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第29話 剣の稽古
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ルナリエルが村に加わってから、俺たちの生活はまた一つ新しい形を見つけていた。
彼女は自らを『村の守護者』と称し、その言葉通り村の警備を一手に引き受けてくれた。朝は誰よりも早く起き、村の周囲を巡回して魔物の気配がないかを確認する。昼間は森へ入る村人たちの護衛についたり、見張り台の上から鋭い眼光で遠くを見据えていたりした。
彼女がいるというだけで、村の安全度は飛躍的に向上した。その圧倒的な強さは、もはや村の伝説となりつつあった。村人たちも最初は彼女の尊大な態度に戸惑っていたが、その実直な働きぶりを見て、次第に彼女を『我らが誇る剣士様』として尊敬し、受け入れていった。
そんなある日の昼下がり。俺は教会の裏で薪割りをしていた。斧を振り下ろすのだが、どうにも上手くいかない。狙った場所に刃は当たらず、薪は中途半端に裂けるだけだった。
「はっ……! せいっ……!」
額に汗を滲ませ、必死に斧を振るう。その情けない姿を、腕を組んだルナリエルが呆れたような顔で見ていた。彼女はちょうど巡回から戻ってきたところだったらしい。
「……リアム。あなた、さっきから何をやっているの」
その声は、心底信じられないものを見るような響きだった。
「見ての通り、薪割りだよ。なかなか上手くいかなくて」
俺が苦笑しながら答えると、彼女は深いため息をついた。
「薪割りごときに、そんなに苦戦する人間を初めて見たわ。ちょっと貸しなさい」
彼女は俺の手からひょいと斧を取り上げると、しなやかな動きで構えた。そして、ヒュン、と風を切る音と共に斧を振り下ろす。
スパァン!
乾いた心地よい音。俺が散々苦戦していた太い丸太が、一撃で綺麗に真っ二つになっていた。
「……すごいな」
俺が素直に感心すると、ルナリエルは「当たり前でしょ」と鼻を鳴らした。そして、俺の全身をじろじろと見回し、さらに深いため息をついた。
「リアム。あなた、本当に戦闘能力はゼロなのね。湖での指揮は見事だったから、少しは動けるのかと思っていたけど、これじゃ赤子同然だわ」
「面目ない……」
こればかりは、ぐうの音も出なかった。
「見ていられないわ。このままじゃ、万が一の時に自分の身一つ守れないじゃない。……いいわ、特別にこのわたしがあなたに剣を教えてあげる。光栄に思いなさい」
「えっ、俺が剣を?」
唐突な提案に、俺は目を丸くした。
「当たり前でしょ。あなたは一応、わたしたちのリーダー的な立場なんでしょう? 少しは見れるようになってもらわないと、わたしが恥ずかしいわ」
彼女の言葉は相変わらず辛辣だが、その奥に俺の身を案じる気持ちがあるのが分かった。その優しさが少しだけくすぐったい。
こうして、エルフの王女直々による俺のための剣術指南が急遽始まることになった。
俺たちは教会の前の広場へ移動した。ルナリエルはどこからか持ってきた二本の木剣のうち、一本を俺に手渡す。ずしりとした重みが腕に伝わってきた。
「まずは構えからよ。足を肩幅に開いて、腰を落とす。剣は身体の中心で、切っ先が相手の喉を向くように……って、違う! 腰が引けてる! そんなんじゃ話にならないわ!」
ルナリエルが俺の背後に回り込み、手取り足取りフォームを矯正してくれる。彼女の身体が近づくと、ふわりと森のような良い香りがして少し緊張した。
「い、いくらなんでも近すぎないか……?」
「うるさい! 黙って言う通りにしなさい!」
そのやり取りを、少し離れた場所からセレスティアがじっと見ていた。その顔は笑顔だったが、目は全く笑っていない。俺は背中に刺さる無言の圧力に、冷や汗をかいた。
「いい? まずは素振りからよ。わたしがやるから、よく見てなさい」
ルナリエルは手本として木剣を振るった。ヒュッ、ヒュッと鋭い風切り音だけが響く。無駄のない、流れるような美しい動きだった。
「さあ、やってみなさい」
「お、おう……」
俺は彼女の動きを真似て木剣を振りかぶった。だが、重い剣に身体が振り回され足元がよろける。風切り音など鳴るはずもなく、ぶぉん、という情けない音がするだけだった。
