7 / 100
第7話 スキル【代償転嫁】
しおりを挟む
リアムの手がセレスティアの手に触れた、その刹那。
まるで稲妻が身体を貫いたかのような衝撃があった。いや、違う。衝撃というよりは、むしろ奔流だ。濁流のような何かが、触れた箇所から俺の身体へと凄まじい勢いで流れ込んできた。
それは純粋な『苦痛』の情報だった。
骨が軋む幻の痛み。肉が焼けるような幻の熱。全身の神経を針で刺すような激痛の奔流。それは昨日、村の子供が負ったという怪我の痛み。そして、その代償として今までセレスティアを苛んでいた全ての苦しみだった。
常人であれば、その情報の濁流に呑まれ、一瞬で意識を失っていただろう。
だが、俺の身体の中で、奇妙な変化が起きた。流れ込んできたおぞましいはずの苦痛は、俺の体内に満ちる魔力と混ざり合うと、まるで墨汁が清水に溶けるように、その毒性を失っていく。あれほど強烈だった痛みは霧散し、熱は心地よい温かさに変わり、俺の身体の隅々へと染み渡っていった。
まるで、乾いた大地が恵みの雨を吸い込むように。俺の身体は、彼女の『呪い』を喰らい、そして浄化したのだ。
その時、脳裏に過去の記憶が鮮明にフラッシュバックした。
聖剣を使ったアレクの、僅かな生命力の揺らぎ。奇跡を起こしたイリーナの、精神を苛む頭痛。大魔法を放ったマルスの、脳を焼く魔力枯渇の負荷。
あの時、俺が感じた不思議な感覚。彼らに向かって流れていった、温かい何か。そして彼らの不調が和らいだ後の、俺自身を包んだ微かな倦怠感。
全てのピースが、音を立ててはまった。
そうか。俺はずっと、無意識のうちにやっていたんだ。彼らが力を使うたびに発生する『代償』を、俺の身体が勝手に引き受けていた。彼らが本来負うべきだった苦痛、疲労、消耗。その全てを、俺が肩代わりしていた。
だから彼らは、何の苦もなく、何の反動もなく、その強大な力を振るい続けることができたのだ。
俺は無能じゃなかった。お荷物なんかじゃなかった。俺がいたからこそ、『光の剣』は王国最強のパーティーでいられたんだ。
これが、俺のスキル。
これが、【代償転嫁】の本当の力。
あまりにも遅すぎる自覚だった。だが、絶望の淵にいた俺にとって、それは何よりも確かな光だった。
俺が呆然と真実に辿り着いている間、セレスティアは自分の身に起きた変化に目を見開いていた。
「あ……れ……?」
身体が、軽い。まるで羽が生えたようだ。
昨日からずっと身体を鉛のように重くしていた熱が、嘘のように引いている。骨がきしむような不快な痛みも、どこにもない。頭は驚くほどすっきりとして、視界もクリアだ。
長い間、それこそ物心ついた時から、彼女の身体から苦痛が完全に消え去ったことなど、一度もなかった。常にどこかが痛み、常に微熱に浮かされ、それが彼女にとっての日常だった。
その日常が、今、覆された。
「痛く、ない……。熱も、ない……。どうして……?」
彼女は信じられないといった様子で、自分の身体を確かめるように触れる。そして、はっとしたように顔を上げ、目の前の男を見た。
自分の手に触れている、この男の手のひらから、信じられないほど温かい何かが流れ込んできたのを、彼女は確かに感じていた。
セレスティアの青い瞳が、驚愕と混乱で大きく揺れる。涙はとうに止まっていた。
「あなた……一体、何をしたの……?」
その問いに、俺はゆっくりと顔を上げた。そして、生まれて初めてかもしれない、心からの笑みを浮かべた。それは自嘲でも、諦めでもない。確かな自信と、安堵からくる笑みだった。
俺は、彼女の小さな手を優しく握り返す。その手はもう、熱で汗ばんだり、苦痛で震えたりはしていなかった。
「ああ。どうやら、君の呪い、俺がもらったみたいだ」
その言葉は、静かな教会の中に確かに響いた。
それは、二人の運命が交差し、そして、絶望の淵から這い上がるための、最初の狼煙だった。
まるで稲妻が身体を貫いたかのような衝撃があった。いや、違う。衝撃というよりは、むしろ奔流だ。濁流のような何かが、触れた箇所から俺の身体へと凄まじい勢いで流れ込んできた。
それは純粋な『苦痛』の情報だった。
骨が軋む幻の痛み。肉が焼けるような幻の熱。全身の神経を針で刺すような激痛の奔流。それは昨日、村の子供が負ったという怪我の痛み。そして、その代償として今までセレスティアを苛んでいた全ての苦しみだった。
常人であれば、その情報の濁流に呑まれ、一瞬で意識を失っていただろう。
だが、俺の身体の中で、奇妙な変化が起きた。流れ込んできたおぞましいはずの苦痛は、俺の体内に満ちる魔力と混ざり合うと、まるで墨汁が清水に溶けるように、その毒性を失っていく。あれほど強烈だった痛みは霧散し、熱は心地よい温かさに変わり、俺の身体の隅々へと染み渡っていった。
