追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい

夏見ナイ

文字の大きさ
67 / 100

第67話 聖女の末路

しおりを挟む
で、聖女イリーナもまた自らが招いた絶望の淵を彷徨っていた。

『光の剣』が解散した後、彼女は一人になった。アレクのように無謀な戦いを挑むことも、マルスのように自室に引きこもることもなく、彼女はただこれまでの生活を維持しようと足掻いた。

Sランクパーティーの聖女。その肩書きは彼女に多くのものを与えてくれた。貴族たちのサロンへの出入り、豪華なドレスや宝石、そして民衆からの惜しみない賞賛と信仰。それらが彼女の自尊心を形成する全てだった。

パーティーが解散しBランクに降格したとはいえ、彼女にはまだ『聖女』という称号が残っていた。彼女はそれにすがった。

「わたくしは聖女イリーナ。神に選ばれし奇跡の担い手ですわ」

彼女は王都の大聖堂に身を寄せ、これまでと同じように信者たちの前で祈りを捧げ、その悩みに耳を傾けた。そして貴族たちが開く夜会にも以前と変わらず顔を出した。パーティーの解散はあくまでアレクの暴走が原因であり、自分は変わらず聖女として人々のために尽くすのだと必死にアピールした。

だが、現実は非情だった。

彼女の力の衰えは誰の目にも明らかだった。
以前なら軽く祈るだけで治せたはずの子供の風邪。今では全力で祈りを捧げても、その熱を少し下げることしかできない。そして、その度に彼女自身がひどい頭痛と吐き気に襲われる。

「聖女様……? なんだかお顔の色が優れませんが……」
「わたくしの子供の病、本当に治るのでしょうか……?」

信者たちの眼差しは賞賛から次第に疑念へと変わっていった。

貴族たちの態度はさらに露骨だった。
Sランクパーティーという後ろ盾を失った彼女は、もはや彼らにとってただの『落ち目の冒険者』でしかなかった。夜会に顔を出しても誰も彼女に声をかけようとしない。かつて彼女を取り巻いていた取り巻きたちは蜘蛛の子を散らすようにいなくなり、彼女はただ壁際に一人ぽつんと佇むだけだった。

「あら、あれはイリーナ様ではございませんこと?」
「ええ。でも、もう『光のの剣』は解散なさったのでしょう? もはやただの人ですわね」
「奇跡の力も失ってしまったとか。ただの美しいだけの置物ですわね、おほほ」

扇の影で交わされる残酷な囁き声。その全てが針のように彼女の心を突き刺した。

「……違う。わたくしは、まだ……!」

彼女は失われた栄光を取り戻すために焦った。
そして、その焦りが彼女をさらなる破滅へと導くことになる。

ある日、王都で名の知れた大商人の一人息子が原因不明の重い病に倒れた。高名な医者も教会の司祭も匙を投げたその難病を、イリーナは自ら「癒やしてみせる」と名乗り出たのだ。

これが成功すれば再び自分の名声を取り戻せる。奇跡の聖女は健在なのだと世に知らしめることができる。その一心だった。

彼女は大商人の屋敷に招かれ、病にやつれた少年の前に立った。そして自分の持てる全ての聖なる力をその一点に集中させた。

「おお、聖なる光よ! わたくしの祈りを聞き届け、このか弱き命に奇跡の恩寵を!」

彼女の身体からまばゆい光が放たれた。それは彼女が一人で放てる最後の、そして最大の輝きだった。

だが、その輝きは長くは続かなかった。

「ごふっ……! うっ……!」

光が最高潮に達した瞬間、彼女の身体をこれまで経験したことのないほどの凄まじい反動が襲った。内臓がねじ切れるかのような激痛。頭を万力で締め付けられるかのような頭痛。

