追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい

夏見ナイ

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第51話 悪徳領主の食指

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秋の柔らかな日差しが、黄金色に実った麦畑を照らしていた。

俺たちの村、エデンは収穫祭の準備で活気に満ち溢れていた。村の男たちは収穫した麦の束を運びながら陽気な歌を歌い、女たちは湖で獲れた魚や森で採れた木の実を使って、祭りのための特別な料理の仕込みに精を出している。

広場では子供たちがアイリスとフレアにじゃれつき、その周りをルナリエルが呆れたような、しかしどこか優しい表情で見守っている。教会の学び舎からはセレスティアが子供たちに教える、穏やかな歌声が聞こえてきた。ソフィアは村長と共に新しい灌漑システムの最終調整を行っている。

誰もが笑い、誰もが明日に希望を抱いている。
俺はそんなかけがえのない光景を、教会の鐘楼の上から静かに見下ろしていた。

追放されたあの日には想像もできなかった光景だ。俺が仲間たちと共に、ゼロから築き上げた楽園。この平和がずっと続いてくれればいい。心の底からそう願っていた。

だが、光が強ければその影もまた濃くなる。

エデンの噂は、もはや辺境だけの伝説ではなかった。行商人ギデオンのような誠実な者たちだけでなく、金になりそうな話にはどこへでも嗅ぎつける、ハイエナのような情報屋たちの耳にもその名は届いていた。

『辺境の黄金郷、エデン』
『どんな病も癒やす聖女と、古代魔法を操る賢者が住まう奇跡の村』
『その村で採れる薬草は、同量の金に匹敵する価値を持つ』

噂は尾ひれがつき、事実と虚構が入り混じりながら、王都の薄汚れた酒場から貴族たちの煌びやかなサロンまで、あらゆる場所で囁かれるようになっていた。

そしてその噂は、聞くべきではない男の耳にもついに届いてしまった。



エデンから馬車で三日ほどの距離にある、領主の館。
その主である辺境伯、バルカス・フォン・シュナイダーは、不機嫌そうに眉間の皺を寄せていた。

「……エデン、だと?」

彼の執務室は彼の内面を映し出すかのように、悪趣味なほどに飾り立てられていた。壁には趣味の悪い剥製がいくつも飾られ、机の上には飲み干された高級ワインの瓶が無造作に転がっている。

バルカス自身もまた、その部屋にふさわしい男だった。贅沢な食事でたるみきった身体を窮屈そうな絹の服に押し込めている。その小さな瞳は常に強欲と猜疑心で濁っていた。

彼の目の前には痩せた鼠のような顔つきの情報屋が、卑屈な笑みを浮かべて控えている。

「へい、旦那様。なんでも旦那様のこの領地の、一番端っこにある寂れた村が、ここ数ヶ月でとんでもない発展を遂げているそうで。そこで採れる薬草や野菜は王都で高値で取引されているとか。ギデオンの奴め、我々を出し抜いて随分と甘い汁を吸っていたようでございます」

その報告にバルカスの顔が怒りで紫色に変わっていく。

「……黙れ」

低い声に情報屋はびくりと肩を震わせた。

「俺の領地で、俺の許可なく勝手に儲けている奴らがいるだと? それもあのギデオンが? そして領主であるこの俺が、その事実を今まで知らなかったと? どういうことだ、説明しろ!」

バルカスは近くにあった銀の杯を情報屋に向かって投げつけた。杯は情報屋の頭をかすめ、壁に当たって甲高い音を立てて落ちる。

「ひぃっ! も、申し訳ございません! その村はあまりにも辺鄙な場所にあったものですから、我々の監視網からも外れておりまして……」

「言い訳は聞きたくない!」

バルカスはぜえぜえと荒い息をついた。彼は民を統治することにも領地の発展にも、一切興味がなかった。彼にとって領民とは税を搾り取るための家畜であり、領地とは私腹を肥やすための畑に過ぎない。

その自分の畑で、見知らぬ誰かが自分に断りなく勝手に作物を育てて売っていた。その事実が彼の強欲な心を許しがたい侮辱で満たした。

「……面白い。実に、面白い」

やがて彼の顔に、蛇のようなねっとりとした笑みが浮かんだ。

「そのエデンとかいう村、俺が直々に管理してやることにしよう。俺の慈悲深い統治の下でなら、奴らはもっと多くの富を生み出すに違いない。そしてその富は当然、領主であるこの俺が正しく分配してやらねばならんな」

彼の言う『正しい分配』が何を意味するのかは明らかだった。

彼は傍らに控えていた腹心の代官に、尊大な態度で命じた。

「おい、使者を立てろ。そのエデンとかいう生意気な村に、これまでの納税義務を怠ってきた罰として法外な税金を課すと伝えろ。もし逆らうようなら俺の軍隊が、その楽園とやらを本当の地獄に変えてやると、丁寧にな」

「ははっ! かしこまりました、バルカス様」

代官は主と同じように、下卑た笑みを浮かべて深々と頭を下げた。

バルカスは窓の外に広がる自分の領地を眺めながら、ほくそ笑んだ。彼の頭の中ではエデンから搾り取った富で、さらに贅沢な暮らしをする自分の姿がありありと映し出されていた。

彼はその村にどんな者たちが住んでいるのか、調べようとさえしなかった。彼にとって辺境の村人など蟻や虫けらと同じ。踏み潰せば黙って従うに決まっている。そう、信じて疑わなかった。

その愚かな思い込みがやがて自らの破滅を招くことになるなど、夢にも思わずに。

数日後。

平和なエデンの村の入り口に、一台の豪奢な馬車が土埃を上げて止まった。

見張り台にいたタロウが警戒の鐘を鳴らす。村人たちが何事かと広場に集まってきた。

馬車から降りてきたのは小太りで、役人風の派手な服を着た男だった。その顔には村人たちを見下すような、傲慢な笑みが張り付いている。

俺と仲間たちもその異様な光景に気づき、広場へと向かった。

役人の男は集まった俺たちを一瞥すると、まるで汚物でも見るかのような目で吐き捨てるように言った。

「誰がここの責任者だ。偉大なる領主、バルカス様からのありがたいお達しを伝えに来てやったぞ」

その尊大な態度と男から放たれる濁った欲望の匂い。

俺は静かに、しかしはっきりと感じ取っていた。

俺たちが築き上げたこの穏やかな楽園に、初めて明確な『悪意』がその食指を伸ばしてきたのだと。
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