まるで、乾いた大地が恵みの雨を吸い込むように。俺の身体は、彼女の『呪い』を喰らい、そして浄化したのだ。
その時、脳裏に過去の記憶が鮮明にフラッシュバックした。
聖剣を使ったアレクの、僅かな生命力の揺らぎ。奇跡を起こしたイリーナの、精神を苛む頭痛。大魔法を放ったマルスの、脳を焼く魔力枯渇の負荷。
あの時、俺が感じた不思議な感覚。彼らに向かって流れていった、温かい何か。そして彼らの不調が和らいだ後の、俺自身を包んだ微かな倦怠感。
全てのピースが、音を立ててはまった。
そうか。俺はずっと、無意識のうちにやっていたんだ。彼らが力を使うたびに発生する『代償』を、俺の身体が勝手に引き受けていた。彼らが本来負うべきだった苦痛、疲労、消耗。その全てを、俺が肩代わりしていた。
だから彼らは、何の苦もなく、何の反動もなく、その強大な力を振るい続けることができたのだ。
俺は無能じゃなかった。お荷物なんかじゃなかった。俺がいたからこそ、『光の剣』は王国最強のパーティーでいられたんだ。
これが、俺のスキル。
これが、【代償転嫁】の本当の力。
あまりにも遅すぎる自覚だった。だが、絶望の淵にいた俺にとって、それは何よりも確かな光だった。
俺が呆然と真実に辿り着いている間、セレスティアは自分の身に起きた変化に目を見開いていた。
「あ……れ……?」
身体が、軽い。まるで羽が生えたようだ。
昨日からずっと身体を鉛のように重くしていた熱が、嘘のように引いている。骨がきしむような不快な痛みも、どこにもない。頭は驚くほどすっきりとして、視界もクリアだ。
長い間、それこそ物心ついた時から、彼女の身体から苦痛が完全に消え去ったことなど、一度もなかった。常にどこかが痛み、常に微熱に浮かされ、それが彼女にとっての日常だった。
その日常が、今、覆された。
「痛く、ない……。熱も、ない……。どうして……?」
彼女は信じられないといった様子で、自分の身体を確かめるように触れる。そして、はっとしたように顔を上げ、目の前の男を見た。
自分の手に触れている、この男の手のひらから、信じられないほど温かい何かが流れ込んできたのを、彼女は確かに感じていた。
セレスティアの青い瞳が、驚愕と混乱で大きく揺れる。涙はとうに止まっていた。
「あなた……一体、何をしたの……?」
その問いに、俺はゆっくりと顔を上げた。そして、生まれて初めてかもしれない、心からの笑みを浮かべた。それは自嘲でも、諦めでもない。確かな自信と、安堵からくる笑みだった。
俺は、彼女の小さな手を優しく握り返す。その手はもう、熱で汗ばんだり、苦痛で震えたりはしていなかった。
「ああ。どうやら、君の呪い、俺がもらったみたいだ」
その言葉は、静かな教会の中に確かに響いた。
それは、二人の運命が交差し、そして、絶望の淵から這い上がるための、最初の狼煙だった。
167
あなたにおすすめの小説
貴族に無茶苦茶なことを言われたのでやけくそな行動をしたら、戦争賠償として引き抜かれました。
詰んだ
ファンタジー
エルクス王国の魔法剣士で重鎮のキースは、うんざりしていた。
王国とは名ばかりで、元老院の貴族が好き勝手なこと言っている。
そしてついに国力、戦力、人材全てにおいて圧倒的な戦力を持つヴォルクス皇国に、戦争を仕掛けるという暴挙に出た。
勝てるわけのない戦争に、「何とか勝て!」と言われたが、何もできるはずもなく、あっという間に劣勢になった。
日を追うごとに悪くなる戦況に、キースへのあたりがひどくなった。
むしゃくしゃしたキースは、一つの案を思いついた。
その案を実行したことによって、あんなことになるなんて、誰も想像しなかった。
元公務員、辺境ギルドの受付になる 〜『受理』と『却下』スキルで無自覚に無双していたら、伝説の職員と勘違いされて俺の定時退勤が危うい件〜
☆ほしい
ファンタジー
市役所で働く安定志向の公務員、志摩恭平(しまきょうへい)は、ある日突然、勇者召喚に巻き込まれて異世界へ。
しかし、与えられたスキルは『受理』と『却下』という、戦闘には全く役立ちそうにない地味なものだった。
「使えない」と判断された恭平は、国から追放され、流れ着いた辺境の街で冒険者ギルドの受付職員という天職を見つける。
書類仕事と定時退勤。前世と変わらぬ平穏な日々が続くはずだった。
だが、彼のスキルはとんでもない隠れた効果を持っていた。
高難易度依頼の書類に『却下』の判を押せば依頼自体が消滅し、新米冒険者のパーティ登録を『受理』すれば一時的に能力が向上する。
本人は事務処理をしているだけのつもりが、いつしか「彼の受付を通った者は必ず成功する」「彼に睨まれたモンスターは消滅する」という噂が広まっていく。
