも、やっぱりちょっと足を痛めたみたいだし、この先は足元に集中することにするから今から先は正面からの風を防いでくれると助かるよ』
『痛めた?』
サッズの顔に不穏な気配が漂うのを感じて、ライカは慌てて付け足した。
『ちょっと無理するなって警告が来ただけさ。だから無理をしないことにするんだよ』
『むう、わかった。まぁいい、痛みとやらのことは良くわからないし、とりあえずは言う通りにしてやる』
何か壮絶に偉そうにふんぞり返って宣言されてしまい、ライカはにこやかに『ありがとう、助かるよ』と返す。
それでどうやらサッズの機嫌は少し回復したようだった。
あの西の街の嵐と比べれば、まだ立って歩けるだけマシだが、家に篭る事をせずに歩き続けるにはやはり厳しい。
しかも足元が暗くて見えず、馬車に下げられているカンテラは強風に煽られてチラチラと瞬いていかにも頼りなげだった。
ライカは目を開けているべきか閉じて別視覚に切り替えるかしばし迷う。
なにしろ目を使わない視覚はある程度の集中が必要で、この強風の中では、広い範囲を視れるかどうか怪しかった。
自分の周囲だけ視れば全体の動きを見失い、ロープで繋がっている仲間に迷惑を掛けるかもしれない。
『どうせ光源に頼った視野でもこう暗くっちゃ全体なんか視えないさ、足元だけに集中していればいいだろ?』
『そうだね』
音声言語では風に掻き消されてしまうので、心声で会話をする二人だが、普段考えずにやっているこの会話も、この場ではそれなりに意識することが必要だった。
人間でしかないライカは、つい足元を疎かにしては段差や尖りに足を取られる。
「つっ」
足に、ピリッと駆け抜ける小さな痛みがあった。
『ライカ?』
『気にしないで、『痛み』は必要なものだから悪いものじゃないんだ』
痛みを知らない竜にとって、人間であるライカの痛みは一種の恐怖であるらしいことをライカは小さい頃から学んでいる。
普段から、彼が小さな傷を一つ負っただけで、竜の家族達に生じる凍るような恐怖を感じていたのだ。
そのせいで、昔はライカ自身も自らの感じる『痛み』を、なんとなく良くないことと思い、恐れるようになっていたのである。
だが、人の世界に帰って来て、治療所に通っている時に療法士の先生に教わったのだ、「痛みが無いとどこが悪いかわからないだろう? 痛みは大事な体からのお知らせなんだよ」と。
肉体とエールが分かちがたく結び付いている新しい世代である彼等地上種族は、自らの大切な体を守る為、傷を癒すように促す目的で痛みを持ったのだとライカは知った。
しかし、欠損に対する治癒の不完全さは、喪失には再生をもって埋める彼等天上種族にはなかなか納得出来ないものではあるらしい。
『大丈夫』
だからサッズの恐怖を鎮めるためにライカに出来るのは、痛みを心から肯定してみせることだけだ。
竜にとっての恐怖は、容易く狂気に変わる。
元々感情によって本質が左右されやすいからこそ、竜は成長と共にその感情を自ら封じて来たののである。
たとえ何があろうが、自分が彼等の狂気の元となる訳にはいかない。
それだけは、ライカの譲れない想いだったから。
それが功を奏したのか、サッズから押し寄せる不安の波は以前程には凍えてはいない。
本来個々による即断即決が当然の竜族だが、サッズはいつも己の主張を抑えてライカの言葉を受け入れようとしていた。
それが例え彼自身に納得の出来ないことでも、断固たる否定はしない。
それはライカが彼等の輪の指針であるからというだけではなく、自分こそがその庇護者であろうとしているからなのかもしれなかった。
(息が……)
風が方向を定めずに吹き荒れているせいで、どっちを向いても強い力が正面からぶつかって来る。
それは吸い込むための大気すら一つの塊にしてぶつけて来て、なかなか体内に入って来なくしてしまっていた。
サッズが言うところの風が荒れているというのはこれだろう。
(空を飛んでる時と一緒だ)
