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第30話 エルフの建築術
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ルナリエルの指導による俺の『指揮官』としての訓練は、翌日から本格的に始まった。それは、これまでの人生で経験したことのない、刺激的で恐ろしく実践的なものだった。
午前中は、体力作りのための走り込みと護身術の基礎訓練。ルナリエルの動きは、まるで舞う蝶のようだった。彼女は最小限の動きで俺の攻撃をいなし、俺が体勢を崩したところに的確な一撃を入れてくる。もちろん、寸止めだが。
「違う! 敵の力を利用して受け流すの! 力で対抗しようとするから、そうやって無様に転がるのよ!」
広場で何度も泥だらけにされる俺を見て、セレスティアが心配そうに駆け寄ってくるが、ルナリエルは「これは訓練よ。甘やかさないで」と一喝する。そのやり取りも、すっかり日常の光景になっていた。
午後は座学が中心だった。ルナリエルは俺を教会の書斎に連れ込み、羊皮紙に図を描きながら、エルフの国に伝わる戦術論を叩き込んできた。
「いい? 戦いは始まる前に七割が決まるわ。地形の把握、敵の兵種と規模、天候、そして味方の士気。それら全てを計算に入れて、複数の勝利パターンを組み立てる。それが指揮官の仕事よ」
彼女から語られる内容は、俺が勇者パーティーで漠然と考えていたことを遥かに高いレベルで体系化したものだった。それは、個々の英雄の力に頼る人間の戦術とは根本的に異なる、森という複雑な地形で生き抜いてきたエルフならではの緻密で合理的な知恵の結晶だった。
俺は、まるで乾いたスポンジが水を吸うように彼女の知識を吸収していった。その飲み込みの速さには、教える側のルナリエル自身が一番驚いていた。
「……あなた、本当に何者なの。実戦経験もないのに、なぜこれほど理解が速いのよ」
「さあな。昔から、物事を組み立てて考えるのは好きだったから」
俺はそう言って笑ったが、心の中では分かっていた。これは勇者パーティーでの経験が生きていたのだ。常に戦力外だった俺は、戦闘中いつも一歩引いた場所から戦場全体を俯瞰していた。誰がどこで戦い、誰が疲弊し、どこに危険が迫っているか。その全てを把握し、最悪の事態を避けるためのシミュレーションを頭の中で何度も繰り返していた。その経験が今、ルナリエルの教えと結びつき、俺の中で確かな『戦術』として形になりつつあった。
そんなある日、俺たちは村の防御について話し合っていた。
「この村は丘の上にあるから地の利はある。だけど、防御設備と呼べるものが何もないのが問題だな。見張り台はあってもただの見張り台だ。敵が攻けてきたら、ただ広場で迎え撃つしかない」
俺がそう指摘すると、村長も難しい顔で頷いた。
「左様……。これまで大きな脅威がなかったから、それで済んできたが……」
その言葉を聞いていたルナリエルが、呆れたように言った。
「あなたたち、本当に無防備なのね。城壁の一つもないなんて、どうぞ襲ってくださいと言っているようなものじゃない」
「城壁と言われてもな。俺たちには、そんなものを作る技術も人手もない」
タロウが悔しそうに反論する。
「技術なら、ここにあるじゃない」
ルナリエルはこともなげに自分の胸を指さした。
「エルフの建築術を知らないの? わたしたちは石を積んだりしないわ。森と共に砦を築くのよ」
彼女の提案で、俺たちは村を囲む防壁の建設に取り掛かることになった。それは、俺たちがこれまで知っていた『建築』とは全く異なるものだった。
まず、ルナリエルは村を囲むように生えている比較的若い木々を選定した。そして彼女は一本一本の木に手を触れ、静かに何かを囁きかける。すると、木々はまるで意志を持っているかのようにその枝をしならせ、互いに絡み合い始めたのだ。
「これは……!?」
村人たちが、目の前の光景に息を呑む。俺もただただ驚いていた。
「エルフは木々と対話できるの。彼らの成長を少しだけ手助けしてあげているだけよ」
ルナリエルはそう言って微笑んだ。絡み合った枝は、やがて分厚く強固な壁を形成していく。それは、人間が作ったどんな柵よりも頑丈で、自然と完全に調和した美しい緑の城壁だった。