「……」
ルナリエルの額に青筋が浮かんだのが見えた。
「もう一度!」
「は、はい!」
俺は必死に素振りを繰り返した。だが、やればやるほど自分の身体の動かなさに絶望していく。剣を振るっているつもりが、剣に振り回されているだけだ。腕はすぐに疲れ、呼吸も乱れる。
一時間後。俺は地面に大の字になって完全に伸びていた。
「はぁ……はぁ……。もう……無理だ……」
ルナリエルは、そんな俺を冷たい目で見下ろしていた。
「信じられない……。こんなにも才能がないなんて……。スライムに剣を教えた方がまだ見込みがあるわ」
その言葉は、俺のガラスの心を粉々に打ち砕いた。
だが、彼女の指導はまだ終わらなかった。
「次は打ち込みよ! わたしが構えるから、思いっきり打ち込んできなさい!」
俺はふらふらと立ち上がり、ルナリエルと向き合う。彼女は木剣を軽々と構え、全く隙のない立ち姿を見せていた。
「いくぞ……!」
俺は気合を入れて正面から木剣を振り下ろした。だが、その動きはあまりにも遅く、直線的すぎた。ルナリエルは最小限の動きでひらりとかわし、俺の胴体にぽんと軽く木剣を当てる。
「遅い。動きが単調すぎるわ」
「くっ……! もう一回!」
俺は何度も、何度も彼女に打ち込んでいった。だが、結果は同じだった。俺の剣は一度も彼女にかすりもせず、面白いように攻撃をいなされ、カウンターを食らうだけだった。
やがて、日が傾き始めた頃。
「あーーーーーーもうっ! 無理っ!」
ついにルナリエルの堪忍袋の緒が切れた。彼女は持っていた木剣を地面に叩きつけると、頭を抱えて叫んだ。
「ありえない! あなたのその驚異的なまでの才能のなさは、もはや一種の才能よ! 教えるだけ無駄! 時間の無駄! わたしの忍耐力の無駄遣いだわ!」
彼女は本気で、心の底から匙を投げていた。その剣幕に、俺はしょんぼりと肩を落とすしかなかった。
「……やっぱり、俺には向いてないんだな」
分かっていたことだ。俺に戦闘の才能などないことは、誰よりも俺自身が理解していた。
俺の落ち込んだ姿を見て、ルナリエルは少しだけ冷静さを取り戻したようだった。彼女ははぁ、と大きなため息をつくと、しばらく腕を組んで考え込んでいた。
やがて、彼女は顔を上げた。その瞳には先ほどまでの苛立ちはなく、何かを見極めたような静かな光が宿っていた。
「……リアム。剣を振るうのは、もう諦めなさい」
「え……」
「あなたに剣士としての才能は皆無よ。それはもう、はっきりしたわ。無理なことを続けても意味がない」
そのきっぱりとした言葉に、俺は少し傷ついた。だが、彼女の言葉はそこで終わらなかった。
「でも、あなたにはあなたにしかできない戦い方がある。湖での戦いで、わたしはそれを確かに見たわ」
彼女は地面に落ちていた木剣を拾い上げると、俺に向き直った。
「だから、方針を変えるわ。あなたに教えるのは、剣を『振るう』技術じゃない。剣を『避ける』技術よ」
「避ける……?」
「そう。最小限の動きで敵の攻撃をいなし、致命傷を避けるための護身術。そして、もう一つ」
彼女は、その翡翠の瞳で俺の頭を指さした。
「あなたの一番の武器は、そこよ。だから、エルフの国で叩き込まれた実践的な戦術の基礎をあなたに教える。地形の利用法、敵の心理の読み方、陽動と奇襲の組み立て方。あなたの指揮官としての才能をもっと伸ばしてあげるわ」
彼女の提案は俺にとって目から鱗だった。
自分の弱点を嘆くのではなく、長所を伸ばす。俺に合った戦い方。その発想は俺にはなかった。
俺の顔に希望の光が差したのが分かった。
「……それなら、俺にもできるかもしれない」
「できるかもしれない、じゃないわ。やるのよ」
ルナリエルはふっと口元を緩めた。それは、いつもの尊大な笑みではなく、仲間を認めた信頼の笑みだった。
「いい? 剣を振るうのは、わたしたちの役目。あなたは、わたしたちを最高にうまく使いこなすことだけを考えなさい。あなたの武器は、その頭脳よ。剣なんて、わたしがいくらでも振るってあげるわ」
その言葉は、不器用でぶっきらぼうで、だけど何よりも頼もしかった。
こうして、俺の新しい稽古が始まった。それは、剣士になるための訓練ではなく、『指揮官リアム』として仲間を守り、活かすための本当の戦い方を学ぶための訓練だった。