サッズに乗って飛んでいる時にあえて周囲を覆う守りを外して貰うと、こんなふうに大気が堅い塊となってぶつかって来た。
それはライカにとって、苦しいながら楽しいひとときでもあった。
激しい純粋な力に立ち向かうのは、一種の高揚を生む。
それならこの状態も同じだ。そうか楽しめば良いのだと、ライカは唐突に気付いた。
足の痛みにも、この息苦しさにもあえて立ち向かい、乗り越えることを、自らの挑戦としてしまえばいいのだ。
たったそれだけ意識を切り替えるだけで、それはたちまちライカの血を熱く掻き立て、酩酊感に誘う。
困難だからこそそれを克服することを望むのは、本来は竜の性質だ。
だから、自分がそういう性質を持つことはライカの誇りだったし、彼等との繋がりを思うと、それだけでまた心が弾むのである。
しかし、肉体の興奮状態を高めて凌いでいても、痛みを感じない訳ではなかった。
それを克服するのを楽しんむことは出来ても、傷つかなくなることは無いのだから。
── ◇ ◇ ◇ ──
ロープを伝って停止の合図が来ると、その先にある仲間達の肉体が弛緩してうずくまったのを感じる。
ライカ自身もべったりとその場に座り込んだ。
「あ~」
直線上に並んだ馬車のそれぞれの周りを囲むように座り込むと、馬車が僅かな壁となって気持ちだけ風が弱まったように感じる。
その中で皆、各々僅かな水を口に入れ、塩に漬けた何かの実を齧りながら、足の布を替えた。
予想しないではなかったが、ライカの、布を剥がした足の裏は大変なことになっている。
あちこち切れて血が出ている上に、全体的に皮膚が肉から浮いてぶよぶよしているのだ。
間に水のような物が溜まっている。
ライカは帯に挟んだ物入れの中から道々積んで挟んでおいた大葉地這いの葉を数枚取り出すと、それを少し揉んで新たな布と足の間に挟んで巻きつけた。
この葉には確か炎症や化膿を防ぎ、痛みを弱める作用があったはずなので、これで少しは治まるかもしれないとライカは思ったのだ。
とにかく風が強いので、自らの体を盾にしないとそれらのちっぽけな葉っぱなど軽く飛ばされそうだったが、なんとか上手く遣りおおせてライカはホッとした。
『ライカ、お前ちょっと俺を頼れよ!』
そこへ、何かえらく怒っているサッズがやって来て頬を突付く。
『どうしたの?』
『休憩の時ぐらいちょっと風を防いでくれとか、呼吸をするための膜を張ってくれとか、あるだろ? 色々』
どうやら当てにされなかったことが腹立たしかったらしかった。
『あ、いや、えっと、その。ほら、風乗りの感覚で楽しんでたというか』
ライカが言うと、サッズは意表を突かれたように瞬きをして、首を傾げる。
『そうか、考えてみればこの風に向かって突っ込むのは風乗りの感覚に近いかもしれないな。ズルズル歩いてるからそんな気分になれなかったが』
サッズにしてみれば確かに地上を人間の姿で歩くというのはまどろっこしいことこの上ないだろう。
そう考えてみると、少し可哀相だったかもしれないと、ライカは思い至った。
ライカに助力をしたり何か出来ることをして気を紛らわしたかったのかもしれないのである。
それに何もライカにしたって、無理をして周囲に合わせて苦痛を味わう必要もないのだ。
商隊の者達からしてみればライカが足を痛めて全体の歩を遅らせるほうが面倒なことであって、何もあえて苦労して欲しいとは思っているはずもない。
『でも、やっぱりちょっと足を痛めたみたいだし、この先は足元に集中することにするから今から先は正面からの風を防いでくれると助かるよ』
『痛めた?』
サッズの顔に不穏な気配が漂うのを感じて、ライカは慌てて付け足した。
『ちょっと無理するなって警告が来ただけさ。だから無理をしないことにするんだよ』
『むう、わかった。まぁいい、痛みとやらのことは良くわからないし、とりあえずは言う通りにしてやる』
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