次に、彼女は村の入り口にある見張り台の改築に取り掛かった。
「ただ高いだけじゃ意味がないわ。敵の死角をなくし、複数の射手が同時に攻撃できる構造にしなくては」
彼女は、俺が戦術論に基づいて描いた設計図を元に、村の若者たちに的確な指示を出していく。彼女の指導の下、若者たちは驚くほど効率的に作業を進めた。ただの見張り台は、みるみるうちに複数の射撃口と、矢や石を落とすための仕掛けを備えた堅牢な砦へと姿を変えていった。
そして、仕上げはセレスティアの役目だった。
「聖なる守りよ、この壁に宿り、邪なる者の侵入を拒みたまえ」
彼女が祈りを捧げると、完成した緑の城壁と砦が淡い光に包まれた。それは、邪な心を持つ者が触れると弾き返される聖なる結界だった。
数日後。俺たちの村は見違えるような姿になっていた。
自然と調和した美しい緑の城壁。戦略的に配置された堅牢な砦。そして、それら全てを守る聖なる結界。それはもはやただの村ではなかった。難攻不落の『要塞都市エデン』の原型が、そこに誕生した瞬間だった。
完成した防壁の上から、俺たちは自分たちの村を見下ろしていた。
「すごいな……。これなら、多少の魔物の群れが来たってびくともしない」
俺が感心して言うと、ルナリエルは得意げに胸を張った。
「当たり前でしょ。わたしの知識とあなたの知恵、そして聖女様の力が合わされば、これくらい造作もないわ」
隣でセレスティアも嬉しそうに微笑んでいる。
「はい。三人で力を合わせれば、なんだってできる気がします」
俺と聖女とエルフの剣士。
全く違う能力を持つ俺たちが、それぞれの長所を活かし、一つの目標に向かって力を合わせる。その結果がこの難攻不落の要塞だった。
俺は、自分たちが築き上げたものを見て確かな手応えを感じていた。
俺たちの楽園は、ただ守られるだけの弱い存在じゃない。自分たちの手で、自分たちの居場所をより強く、より豊かにしていくことができる。その自信が、村全体に満ち溢れ始めていた。
だが、俺たちはまだ知らなかった。
俺たちが築き上げたこの楽園が、やがて世界の運命を左右するほどの大きな存在となり、そして新たな出会いと、避けることのできない戦いを呼び寄せることになるということを。
その予兆は、ある嵐の夜、一人の傷ついた少女が村の門を叩くという形で、静かに訪れようとしていた。
午前中は、体力作りのための走り込みと護身術の基礎訓練。ルナリエルの動きは、まるで舞う蝶のようだった。彼女は最小限の動きで俺の攻撃をいなし、俺が体勢を崩したところに的確な一撃を入れてくる。もちろん、寸止めだが。
「違う! 敵の力を利用して受け流すの! 力で対抗しようとするから、そうやって無様に転がるのよ!」
広場で何度も泥だらけにされる俺を見て、セレスティアが心配そうに駆け寄ってくるが、ルナリエルは「これは訓練よ。甘やかさないで」と一喝する。そのやり取りも、すっかり日常の光景になっていた。
午後は座学が中心だった。ルナリエルは俺を教会の書斎に連れ込み、羊皮紙に図を描きながら、エルフの国に伝わる戦術論を叩き込んできた。
「いい? 戦いは始まる前に七割が決まるわ。地形の把握、敵の兵種と規模、天候、そして味方の士気。それら全てを計算に入れて、複数の勝利パターンを組み立てる。それが指揮官の仕事よ」
彼女から語られる内容は、俺が勇者パーティーで漠然と考えていたことを遥かに高いレベルで体系化したものだった。それは、個々の英雄の力に頼る人間の戦術とは根本的に異なる、森という複雑な地形で生き抜いてきたエルフならではの緻密で合理的な知恵の結晶だった。
俺は、まるで乾いたスポンジが水を吸うように彼女の知識を吸収していった。その飲み込みの速さには、教える側のルナリエル自身が一番驚いていた。
「……あなた、本当に何者なの。実戦経験もないのに、なぜこれほど理解が速いのよ」
「さあな。昔から、物事を組み立てて考えるのは好きだったから」
俺はそう言って笑ったが、心の中では分かっていた。これは勇者パーティーでの経験が生きていたのだ。常に戦力外だった俺は、戦闘中いつも一歩引いた場所から戦場全体を俯瞰していた。誰がどこで戦い、誰が疲弊し、どこに危険が迫っているか。その全てを把握し、最悪の事態を避けるためのシミュレーションを頭の中で何度も繰り返していた。その経験が今、ルナリエルの教えと結びつき、俺の中で確かな『戦術』として形になりつつあった。
