追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい

夏見ナイ

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第34話 竜血の目覚め

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全てが終わる、と誰もが思った。

地面に倒れたルナリエルに、三匹のワイバーンが死の鉤爪を振り下ろさんと急降下してくる。その光景はあまりにも絶望的だった。

その時、教会の方角から地を揺るがす咆哮が轟いた。

グオオオオオオオオン!

それはワイバーンたちの甲高い鳴き声とは全く質の違う、もっと重く、力強く、そして魂の根源を震わせるような真なる竜の咆哮だった。

その圧倒的な威圧感に、空を舞っていたワイバーンたちがぴたりと動きを止めた。本能的な恐怖。食物連鎖の頂点に立つ者への絶対的な服従心が、彼女たちの動きを縛り付けていた。

広場に立つアイリスの兄も、信じられないといった様子で教会の方向を睨みつけている。

「……なんだ、今の咆哮は……。この辺りに、あれほどの古竜が生息していたという報告は……」

生まれた、ほんの一瞬の隙。

俺にとって、それは全てを覆すには十分すぎる時間だった。

「セレスティア!」

俺は教会の窓で叫んでいた彼女の意図を完全に理解し、全力で駆けだした。ルナリエルは倒れているが、ワイバーンが怯えている今ならまだ時間は稼げる。問題の根源は教会にいるアイリスだ。

俺は教会の扉を蹴破るようにして中に飛び込んだ。客室へと続く階段を駆け上がると、そこには鬼気迫る形相のセレスティアがいた。彼女はベッドの上で激しく暴れるアイリスの身体を、必死に押さえつけている。

「リアム様! 彼女が……彼女の身体が……!」

セレスティアの悲鳴が響く。

アイリスの身体は、もはや人間のものではなかった。全身の肌は赤く上気し、そこかしこに本物の竜の鱗のような痣が浮かび上がっている。指先からは鋭い爪が伸び、瞳は爬虫類のように縦に裂けていた。身体から発せられる熱気は、部屋の空気を陽炎のように揺らめかせている。

竜血の暴走。彼女は人の形を失い、破壊の化身へと変貌する、まさにその瀬戸際にいた。

兄の非情な言葉が、彼女の心の最後の箍を外してしまったのだ。

俺は迷わなかった。

「――俺が、引き受ける!」

俺はベッドに駆け寄ると、暴れるアイリスの熱い手を両手で強く握りしめた。

その瞬間、灼熱の奔流が俺の身体へと流れ込んできた。

それはこれまで経験したどんな呪いとも違っていた。憎悪や絶望といった負の感情ではない。もっと根源的で純粋な、破壊と再生を司る竜の力そのもの。制御を失ったその力は、俺の身体を内側から焼き尽くし、塵一つ残さず消し去ろうとしてきた。

「ぐっ……あああああっ!」

思わず絶叫が漏れる。意識が灼熱の光に飲み込まれていく。

(負けるな……! ここで俺が呑まれたら、セレスティアも、ルナリエルも、村の皆も……!)

俺は最後の理性を振り絞って【代償転嫁】を発動させた。俺のスキルは、飢えた獣のようにその灼熱の力に喰らいついた。それはもはや浄化ではなかった。暴れ狂う竜の力を無理やりねじ伏せ、自分の支配下に置くような荒々しい乗っ取りだった。

どれほどの時間が経っただろうか。永遠にも思える苦痛の後、俺の身体を焼いていた灼熱の奔流は、ゆっくりとその勢いを弱めていった。暴走していた竜の力は俺の中で飼いならされ、温かい魔力へと変わっていく。

俺が顔を上げると、ベッドの上のアイリスは静かになっていた。

全身を覆っていた鱗のような痣は消え、荒い呼吸も穏やかな寝息に変わっている。彼女の瞳から爬虫類のような光は消え、代わりに透き通るような強い意志の光が宿っていた。

彼女は意識を取り戻していた。

俺と彼女の目が合う。彼女の瞳には感謝と、そしてほんの少しの驚きが浮かんでいた。

だが、感傷に浸っている時間はない。彼女はすぐに窓の外へと視線を移し、窮地に陥っているルナリエルの姿を捉えた。

彼女はゆっくりと上半身を起こすと、掠れた、しかし凛とした声でその名を呼んだ。

「――応えよ、我が半身! 来たれ、フレア!」

彼女がそう叫ぶと、部屋の空間がぐにゃりと歪み、真紅の魔法陣が床に現れた。魔法陣の中心から、眩い光と共に咆哮の主がその姿を現す。

それはまだ成体とは言えない小柄な竜だった。だが、その全身を覆う鱗は燃えるような真紅に輝き、その瞳にはワイバーンのような獣性ではない、古代竜の血を引く者だけが持つ高い知性が宿っていた。

相棒の幼竜、フレア。

「グルル……」

フレアは主であるアイリスに親愛の情を込めて喉を鳴らすと、すぐに彼女の意図を汲み取った。

次の瞬間、フレアは教会の窓ガラスを突き破り、嵐の空へと躍り出た。

広場では、咆哮の主の正体が分からず、ワイバーンたちが再びルナリエルへと襲いかかろうとしていた。

その三匹の前に、真紅の閃光が舞い降りる。

フレアは傷ついたルナリエルを庇うようにその前に降り立つと、自分より遥かに巨大なワイバーンたちを睨みつけ、威嚇するように鋭い牙を剥き出しにした。

その圧倒的な存在感を前に、ワイバーンたちは完全に動きを止めた。格の違いを本能で理解したのだ。

その光景を、アイリスの兄は信じられないものを見るような目で見ていた。

「馬鹿な……。アイリスが、フレアを……? 暴走せずに、完全に制御しているだと……!? あの出来損ないが、竜血を完全に乗りこなしたというのか……!」

彼の動揺した声が、嵐の音に混じって響き渡った。

戦いの流れは、再び変わった。

今度は、空の戦いが始まろうとしていた。
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