その様子を、セレスティアが木の陰から、少しだけ複雑な、でもどこか誇らしげな表情で見守っていたことに、俺はまだ気づいていなかった。
彼女は自らを『村の守護者』と称し、その言葉通り村の警備を一手に引き受けてくれた。朝は誰よりも早く起き、村の周囲を巡回して魔物の気配がないかを確認する。昼間は森へ入る村人たちの護衛についたり、見張り台の上から鋭い眼光で遠くを見据えていたりした。
彼女がいるというだけで、村の安全度は飛躍的に向上した。その圧倒的な強さは、もはや村の伝説となりつつあった。村人たちも最初は彼女の尊大な態度に戸惑っていたが、その実直な働きぶりを見て、次第に彼女を『我らが誇る剣士様』として尊敬し、受け入れていった。
そんなある日の昼下がり。俺は教会の裏で薪割りをしていた。斧を振り下ろすのだが、どうにも上手くいかない。狙った場所に刃は当たらず、薪は中途半端に裂けるだけだった。
「はっ……! せいっ……!」
額に汗を滲ませ、必死に斧を振るう。その情けない姿を、腕を組んだルナリエルが呆れたような顔で見ていた。彼女はちょうど巡回から戻ってきたところだったらしい。
「……リアム。あなた、さっきから何をやっているの」
その声は、心底信じられないものを見るような響きだった。
「見ての通り、薪割りだよ。なかなか上手くいかなくて」
俺が苦笑しながら答えると、彼女は深いため息をついた。
「薪割りごときに、そんなに苦戦する人間を初めて見たわ。ちょっと貸しなさい」
彼女は俺の手からひょいと斧を取り上げると、しなやかな動きで構えた。そして、ヒュン、と風を切る音と共に斧を振り下ろす。
スパァン!
乾いた心地よい音。俺が散々苦戦していた太い丸太が、一撃で綺麗に真っ二つになっていた。
「……すごいな」
俺が素直に感心すると、ルナリエルは「当たり前でしょ」と鼻を鳴らした。そして、俺の全身をじろじろと見回し、さらに深いため息をついた。
「リアム。あなた、本当に戦闘能力はゼロなのね。湖での指揮は見事だったから、少しは動けるのかと思っていたけど、これじゃ赤子同然だわ」
「面目ない……」
こればかりは、ぐうの音も出なかった。
「見ていられないわ。このままじゃ、万が一の時に自分の身一つ守れないじゃない。……いいわ、特別にこのわたしがあなたに剣を教えてあげる。光栄に思いなさい」
「えっ、俺が剣を?」
唐突な提案に、俺は目を丸くした。
「当たり前でしょ。あなたは一応、わたしたちのリーダー的な立場なんでしょう? 少しは見れるようになってもらわないと、わたしが恥ずかしいわ」
彼女の言葉は相変わらず辛辣だが、その奥に俺の身を案じる気持ちがあるのが分かった。その優しさが少しだけくすぐったい。
こうして、エルフの王女直々による俺のための剣術指南が急遽始まることになった。
俺たちは教会の前の広場へ移動した。ルナリエルはどこからか持ってきた二本の木剣のうち、一本を俺に手渡す。ずしりとした重みが腕に伝わってきた。
「まずは構えからよ。足を肩幅に開いて、腰を落とす。剣は身体の中心で、切っ先が相手の喉を向くように……って、違う! 腰が引けてる! そんなんじゃ話にならないわ!」
ルナリエルが俺の背後に回り込み、手取り足取りフォームを矯正してくれる。彼女の身体が近づくと、ふわりと森のような良い香りがして少し緊張した。
「い、いくらなんでも近すぎないか……?」
「うるさい! 黙って言う通りにしなさい!」
そのやり取りを、少し離れた場所からセレスティアがじっと見ていた。その顔は笑顔だったが、目は全く笑っていない。俺は背中に刺さる無言の圧力に、冷や汗をかいた。
「いい? まずは素振りからよ。わたしがやるから、よく見てなさい」
ルナリエルは手本として木剣を振るった。ヒュッ、ヒュッと鋭い風切り音だけが響く。無駄のない、流れるような美しい動きだった。
「さあ、やってみなさい」
「お、おう……」
俺は彼女の動きを真似て木剣を振りかぶった。だが、重い剣に身体が振り回され足元がよろける。風切り音など鳴るはずもなく、ぶぉん、という情けない音がするだけだった。
「……」
ルナリエルの額に青筋が浮かんだのが見えた。
「もう一度!」
「は、はい!」
俺は必死に素振りを繰り返した。だが、やればやるほど自分の身体の動かなさに絶望していく。剣を振るっているつもりが、剣に振り回されているだけだ。腕はすぐに疲れ、呼吸も乱れる。
