追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい

夏見ナイ

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第49話 エデンの特産品

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剣聖ダリウスが静かに去っていった王都の片隅で、英雄譚が腐臭を放ち始めていた頃。辺境の楽園エデンは収穫の喜びに満ち溢れていた。

教会の裏手に広がる畑は、もはやかつての死の大地の面影をどこにも残していなかった。瑞々しい緑の葉が太陽の光を浴びて輝き、地面の下では丸々と太った根菜がその出番を待っている。セレスティアの祝福を受けた大地は、惜しみなくその恵みを俺たちに与えてくれていた。

「わーい! 見てください、リアムさん! こんなに大きなカボチャが採れました!」

アイリスが自分の頭ほどもある巨大なカボチャを軽々と抱え上げ、満面の笑みで駆けてくる。その周りでは村の子供たちが歓声を上げながら、芋掘りに夢中になっていた。

「すごいな、アイリス。今日の晩飯はカボチャのシチューに決定だな」

俺がそう言って笑うと、近くで薬草を摘んでいたセレスティアが「まあ、腕が鳴りますわ」と嬉しそうに微笑んだ。

そんな平和な光景を、一人の男が信じられないといった表情で見つめていた。行商人のギデオンだ。彼はエデンで採れるという薬草の噂を頼りに、再びこの村を訪れていた。そしてわずか数ヶ月の間に楽園へと変貌を遂げたこの村の姿に、ただただ圧倒されていたのだ。

「……信じられん。本当に、おとぎ話の世界だ」

彼は俺たちの元へとゆっくりと近づいてきた。

「リアム殿。お久しぶりです。この村の変わりようには、ただ驚くほかありませんな」

「ギデオンさん、よく来てくれました。まあ、色々とありまして」

俺は苦笑しながら彼を迎えた。彼の目的は薬草の買い付けだ。俺はセレスティアが管理している薬草畑へと彼を案内した。

薬草畑に足を踏み入れた瞬間、ギデオンは目を見開いた。長年の行商人としての経験が、この畑の異常性を即座に告げていた。

「な……なんだ、この薬草は……!?」

畑に生えているのはごくありふれた種類の薬草のはずだった。だがそのどれもが通常のものより一回りも二回りも大きく、その葉は生命力に満ち溢れて青々と輝いている。畑全体から澄み切った清浄な魔力が立ち上っているのが、魔力に疎い彼にさえ感じられた。

「セレスティアの聖なる力がこの土地を浄化してくれたんです。おかげで薬草の育ちもすこぶる良いみたいで」

俺が説明すると、ギデオンは震える手で一本の薬草をそっと摘み取った。そして冒険者時代に培った鑑定の知識を総動員して、その品質を確かめ始めた。

「……嘘だろう」

彼の口から呻き声のような呟きが漏れた。

「この品質……王都の宮廷薬師が管理する薬草園で採れるものに匹敵する……いや、それ以上だ! 通常の三倍、いや五倍の薬効成分が含まれているぞ! こんなものが野ざらしの畑で育つなど……!」

彼は次にソフィアが品種改良を手掛けた野菜畑へと足を運んだ。そこでも彼は同じように衝撃を受けることになった。

「このトマト……! 食べただけで体の中から魔力が回復していくような感覚がある! これはただの野菜ではない! ポーションに近い効果を持つ『魔法野菜』だ!」

ギデオンはもはや興奮を隠しきれない様子だった。彼はこの辺境の村が、とんでもない宝の山であることを確信したのだ。

彼は俺の前に向き直ると、商人の顔つきで真剣に切り出した。

「リアム殿。単刀直入に言おう。この村で採れる薬草と野菜、全て私が買い取らせてはもらえないだろうか! もちろん、それ相応の対価はお支払いする! 王都の市場に流せばとんでもない値がつくことは私が保証しよう!」

その申し出は貧しい村にとっては、またとないチャンスだった。だが俺は静かに首を振った。

「申し訳ないが、ギデオンさん。俺たちに大金は必要ないんです」

俺の意外な答えに、ギデオンはきょとんとした顔をした。

「俺たちが欲しいのはこの村の暮らしを、もっと豊かにするための物資です。頑丈な鉄製の農具、暖かい毛織物の布地、子供たちのための本。そういった金ではすぐに手に入らないものと、交換という形ではどうだろうか」

俺の提案は暴利を貪るのではなく、村の未来を見据えた堅実なものだった。その誠実な態度にギデオンは深く感銘を受けたようだった。彼は商人の顔から一人の人間としての顔に戻ると、大きく頷いた。

「……参りました、リアム殿。あなたという人は本当に欲がない。いや、本当の豊かさが何かを知っているお人だ」

彼は俺に向かって深々と頭を下げた。

「分かりました。その条件、喜んでお受けしましょう。いえ、ぜひ私にエデンとの専属交易商人を務めさせてはいただけないだろうか。私が責任を持って、あなた方が必要とする物資をこの村へお届けすることをお約束します」

こうして俺たちの村とギデオンとの間に、固い信頼に基づいた交易の関係が結ばれた。

その日から村はさらに目覚ましい発展を遂げることになった。

数週間後、ギデオンは約束通り山のような物資を積んだ荷馬車を連れて村へやってきた。村人たちは初めて手にする鉄製のクワや鋤の頑丈さに驚き、色とりどりの美しい布地に歓声を上げた。

そしてエデンの特産品は、ギデオンの手によって王都や他の都市へと流通し始めた。

『エデンの聖薬』と名付けられた薬草は、その驚異的な効果からたちまち市場で評判となった。どんな傷もたちどころに癒やし、難病さえも和らげるというその薬草は、貴族や富裕層の間で金や宝石以上の価値で取引されるようになった。

『太陽の恵み』と名付けられた魔法野菜もまた、食通の舌を唸らせ、その高い栄養価と魔力回復効果から冒険者や魔術師たちの間で爆発的な人気を博した。

エデンは経済的にも急速に豊かになっていった。手に入れた資金で俺たちは新しい家を建て、道路を整備し、子供たちのための本格的な学び舎を建設した。村人たちの暮らしは見違えるように向上した。

ギデオンは取引を終えて王都へ戻る道中、様々な場所で『エデン』の噂を耳にするようになっていた。それはもはやおとぎ話としてではなく、誰もが羨む理想郷の伝説として確かな熱量を持って語られていた。

「辺境の楽園エデンか……。あそこは本当にすごい場所だ」

彼は満足げに微笑んだ。自分がその伝説の一端を担っているという誇りが、彼の胸を満たしていた。

だが、彼はまだ知らなかった。

光が強ければ、その影もまた濃くなるということを。

エデンの輝かしい評判は善良な人々だけでなく、その富を妬み、我が物にしようと企むよこしまな心を持つ者たちの耳にも、確実に届き始めていた。

楽園に新たな脅威の影が、静かに、しかし確実に忍び寄っていた。
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