彼女はその場に崩れ落ち、アレクと同じように自らの聖なる力の代償によって吐血した。

放たれた光は行き場を失って霧散する。少年の病は何一つ癒やされてはいなかった。

その光景を見ていた大商人の顔が期待から失望へ、そして怒りへと変わっていく。

「……貴様」

彼の低い声が部屋に響いた。

「よくも、この私を騙したな」

「ち、違います……! わたくしは本当に……!」

「黙れ、この詐欺師めが!」

大商人の怒声がイリーナの心を打ち砕いた。

その日から彼女の運命は坂道を転がり落ちるように墜ちていった。

『聖女イリーナ、奇跡の力を失い、大商人を騙した詐欺師に成り下がる』

そんな悪意に満ちた噂が王都中に広まった。彼女がこれまで築き上げてきた名声は一夜にして地に墜ちた。

大聖堂は彼女を『神を騙る偽善者』として追放した。信者たちは手のひらを返したように彼女を罵り、石を投げつけた。

「偽物め!」
「俺たちの信仰心を返せ!」

かつて自分を崇めていた民衆から向けられる憎悪の眼差し。イリーナは汚れたローブで頭を覆い、その場から逃げ出すことしかできなかった。

彼女は全てを失った。
住む場所も、食べるものも、そして自分を支えていたプライドさえも。

彼女はかつてアレクが見下していたスラム街を当てもなく彷徨うようになった。その美しい顔は汚れやつれ果て、かつての聖女の面影はどこにもなかった。

時折、街角で物乞いをし、通行人の情けにすがってその日暮らしのパンを手に入れる。それが彼女の日常となった。

そんな彼女の耳にも噂は届いていた。

辺境の地に『エデン』という名の楽園がある。
そこには『本物の聖女』がいるのだ、と。
その聖女はどんな代償もなしに、ただ祈るだけであらゆる奇跡を起こすのだ、と。

「……本物の、聖女……?」

イリーナは路地裏で冷たいパンをかじりながら、その噂を虚ろに繰り返した。

「……嘘よ。そんなもの、いるはずがない。奇跡には必ず代償が伴うもの……。わたくしがそうだったように……」

彼女は自分を慰めるようにそう呟いた。

その『本物の聖女』が、かつて自分が見下していたパーティーの雑用係の力によってその奇跡を顕現させているという真実に、彼女がたどり着く日は永遠に来ないのかもしれない。

彼女はただ自分が失った栄光の幻影を追い求めながら、王都の最も暗い場所で静かに、そして惨めに腐り落ちていくだけだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

貴族に無茶苦茶なことを言われたのでやけくそな行動をしたら、戦争賠償として引き抜かれました。

詰んだ
ファンタジー
エルクス王国の魔法剣士で重鎮のキースは、うんざりしていた。 王国とは名ばかりで、元老院の貴族が好き勝手なこと言っている。 そしてついに国力、戦力、人材全てにおいて圧倒的な戦力を持つヴォルクス皇国に、戦争を仕掛けるという暴挙に出た。 勝てるわけのない戦争に、「何とか勝て!」と言われたが、何もできるはずもなく、あっという間に劣勢になった。 日を追うごとに悪くなる戦況に、キースへのあたりがひどくなった。 むしゃくしゃしたキースは、一つの案を思いついた。 その案を実行したことによって、あんなことになるなんて、誰も想像しなかった。

元公務員、辺境ギルドの受付になる 〜『受理』と『却下』スキルで無自覚に無双していたら、伝説の職員と勘違いされて俺の定時退勤が危うい件〜

☆ほしい
ファンタジー
市役所で働く安定志向の公務員、志摩恭平(しまきょうへい)は、ある日突然、勇者召喚に巻き込まれて異世界へ。 しかし、与えられたスキルは『受理』と『却下』という、戦闘には全く役立ちそうにない地味なものだった。 「使えない」と判断された恭平は、国から追放され、流れ着いた辺境の街で冒険者ギルドの受付職員という天職を見つける。 書類仕事と定時退勤。前世と変わらぬ平穏な日々が続くはずだった。 だが、彼のスキルはとんでもない隠れた効果を持っていた。 高難易度依頼の書類に『却下』の判を押せば依頼自体が消滅し、新米冒険者のパーティ登録を『受理』すれば一時的に能力が向上する。 本人は事務処理をしているだけのつもりが、いつしか「彼の受付を通った者は必ず成功する」「彼に睨まれたモンスターは消滅する」という噂が広まっていく。 その結果、静かだった辺境ギルドには腕利きの冒険者が集い始め、恭平の定時退勤は日々脅かされていくのだった。

レベル1の時から育ててきたパーティメンバーに裏切られて捨てられたが、俺はソロの方が本気出せるので問題はない

あつ犬
ファンタジー
王国最強のパーティメンバーを鍛え上げた、アサシンのアルマ・アルザラットはある日追放され、貯蓄もすべて奪われてしまう。 そんな折り、とある剣士の少女に助けを請われる。「パーティメンバーを助けてくれ」! 彼の人生が、動き出す。

姉の陰謀で国を追放された第二王女は、隣国を発展させる聖女となる【完結】

小平ニコ
ファンタジー
幼少期から魔法の才能に溢れ、百年に一度の天才と呼ばれたリーリエル。だが、その才能を妬んだ姉により、無実の罪を着せられ、隣国へと追放されてしまう。 しかしリーリエルはくじけなかった。持ち前の根性と、常識を遥かに超えた魔法能力で、まともな建物すら存在しなかった隣国を、たちまちのうちに強国へと成長させる。 そして、リーリエルは戻って来た。 政治の実権を握り、やりたい放題の振る舞いで国を乱す姉を打ち倒すために……

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

神眼のカードマスター 〜パーティーを追放されてから人生の大逆転が始まった件。今さら戻って来いと言われてももう遅い〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「いいかい? 君と僕じゃ最初から住む世界が違うんだよ。これからは惨めな人生を送って一生後悔しながら過ごすんだね」 Fランク冒険者のアルディンは領主の息子であるザネリにそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 父親から譲り受けた大切なカードも奪われ、アルディンは失意のどん底に。 しばらくは冒険者稼業をやめて田舎でのんびり暮らそうと街を離れることにしたアルディンは、その道中、メイド姉妹が賊に襲われている光景を目撃する。 彼女たちを救い出す最中、突如として【神眼】が覚醒してしまう。 それはこのカード世界における掟すらもぶち壊してしまうほどの才能だった。 無事にメイド姉妹を助けたアルディンは、大きな屋敷で彼女たちと一緒に楽しく暮らすようになる。 【神眼】を使って楽々とカードを集めてまわり、召喚獣の万能スライムとも仲良くなって、やがて天災級ドラゴンを討伐するまでに成長し、アルディンはどんどん強くなっていく。 一方その頃、ザネリのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 ダンジョン攻略も思うようにいかなくなり、ザネリはそこでようやくアルディンの重要さに気づく。 なんとか引き戻したいザネリは、アルディンにパーティーへ戻って来るように頼み込むのだったが……。 これは、かつてFランク冒険者だった青年が、チート能力を駆使してカード無双で成り上がり、やがて神話級改変者〈ルールブレイカー〉と呼ばれるようになるまでの人生逆転譚である。

悪役令嬢扱いで国外追放?なら辺境で自由に生きます

タマ マコト
ファンタジー
王太子の婚約者として正しさを求め続けた侯爵令嬢セラフィナ・アルヴェインは、 妹と王太子の“真実の愛”を妨げた悪役令嬢として国外追放される。 家族にも見捨てられ、たった一人の侍女アイリスと共に辿り着いたのは、 何もなく、誰にも期待されない北方辺境。 そこで彼女は初めて、役割でも評価でもない「自分の人生」を生き直す決意をする。

『ゴミ溜め場の聖女』と蔑まれた浄化師の私、一族に使い潰されかけたので前世の知識で独立します

☆ほしい
ファンタジー
呪いを浄化する『浄化師』の一族に生まれたセレン。 しかし、微弱な魔力しか持たない彼女は『ゴミ溜め場の聖女』と蔑まれ、命を削る危険な呪具の浄化ばかりを押し付けられる日々を送っていた。 ある日、一族の次期当主である兄に、身代わりとして死の呪いがかかった遺物の浄化を強要される。 死を覚悟した瞬間、セレンは前世の記憶を思い出す。――自分が、歴史的な遺物を修復する『文化財修復師』だったことを。 「これは、呪いじゃない。……経年劣化による、素材の悲鳴だ」 化学知識と修復技術。前世のスキルを応用し、奇跡的に生還したセレンは、搾取されるだけの人生に別れを告げる。 これは、ガラクタ同然の呪具に秘められた真の価値を見出す少女が、自らの工房を立ち上げ、やがて国中の誰もが無視できない存在へと成り上がっていく物語。

処理中です...