追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい

夏見ナイ

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第52話 理不尽な要求

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「責任者は誰だ」

代官と名乗った小太りの男は、尊大な態度で広場に集まった俺たちを見回した。その濁った瞳は村人たちを値踏みし、あからさまに見下している。村の男たちが、その侮辱的な態度に怒りで顔をこわばらせた。

俺は、そんな仲間たちを手で制し、静かに一歩前に出た。

「俺がこの村のまとめ役をしているリアムだ。領主様からのお達しとは?」

俺が名乗り出ると、代官は鼻を鳴らした。

「ふん、お前のような若造がか。まあいい」

彼は懐から取り出した羊皮紙の巻物を、芝居がかった仕草で広げた。そして、そこに書かれた内容を抑揚をつけて読み上げ始めた。その声は広場の隅々まで響き渡った。

「偉大なる辺境伯、バルカス・フォン・シュナイダー様はこう仰せである! 我が領地にありながら長年にわたり納税の義務を怠ってきた不届き千万なるこの村に対し、寛大なる心をもって最後の機会を与える、と!」

その言葉に、村人たちの間に動揺が走る。納税の義務など、これまで一度もなかったからだ。この村はあまりにも辺鄙なため、歴代の領主からも忘れ去られ、実質的な自治状態にあったのだ。

代官はそんな村人たちの反応を楽しむかのように、にやりと口の端を吊り上げた。

「よって命ずる! まずはこれまでの五年分の未納分として、この村で収穫された全ての作物、薬草、そして家畜の八割を、三日以内に我が館へ納めること!」

広場が絶句した。
八割。それは実質的に村から全ての富を奪い去るに等しい、略奪そのものだった。そんなことをすれば、俺たちはこの冬を越すことさえできない。

「ふ、ふざけるな!」

タロウが怒りに震える声で叫んだ。

「そんな無茶苦茶な話があるか! 俺たちを飢え死にさせる気か!」

その声に呼応するように、他の村人たちからも怒りの声が上がる。だが代官は全く動じなかった。

「静まれ、愚民ども! これはまだ序の口だ! 聞け!」

彼はさらに声を張り上げた。

「そして今後毎年、この村が生み出す全ての富の七割を税としてバルカス様へ献上することを、ここに固く命ずる! これは領主様による決定事項である! ありがたく思え!」

七割。毎年だ。それはもはや税ではない。奴隷契約だった。

広場は怒りを通り越して、絶望的な沈黙に包まれた。誰もがその理不尽すぎる要求に言葉を失っていた。

その時だった。

「……面白い冗談ね」

冷たく鋭い声が響いた。ルナリエルだ。彼女は腕を組んだまま、氷のような瞳で代官を睨みつけていた。その手はいつの間にか腰の剣の柄に置かれている。

「下等な人間の分際で随分と偉そうじゃない。その汚らわしい舌、引き抜かれたいの?」

その言葉から放たれる尋常ならざる殺気。代官の顔が一瞬だけひきつった。彼はルナリエルがただの村娘ではないことを本能で感じ取ったのだ。

アイリスもまた、代官の傲慢な態度が気に入らなかったのだろう。彼女の背後で控えていたフレアが「グルルル……」と低い唸り声を上げ、鋭い牙を剥き出しにした。

「ひっ……!?」

代官は真紅の竜の姿を間近で見て、小さく悲鳴を上げた。

「リアム様……」

セレスティアは不安げに俺の袖を掴んだ。ソフィアは冷静に代官の言葉を分析し、俺の耳元で静かに囁いた。

「リアムさん。この要求は王国法に照らし合わせても完全に違法です。辺境伯といえど、これほどの重税を課す権限はありません。明らかな職権乱用ですわ」

仲間たちの反応が俺の背中を押した。

俺は感情的になることなく、あくまで穏やかな口調で代官に語りかけた。

「代官殿。お話は分かりました。ですが、その要求にはいくつかおかしな点があるようです」

「……何だと?」

代官は俺の落ち着き払った態度に、少し面食らったようだった。

「まず、五年分の未納分とのことですが。我々の記録、そして村の長老たちの記憶によれば、この村が領主様から納税を求められたことは過去一度もございません。存在しない義務の未納分を払うことはできません」

俺は理路整然と一つ目の矛盾を指摘した。

「ぐっ……そ、それはお前たちが勝手に義務を忘れていただけだ!」

「では、その義務を定めた法令か、あるいは過去の徴税記録をお示しいただけますか? それがなければ、我々としても納得いたしかねます」

「なっ……!」

代官が言葉に詰まる。そんなものが存在するはずがないからだ。

俺は間髪入れずに続けた。

「次に今後の税率についてですが。ソフィアの知る限り、王国法で定められた税率の上限は収穫の三割までのはずです。七割という税率は法を逸脱した不当な要求と言わざるを得ません」

「う、うるさい! ここは辺境だ! 辺境の法は領主であるバルカス様ご自身なのだ!」

苦し紛れの主張だった。完全に論理性を失っている。

俺は静かに、しかしきっぱりと最後の言葉を告げた。

「以上の理由から、我々エデンの民はその理不尽な要求を受け入れることはできません。お引き取りください、代官殿」

それは穏やかで丁寧な、しかし一切の妥協を許さない絶対的な拒絶だった。

俺の言葉に、広場にいた村人たちがはっと息を呑んだ。そして誰からともなく、俺の言葉を支持する声が上がり始めた。

「そうだ! リアムさんの言う通りだ!」
「俺たちは奴隷じゃない!」

村人たちの心が一つになった瞬間だった。

代官の顔は、屈辱と怒りで熟したトマトのように真っ赤に染まっていた。彼はまさか辺境の虫けらのような村人たちから、真正面から反論され拒絶されるなどとは夢にも思っていなかったのだ。

「……き、貴様ら……!」

彼はわなわなと震える指で俺を指さした。

「ただの村人の分際で、領主であるバルカス様に逆らうというのか! 後悔しても知らんぞ! お前たちのその楽園が、軍靴で踏み潰され炎に包まれることになるのだからな!」

それは脅迫だった。

だが俺たちの心は、もう揺らがなかった。ルナリエルが一歩前に出ようとするのを、俺は手で制した。ここで暴力を振れば相手に口実を与えるだけだ。

「脅しですか? 残念ながら我々には、このエデンを守るだけの力がありますので」

俺は背後に立つルナリエ ルと、フレアを従えたアイリスをちらりと見やった。その無言の圧力に、代官は再び顔を引きつらせた。

彼はこれ以上の交渉は無意味だと悟ったのだろう。

「……覚えておれよ、小僧……!」

代官は負け犬の遠吠えのような捨て台詞を残すと、慌てて馬車に乗り込み、鞭を鳴らして逃げるように去っていった。

去っていく馬車を見送りながら、村人たちは口々に歓声を上げた。俺たちの最初の勝利だった。

だが、俺の表情は晴れなかった。

これは勝利ではない。ただ、戦いの始まりを告げるゴングが鳴ったに過ぎない。

バルカスという悪徳領主は、このまま黙って引き下がるような男ではないだろう。次に彼が打ってくる手はもっと直接的で、暴力的なものになるはずだ。

俺は仲間たちと共に、静かに空を見上げた。

エデンの青い空に、初めて戦いの暗雲が立ち込め始めていた。
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