追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい

夏見ナイ

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第53話 嫌がらせと空路確保

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代官が逃げるように去っていった後、エデンの広場は一時的な勝利の歓声に包まれた。だが、その興奮が冷めると、村人たちの顔には新たな不安の影が差した。

「リアム様、わしらは本当に大丈夫なのでしょうか……」

村長が心配そうな顔で俺に尋ねてきた。

「領主様をあのように怒らせてしまって……。軍隊が攻めてきたら、我々はどうすることも……」

その不安は、すぐに他の村人たちにも伝染した。これまで貧しくとも平和に暮らしてきた彼らにとって、領主という絶対的な権力者と敵対することは想像を絶する恐怖なのだ。

俺はそんな彼らの不安を打ち消すように、穏やかに、しかし力強く言った。

「大丈夫です。皆さん、忘れないでください。この村にはもう守るための力がある」

俺は隣に立つ仲間たちを見回した。

「ルナリエルがいます。アイリスとフレアがいます。セレスティアの祈りとソフィアの知恵もあります。そして何より、この村を守りたいと願う皆さんの団結がある。俺たちが力を合わせれば、領主の軍隊など恐るるに足りません」

俺の言葉に、村人たちの顔に少しずつ決意の色が戻っていく。そうだ、俺たちはもう無力なだけの村人ではない。俺たちにはこの楽園を自分たちの手で守り抜く力があるのだ。

「リアムの言う通りよ」

ルナリエルが静かに剣の柄を叩いた。

「もし軍隊が来るというなら、わたしが先陣を切って一人残らず森の肥やしにしてあげるわ」

その物騒だが何よりも頼もしい一言に、村の若者たちの顔に勇気が戻った。

「そうだ! 俺たちだって黙ってやられるもんか!」
「リアム様とお嬢様方がいるんだ! 俺たちも戦うぞ!」

村人たちの士気は再び高まった。俺は、その様子に満足して頷いた。だが、心の中では冷静に次の手を考えていた。バルカスのような小物は、いきなり軍隊を動かすような大事にはしないだろう。まずはもっと陰湿で、じわじわと俺たちを追い詰めるような嫌がらせから仕掛けてくるはずだ。

その予測は数日後に現実のものとなった。

「大変だ、リアム殿!」

行商人ギデオンが、一頭の馬だけで慌てふためいた様子で村へ駆け込んできた。彼の顔は真っ青だった。

「街道が……エデンに続く唯一の街道が、領主様の兵士たちによって完全に封鎖されてしまった!」

彼の報告に村に衝撃が走った。

バルカスの最初の嫌がらせは兵糧攻めだった。エデンと外部を繋ぐ唯一の道を閉ざし、物資の搬入も特産品の搬出も一切できなくしてしまったのだ。この村を経済的に孤立させ、干上がらせようという、陰湿で、しかし効果的な一手だった。

「なんてこった……! これじゃあ、ギデオンさんが運んできてくれるはずだった鉄や塩が手に入らねえ!」
「俺たちの育てた薬草も売れなくなっちまう!」

村人たちの間に再び動揺が広がる。俺たちがいくら自給自足できるといっても、生活に必要な全てを村の中だけで賄えるわけではない。この封鎖が長引けば、いずれ俺たちの生活は立ち行かなくなるだろう。

「くっ……! なんて卑劣な手を……!」

ルナリエルが悔しそうに唇を噛む。彼女の剣は無敵だが、経済封鎖を斬り裂くことはできない。

村人たちが不安にざわめく中、俺はただ一人冷静だった。

俺は空を見上げた。どこまでも広がる青い空を。

そして、ぽつりと呟いた。

「道がダメなら、空を使えばいいじゃないか」

俺のその一言に、広場にいた全員がはっとしたように顔を上げた。そしてその視線は、自然と一人の少女とその相棒へと注がれた。

アイリスはきょとんとした顔で周りを見回していたが、やがて自分の役割を理解すると、ぱあっと顔を輝かせた。

「そっか! その手がありましたね!」

彼女は自分の胸をぽんと叩き、満面の笑みで言った。

「任せてください、リアムさん! わたしとフレアが空の道を作ってあげます!」

その日の午後。
街道が封鎖されている関所の少し手前の森の中。ギデオンは、自分の荷馬車を見上げながら、まだ半信半疑といった顔をしていた。

「リアム殿……。本当にこんな大きな荷物を空から運べるというのか……?」

「まあ、見ていてください」

俺がそう言って笑うと、アイリスがフレアの首を優しく撫でた。

「お願いね、フレア。一番大きくて丈夫な網をお願い」

「グルル!」

フレアは心得たとばかりに頷くと、その口から特殊な粘液で編まれた巨大で頑丈な網を吐き出した。それは竜だけが作り出せる魔法の運搬具だった。

村の男たちと協力し、ギデオンの荷馬車から、交易品である鉄のインゴットや塩の袋、布地の巻物などをその網へと移していく。

準備が整うと、アイリスはフレアに合図を送った。

「さあ、行こう! エデン航空、第一便、出発でーす!」

フレアは山のような荷物が詰まった網を、その小さな身体からは想像もつかないほどの力で軽々と咥え上げると、力強く翼を羽ばたかせ大空へと舞い上がった。

街道を封鎖していた領主の兵士たちは、その信じがたい光景をただ呆然と見上げるしかなかった。

「な、なんだ、あれは……!?」
「赤い竜が……荷物を運んでいる……!?」

彼らの頭上を、フレアはあざ笑うかのように悠々と飛び越えていく。兵糧攻めのために築かれた封鎖線など、空を飛ぶ彼らにとっては地面に引かれた一本の線に過ぎなかった。

その日の夕方には、ギデオンが持ち込んだ全ての物資が何の問題もなくエデンの村へと運び込まれていた。

「はっはっは! 参った、参った! まさか竜の背に乗って荷物を運ぶ日が来るとはな!」

ギデオンは、少しだけ顔を青くしながらも、心の底から愉快そうに笑っていた。

「これで領主の嫌がらせは完全に無意味になったな」

俺の言葉に村人たちは再び歓声を上げた。

その頃、領主バルカスの館では。

「なんと! エデンの村は全くもって平然としておりますだと!?」

バルカスは、代官からの報告に怒りで顔を真っ赤にしていた。

「はい……。それが、その……赤い竜が現れ、空から物資を運んでいる、と……」

「竜だと!? なぜそんなものが辺境の村にいるのだ! 聞いておらんぞ!」

バルカスはテーブルの上のワイングラスを叩き割り、わめき散らした。彼の最初の嫌がらせは、彼が想像もしなかった方法でいともたやすく破られてしまったのだ。

「……面白い。面白いではないか、エデン。ただの虫けらだと思っていたが、少しは楽しませてくれそうだ」

彼の濁った瞳が、次なるより悪質な嫌がらせを思いつき、危険な光を宿した。

「ならば、次の手を打つまでだ。空がダメなら陸から攻める。今度はもっと腕の立つゴロツキどもを送り込んでやれ。あの生意気な村人どもに、本当の恐怖というものを教えてやるのだ」

彼の悪意はまだ尽きてはいなかった。だが、その悪意がエデンに住まう本物の『伝説』たちを本気で怒らせることになるということに、愚かな彼はまだ気づいてすらいなかった。
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