そんなある日、俺たちは村の防御について話し合っていた。
「この村は丘の上にあるから地の利はある。だけど、防御設備と呼べるものが何もないのが問題だな。見張り台はあってもただの見張り台だ。敵が攻けてきたら、ただ広場で迎え撃つしかない」
俺がそう指摘すると、村長も難しい顔で頷いた。
「左様……。これまで大きな脅威がなかったから、それで済んできたが……」
その言葉を聞いていたルナリエルが、呆れたように言った。
「あなたたち、本当に無防備なのね。城壁の一つもないなんて、どうぞ襲ってくださいと言っているようなものじゃない」
「城壁と言われてもな。俺たちには、そんなものを作る技術も人手もない」
タロウが悔しそうに反論する。
「技術なら、ここにあるじゃない」
ルナリエルはこともなげに自分の胸を指さした。
「エルフの建築術を知らないの? わたしたちは石を積んだりしないわ。森と共に砦を築くのよ」
彼女の提案で、俺たちは村を囲む防壁の建設に取り掛かることになった。それは、俺たちがこれまで知っていた『建築』とは全く異なるものだった。
まず、ルナリエルは村を囲むように生えている比較的若い木々を選定した。そして彼女は一本一本の木に手を触れ、静かに何かを囁きかける。すると、木々はまるで意志を持っているかのようにその枝をしならせ、互いに絡み合い始めたのだ。
「これは……!?」
村人たちが、目の前の光景に息を呑む。俺もただただ驚いていた。
「エルフは木々と対話できるの。彼らの成長を少しだけ手助けしてあげているだけよ」
ルナリエルはそう言って微笑んだ。絡み合った枝は、やがて分厚く強固な壁を形成していく。それは、人間が作ったどんな柵よりも頑丈で、自然と完全に調和した美しい緑の城壁だった。
次に、彼女は村の入り口にある見張り台の改築に取り掛かった。
「ただ高いだけじゃ意味がないわ。敵の死角をなくし、複数の射手が同時に攻撃できる構造にしなくては」
彼女は、俺が戦術論に基づいて描いた設計図を元に、村の若者たちに的確な指示を出していく。彼女の指導の下、若者たちは驚くほど効率的に作業を進めた。ただの見張り台は、みるみるうちに複数の射撃口と、矢や石を落とすための仕掛けを備えた堅牢な砦へと姿を変えていった。
そして、仕上げはセレスティアの役目だった。
「聖なる守りよ、この壁に宿り、邪なる者の侵入を拒みたまえ」
彼女が祈りを捧げると、完成した緑の城壁と砦が淡い光に包まれた。それは、邪な心を持つ者が触れると弾き返される聖なる結界だった。
数日後。俺たちの村は見違えるような姿になっていた。
自然と調和した美しい緑の城壁。戦略的に配置された堅牢な砦。そして、それら全てを守る聖なる結界。それはもはやただの村ではなかった。難攻不落の『要塞都市エデン』の原型が、そこに誕生した瞬間だった。
完成した防壁の上から、俺たちは自分たちの村を見下ろしていた。
「すごいな……。これなら、多少の魔物の群れが来たってびくともしない」
俺が感心して言うと、ルナリエルは得意げに胸を張った。
「当たり前でしょ。わたしの知識とあなたの知恵、そして聖女様の力が合わされば、これくらい造作もないわ」
隣でセレスティアも嬉しそうに微笑んでいる。
「はい。三人で力を合わせれば、なんだってできる気がします」
俺と聖女とエルフの剣士。
全く違う能力を持つ俺たちが、それぞれの長所を活かし、一つの目標に向かって力を合わせる。その結果がこの難攻不落の要塞だった。
俺は、自分たちが築き上げたものを見て確かな手応えを感じていた。
俺たちの楽園は、ただ守られるだけの弱い存在じゃない。自分たちの手で、自分たちの居場所をより強く、より豊かにしていくことができる。その自信が、村全体に満ち溢れ始めていた。
だが、俺たちはまだ知らなかった。
俺たちが築き上げたこの楽園が、やがて世界の運命を左右するほどの大きな存在となり、そして新たな出会いと、避けることのできない戦いを呼び寄せることになるということを。
その予兆は、ある嵐の夜、一人の傷ついた少女が村の門を叩くという形で、静かに訪れようとしていた。
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