一時間後。俺は地面に大の字になって完全に伸びていた。
「はぁ……はぁ……。もう……無理だ……」
ルナリエルは、そんな俺を冷たい目で見下ろしていた。
「信じられない……。こんなにも才能がないなんて……。スライムに剣を教えた方がまだ見込みがあるわ」
その言葉は、俺のガラスの心を粉々に打ち砕いた。
だが、彼女の指導はまだ終わらなかった。
「次は打ち込みよ! わたしが構えるから、思いっきり打ち込んできなさい!」
俺はふらふらと立ち上がり、ルナリエルと向き合う。彼女は木剣を軽々と構え、全く隙のない立ち姿を見せていた。
「いくぞ……!」
俺は気合を入れて正面から木剣を振り下ろした。だが、その動きはあまりにも遅く、直線的すぎた。ルナリエルは最小限の動きでひらりとかわし、俺の胴体にぽんと軽く木剣を当てる。
「遅い。動きが単調すぎるわ」
「くっ……! もう一回!」
俺は何度も、何度も彼女に打ち込んでいった。だが、結果は同じだった。俺の剣は一度も彼女にかすりもせず、面白いように攻撃をいなされ、カウンターを食らうだけだった。
やがて、日が傾き始めた頃。
「あーーーーーーもうっ! 無理っ!」
ついにルナリエルの堪忍袋の緒が切れた。彼女は持っていた木剣を地面に叩きつけると、頭を抱えて叫んだ。
「ありえない! あなたのその驚異的なまでの才能のなさは、もはや一種の才能よ! 教えるだけ無駄! 時間の無駄! わたしの忍耐力の無駄遣いだわ!」
彼女は本気で、心の底から匙を投げていた。その剣幕に、俺はしょんぼりと肩を落とすしかなかった。
「……やっぱり、俺には向いてないんだな」
分かっていたことだ。俺に戦闘の才能などないことは、誰よりも俺自身が理解していた。
俺の落ち込んだ姿を見て、ルナリエルは少しだけ冷静さを取り戻したようだった。彼女ははぁ、と大きなため息をつくと、しばらく腕を組んで考え込んでいた。
やがて、彼女は顔を上げた。その瞳には先ほどまでの苛立ちはなく、何かを見極めたような静かな光が宿っていた。
「……リアム。剣を振るうのは、もう諦めなさい」
「え……」
「あなたに剣士としての才能は皆無よ。それはもう、はっきりしたわ。無理なことを続けても意味がない」
そのきっぱりとした言葉に、俺は少し傷ついた。だが、彼女の言葉はそこで終わらなかった。
「でも、あなたにはあなたにしかできない戦い方がある。湖での戦いで、わたしはそれを確かに見たわ」
彼女は地面に落ちていた木剣を拾い上げると、俺に向き直った。
「だから、方針を変えるわ。あなたに教えるのは、剣を『振るう』技術じゃない。剣を『避ける』技術よ」
「避ける……?」
「そう。最小限の動きで敵の攻撃をいなし、致命傷を避けるための護身術。そして、もう一つ」
彼女は、その翡翠の瞳で俺の頭を指さした。
「あなたの一番の武器は、そこよ。だから、エルフの国で叩き込まれた実践的な戦術の基礎をあなたに教える。地形の利用法、敵の心理の読み方、陽動と奇襲の組み立て方。あなたの指揮官としての才能をもっと伸ばしてあげるわ」
彼女の提案は俺にとって目から鱗だった。
自分の弱点を嘆くのではなく、長所を伸ばす。俺に合った戦い方。その発想は俺にはなかった。
俺の顔に希望の光が差したのが分かった。
「……それなら、俺にもできるかもしれない」
「できるかもしれない、じゃないわ。やるのよ」
ルナリエルはふっと口元を緩めた。それは、いつもの尊大な笑みではなく、仲間を認めた信頼の笑みだった。
「いい? 剣を振るうのは、わたしたちの役目。あなたは、わたしたちを最高にうまく使いこなすことだけを考えなさい。あなたの武器は、その頭脳よ。剣なんて、わたしがいくらでも振るってあげるわ」
その言葉は、不器用でぶっきらぼうで、だけど何よりも頼もしかった。
こうして、俺の新しい稽古が始まった。それは、剣士になるための訓練ではなく、『指揮官リアム』として仲間を守り、活かすための本当の戦い方を学ぶための訓練だった。
その様子を、セレスティアが木の陰から、少しだけ複雑な、でもどこか誇らしげな表情で見守っていたことに、俺はまだ気づいていなかった。
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