追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい

夏見ナイ

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第50話 楽園の名は

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エデンの名は交易商人ギデオンの働きもあって、瞬く間に周辺地域へと広まっていった。

それは希望の噂だった。
最果ての地に、どんな呪いも浄化され、大地は豊かに実り、人々が笑い合って暮らす理想郷がある。そこでは伝説の英雄たちが、一人の穏やかな青年を中心に静かに暮しているのだと。

その噂に惹かれて、エデンを訪れる人々が少しずつ現れ始めた。

ある者は不治の病に苦しむ家族を救うため、最後の望みを託して。
ある者は戦乱で故郷を失い、安住の地を求めて。
またある者はただ純粋に、伝説の楽園をその目で確かめたいという好奇心から。

俺たちはそんな彼らを、拒むことなく受け入れた。

セレスティアは助けを求めてきた者たちを、その聖なる力で分け隔てなく癒やした。ルナリエルは村の守護者として、移住者たちの安全を確保し、彼らが村に溶け込めるよう時に厳しく、時に優しく見守った。アイリスとフレアはその明るさで、故郷を失った者たちの凍てついた心を温め、ソフィアはその知恵で、村の規模拡大に伴う様々な問題を次々と解決していった。

村は日に日に大きくなっていった。新しい家が建ち並び、畑は広がり、子供たちの笑い声はさらに賑やかになった。かつて十数軒の家しかなかった寂れた村は、今や百人以上の人々が暮らす活気あふれる共同体へと成長していた。

その夜、俺たちは教会の談話室に集まっていた。暖炉の火が俺たち五人の顔を暖かく照らし出している。

「みんな、聞いてくれ」

俺は少し改まった口調で切り出した。

「この村もずいぶんと大きくなった。訪れる人も増えた。だけど俺たちのこの場所には、まだ正式な名前がない。村人たちは『エデン』と呼んでくれているが、それはあくまで愛称だ。だからそろそろ、俺たちの手でこの場所にふさわしい名前をつけてやりたいと思うんだ」

俺の提案に四人の少女たちは、それぞれの表情で頷いた。

「賛成ですわ、リアム様」

セレスティアが優しく微笑んだ。

「この場所はわたくしたちが、リアム様と共にゼロから築き上げてきた大切な場所ですもの。わたくしたちの手で名前を付けてあげるべきですわ」

「そうね。いつまでも『名無しの村』では締まりがないわ」

ルナリエルが腕を組んで頷く。

「わーい! 名前を決めるんですね! なんだか楽しそうです!」

アイリスが無邪気にはしゃいだ。

「ええ、良い考えです。名称を定めることは共同体のアイデンティティを確立する上で、極めて重要なプロセスですから」

ソフィアがいつものように知的な分析を加えてくれる。

「それで、何か良い案はあるか?」

俺がそう問いかけると、早速アイリスが元気よく手を挙げた。

「はい! はい! 『フレアといっしょ村』はどうでしょう! 可愛くて親しみやすいと思います!」

そのあまりにも安直なネーミングに、フレアが「グルル……」と嬉しそうに喉を鳴らす。だがルナリエルが即座に却下した。

「却下よ。そんな子供っぽい名前、この村の威厳に関わるわ。もっと、こう……力強くて高貴な名前がいいわね。例えば『シルヴァリオン』とか。エルフの言葉で『銀の月の輝き』を意味する、美しい響きよ」

「まあ、ルナリエ-ル様。それはあなたの故郷に由来するお名前ですわよね? 少し個人的すぎやしませんか?」

セレスティアが穏やかな口調で、しかし的確な指摘を入れる。

「それならセレスティア様は、何か良いお名前があるのですか?」

「ええ。わたくしは『サンクチュアリ』という名前を提案します。聖域、という意味です。ここは傷つき、苦しむ人々が安らぎを得られる聖なる場所ですもの。それにふさわしい名前だと思いますわ」

「ふむ。『聖域』ですか。悪くはありませんが、少し宗教的な響きが強すぎるかもしれませんね」

今度はソフィアが冷静に分析を加えた。

「名称は共同体の理念を体現しつつも、外部に対して過度な排他性を感じさせない普遍的なものであるべきです。その観点から言えば、私は『アカデメイア』を提案します。古代語で『知の集う庭』を意味する言葉です。ここは多様な知識と技術が集い、未来を創造していく場所となるべきですから」

聖女、エルフの王女、竜騎士、大賢者。それぞれの立場と個性が色濃く反映された名前の候補が、次々とテーブルの上に並べられていく。

だが、なかなか意見はまとまらない。みんなこの場所への想いが強いからこそ、簡単には譲れないのだ。

俺はそんな彼女たちの議論を、微笑ましく思いながら聞いていた。そしてふと、あることを思った。

「なあ、みんな」

俺が口を挟むと、四人の視線が一斉に俺へと集中した。

「みんなの案はどれも素晴らしいと思う。セレスティアの言うようにここは聖域だし、ルナリエルの言うように気高い場所であってほしい。アイリスの言うように親しみやすさも大事だし、ソフィアの言うように知が集う場所でもある」

俺は暖炉の炎を見つめながら、続けた。

「だけど俺は思うんだ。この場所の一番の本質は、もっとシンプルなものじゃないかって」

「……と、言いますと?」

セレスティアが不思議そうに首を傾げる。

「ここは俺たちみたいな、元は居場所のなかった奴らがようやく見つけた『楽園』なんだ。追放された俺、呪われた聖女、囚われの王女、一族から追われた竜騎士、記憶を失った賢者……。みんなそれぞれの地獄から逃れて、この場所にたどり着いた」

俺は四人の顔を一人一人、ゆっくりと見回した。

「だから難しく考える必要はないんじゃないか? 村の人たちが自然と呼び始めたあの名前が、一番この場所にふさわしい気がするんだ」

俺の言葉に四人ははっとしたように目を見合わせた。

そして最初に口を開いたのは、セレスティアだった。

「……エデン」

彼女はその名前を、大切な宝物のようにそっと口にした。

「旧約聖書に記された、最初の人間が住んだという理想郷の名前……。罪を犯し楽園を追われた人間が、再びその手で築き上げた新しい楽園……」

ソフィアがその言葉の意味を補足する。

「……悪くないわね」

ルナリエルがふっと口元を緩めた。

「うん! エデン! いい響きです!」

アイリスが満面の笑みで頷いた。

満場一致だった。

俺たちの村の名前は、その日正式に『エデン』に決まった。

それは誰か一人が決めた名前ではない。この場所に住む人々が自然と呼び始め、そして俺たちがその想いを受け継いで名付けた名前。

リアムが築いた、小さな楽園の誕生。

俺は仲間たちと顔を見合わせ、心からの笑みを浮かべた。

この名前と共に俺たちの新しい物語が、ここから始まるのだ。そんな確かな予感が、暖炉の暖かい光と共に俺たちの心を優しく包み込んでいた。
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