その結果、静かだった辺境ギルドには腕利きの冒険者が集い始め、恭平の定時退勤は日々脅かされていくのだった。
レベル1の時から育ててきたパーティメンバーに裏切られて捨てられたが、俺はソロの方が本気出せるので問題はない
あつ犬
ファンタジー
王国最強のパーティメンバーを鍛え上げた、アサシンのアルマ・アルザラットはある日追放され、貯蓄もすべて奪われてしまう。 そんな折り、とある剣士の少女に助けを請われる。「パーティメンバーを助けてくれ」! 彼の人生が、動き出す。
姉の陰謀で国を追放された第二王女は、隣国を発展させる聖女となる【完結】
小平ニコ
ファンタジー
幼少期から魔法の才能に溢れ、百年に一度の天才と呼ばれたリーリエル。だが、その才能を妬んだ姉により、無実の罪を着せられ、隣国へと追放されてしまう。
しかしリーリエルはくじけなかった。持ち前の根性と、常識を遥かに超えた魔法能力で、まともな建物すら存在しなかった隣国を、たちまちのうちに強国へと成長させる。
そして、リーリエルは戻って来た。
政治の実権を握り、やりたい放題の振る舞いで国を乱す姉を打ち倒すために……
地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした
有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。
神眼のカードマスター 〜パーティーを追放されてから人生の大逆転が始まった件。今さら戻って来いと言われてももう遅い〜
サイダーボウイ
ファンタジー
「いいかい? 君と僕じゃ最初から住む世界が違うんだよ。これからは惨めな人生を送って一生後悔しながら過ごすんだね」
Fランク冒険者のアルディンは領主の息子であるザネリにそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。
父親から譲り受けた大切なカードも奪われ、アルディンは失意のどん底に。
しばらくは冒険者稼業をやめて田舎でのんびり暮らそうと街を離れることにしたアルディンは、その道中、メイド姉妹が賊に襲われている光景を目撃する。
彼女たちを救い出す最中、突如として【神眼】が覚醒してしまう。
それはこのカード世界における掟すらもぶち壊してしまうほどの才能だった。
無事にメイド姉妹を助けたアルディンは、大きな屋敷で彼女たちと一緒に楽しく暮らすようになる。
【神眼】を使って楽々とカードを集めてまわり、召喚獣の万能スライムとも仲良くなって、やがて天災級ドラゴンを討伐するまでに成長し、アルディンはどんどん強くなっていく。
一方その頃、ザネリのパーティーでは仲間割れが起こっていた。
ダンジョン攻略も思うようにいかなくなり、ザネリはそこでようやくアルディンの重要さに気づく。
なんとか引き戻したいザネリは、アルディンにパーティーへ戻って来るように頼み込むのだったが……。
これは、かつてFランク冒険者だった青年が、チート能力を駆使してカード無双で成り上がり、やがて神話級改変者〈ルールブレイカー〉と呼ばれるようになるまでの人生逆転譚である。
悪役令嬢扱いで国外追放?なら辺境で自由に生きます
タマ マコト
ファンタジー
王太子の婚約者として正しさを求め続けた侯爵令嬢セラフィナ・アルヴェインは、
妹と王太子の“真実の愛”を妨げた悪役令嬢として国外追放される。
家族にも見捨てられ、たった一人の侍女アイリスと共に辿り着いたのは、
何もなく、誰にも期待されない北方辺境。
そこで彼女は初めて、役割でも評価でもない「自分の人生」を生き直す決意をする。
『ゴミ溜め場の聖女』と蔑まれた浄化師の私、一族に使い潰されかけたので前世の知識で独立します
☆ほしい
ファンタジー
呪いを浄化する『浄化師』の一族に生まれたセレン。
しかし、微弱な魔力しか持たない彼女は『ゴミ溜め場の聖女』と蔑まれ、命を削る危険な呪具の浄化ばかりを押し付けられる日々を送っていた。
ある日、一族の次期当主である兄に、身代わりとして死の呪いがかかった遺物の浄化を強要される。
死を覚悟した瞬間、セレンは前世の記憶を思い出す。――自分が、歴史的な遺物を修復する『文化財修復師』だったことを。
「これは、呪いじゃない。……経年劣化による、素材の悲鳴だ」
化学知識と修復技術。前世のスキルを応用し、奇跡的に生還したセレンは、搾取されるだけの人生に別れを告げる。
これは、ガラクタ同然の呪具に秘められた真の価値を見出す少女が、自らの工房を立ち上げ、やがて国中の誰もが無視できない存在へと成り上がっていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる