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第79話 完璧な対策
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フレアは雲を突き抜け、太陽の光が満ちる蒼穹を矢のように突き進んでいた。その速度は音速にさえ届こうかというほどで、眼下の地形は瞬く間にその姿を変えていく。
「すごい速度だな……。これなら王都まで半日もかからないかもしれない」
俺はフレアの首元にしがみつきながら感嘆の声を上げた。
「へへん、当たり前ですよ! フレアは世界で一番速いんですから!」
俺の後ろで操縦桿を握るアイリスが、誇らしげに胸を張る。
「だが、アイリス」
ダリウスが冷静な声で警告した。
「あまり高度を上げすぎるな。敵は空からの監視も怠ってはいないはずだ。できるだけ低空を、地形に沿って飛んでくれ」
「はい、ダリウスさん!」
ダリウスの的確な指示にアイリスは素直に従った。彼はパーティーに加わってから、その豊富な実戦経験を活かし俺の参謀役として貴重な助言を与えてくれるようになっていた。
俺たちは王都への中間地点に差し掛かっていた。眼下には、かつて王国騎士団が最後の防衛線を築いたという『王の街道』が一本の灰色の線となって伸びている。
その時だった。
「……リアム」
俺の隣に座っていたルナリエルが低い声で呟いた。彼女のエルフとしての鋭い感覚が、前方に異変を察知していた。
「何か来るわ。……おびただしい数の邪悪な気配が」
彼女がそう言った直後、俺たちの視界の先にそれは現れた。
黒い霧。
まるで大地の裂け目から湧き出してきたかのように、前方の大地をどこまでも広がる黒い霧が覆い尽くしていた。その霧の中からは、無数の呻き声とも叫び声ともつかない不気味な音が響いてくる。
「あれが……ヴラドの呪詛の軍勢……」
セレスティアが息を呑んだ。
俺たちも言葉を失った。それはもはや『軍勢』と呼べるような代物ではなかった。生命を持つものの気配が一切しない。ただ純粋な悪意と呪いだけが、意思を持った生き物のように渦を巻いている。
フレアは本能的な嫌悪感からか、グルル……と低い唸り声を上げ、その飛行速度を少し落とした。
「……どうしますか、リアムさん」
アイリスが緊張した声で尋ねてくる。
「このまま突っ切りますか? それとも迂回しますか?」
「いや」
俺は即座に答えた。
「迂回している時間はない。それに、ちょうどいい。奴らの力がどれほどのものか、ここで試させてもらう」
俺の言葉に仲間たちの顔に緊張が走る。
「ソフィア」
俺は後方に座る賢者に声をかけた。
「君の分析通りなら、あの霧に触れた者は精神を汚染される、だったな」
「はい。おそらくは幻覚を見せられ戦意を喪失させられるか、あるいは狂気に陥るか……。物理的な防御は意味をなさないでしょう」
「分かった。……みんな、俺のそばから離れるな」
俺はそう言うと、深く息を吸い込んだ。そして目を閉じ、意識を集中させる。
体内のスキル【代償転嫁】を活性化させる。それはもはや誰かの代償を受け止めるための受動的な力ではない。これから俺たちの身に降りかかるであろう、あらゆる『負の効果』を能動的に、そして根こそぎ奪い取るための攻撃的な『盾』だった。
「フレア、高度を下げてあの霧の中を真っ直ぐに突っ切ってくれ!」
俺の無謀とも思える命令。だがアイリスは一瞬の躊躇もなく、力強く頷いた。
「はい、リアムさん! 行きますよ、フレア!」
真紅の竜は咆哮と共にその進路を変え、黒い呪詛の霧の中へと一直線に降下していった。
霧の中に突入した瞬間、世界は闇に包まれた。
視界は完全に奪われる。耳元で無数の亡霊が囁きかけるような、おぞましい声が響き渡る。肌を撫でる空気は氷のように冷たく、魂そのものを凍らせるかのようだ。
そして俺たちの精神を直接攻撃する『呪い』が、津波のように襲いかかってきた。
それは仲間たち一人一人の、心の最も弱い部分を的確に突いてくる悪質な攻撃だった。
セレスティアの脳裏には、彼女がかつて苦しんだ呪いの痛みが蘇る。
ルナリエルの心には、魔剣に支配され狂気に陥っていた頃の悪夢が再び囁きかける。
アイリスには、兄から『出来損ない』と罵られた屈辱の記憶が。
ソフィアには、記憶を失い自分が誰なのかも分からずに彷徨っていた孤独の恐怖が。
ダリウスには、仲間を見捨て剣さえも振るえなくなった無力な自分自身の姿が。
誰もが一瞬、その精神攻撃に動きを止め、苦痛に顔を歪ませた。
だが、その呪いが彼らの心に根を張ることはなかった。
襲いかかってきた全ての『負の効果』――痛みも恐怖も、屈辱も孤独も無力感も――その全てが、彼らに届くほんの僅か手前で、まるで磁石に吸い寄せられる砂鉄のように俺の身体へとその進路を変えていったのだ。
「――っ!」
俺の身体を仲間たち全員分の心の闇が一度に駆け巡る。それは肉体的な痛みよりも遥かに堪える精神的な激痛だった。
だが俺は歯を食いしばって、その全てを受け止めた。
俺の体内で【代償転嫁】が荒れ狂う嵐のようにその力を発揮する。負の感情の奔流は瞬く間に浄化され、温かい純粋な魔力へと変換されていった。
「……!」
仲間たちははっと我に返った。
自分たちを襲ったはずの心の闇が嘘のように綺麗に消え去っている。それどころか、リアムの身体を通して逆に温かい、安心感に満ちた魔力が自分たちの心に流れ込んでくるのを感じていた。
彼らは一斉に、その中心にいる俺の背中を見た。
俺はただ静かに目を閉じて座っているだけだ。
だがその背中は、どんな城壁よりも、どんな結界よりも頼もしく、そして絶対的な安心感を彼らに与えていた。
「……リアム……」
ルナリエルが呆然と俺の名前を呟いた。
「……リアムさんが、全部……」
アイリスの声が震えている。
彼らは改めて、俺のスキルの本当の力の異様さを目の当たりにしたのだ。
やがてフレアは黒い霧の海を完全に突き抜けた。
背後には何事もなかったかのように、ただ黒い霧が渦巻いているだけだ。俺たちは誰一人傷つくことなく、その呪詛の領域を突破した。
ソフィアが、その紫色の瞳を驚愕に見開きながら呟いた。
「……すごい。これほどの広範囲かつ高密度の呪詛を、完全に無効化するなんて……。私の理論を遥かに超えています。リアムさん、あなたの力はまさに……」
彼女は適切な言葉を探すように少し黙考した。そして静かに、しかし確信に満ちた声で告げた。
「……完璧な対策(アンチ・カース)ですわ」
その言葉は、この絶望的な戦いにおける初めての、そして唯一の『勝利の条件』を明確に示したものだった。
「すごい速度だな……。これなら王都まで半日もかからないかもしれない」
俺はフレアの首元にしがみつきながら感嘆の声を上げた。
「へへん、当たり前ですよ! フレアは世界で一番速いんですから!」
俺の後ろで操縦桿を握るアイリスが、誇らしげに胸を張る。
「だが、アイリス」
ダリウスが冷静な声で警告した。
「あまり高度を上げすぎるな。敵は空からの監視も怠ってはいないはずだ。できるだけ低空を、地形に沿って飛んでくれ」
「はい、ダリウスさん!」
ダリウスの的確な指示にアイリスは素直に従った。彼はパーティーに加わってから、その豊富な実戦経験を活かし俺の参謀役として貴重な助言を与えてくれるようになっていた。
俺たちは王都への中間地点に差し掛かっていた。眼下には、かつて王国騎士団が最後の防衛線を築いたという『王の街道』が一本の灰色の線となって伸びている。
その時だった。
「……リアム」
俺の隣に座っていたルナリエルが低い声で呟いた。彼女のエルフとしての鋭い感覚が、前方に異変を察知していた。
「何か来るわ。……おびただしい数の邪悪な気配が」
彼女がそう言った直後、俺たちの視界の先にそれは現れた。
黒い霧。
まるで大地の裂け目から湧き出してきたかのように、前方の大地をどこまでも広がる黒い霧が覆い尽くしていた。その霧の中からは、無数の呻き声とも叫び声ともつかない不気味な音が響いてくる。
「あれが……ヴラドの呪詛の軍勢……」
セレスティアが息を呑んだ。
俺たちも言葉を失った。それはもはや『軍勢』と呼べるような代物ではなかった。生命を持つものの気配が一切しない。ただ純粋な悪意と呪いだけが、意思を持った生き物のように渦を巻いている。
フレアは本能的な嫌悪感からか、グルル……と低い唸り声を上げ、その飛行速度を少し落とした。
「……どうしますか、リアムさん」
アイリスが緊張した声で尋ねてくる。
「このまま突っ切りますか? それとも迂回しますか?」
「いや」
俺は即座に答えた。
「迂回している時間はない。それに、ちょうどいい。奴らの力がどれほどのものか、ここで試させてもらう」
俺の言葉に仲間たちの顔に緊張が走る。
「ソフィア」
俺は後方に座る賢者に声をかけた。
「君の分析通りなら、あの霧に触れた者は精神を汚染される、だったな」
「はい。おそらくは幻覚を見せられ戦意を喪失させられるか、あるいは狂気に陥るか……。物理的な防御は意味をなさないでしょう」
「分かった。……みんな、俺のそばから離れるな」
俺はそう言うと、深く息を吸い込んだ。そして目を閉じ、意識を集中させる。
体内のスキル【代償転嫁】を活性化させる。それはもはや誰かの代償を受け止めるための受動的な力ではない。これから俺たちの身に降りかかるであろう、あらゆる『負の効果』を能動的に、そして根こそぎ奪い取るための攻撃的な『盾』だった。
「フレア、高度を下げてあの霧の中を真っ直ぐに突っ切ってくれ!」
俺の無謀とも思える命令。だがアイリスは一瞬の躊躇もなく、力強く頷いた。
「はい、リアムさん! 行きますよ、フレア!」
真紅の竜は咆哮と共にその進路を変え、黒い呪詛の霧の中へと一直線に降下していった。
霧の中に突入した瞬間、世界は闇に包まれた。
視界は完全に奪われる。耳元で無数の亡霊が囁きかけるような、おぞましい声が響き渡る。肌を撫でる空気は氷のように冷たく、魂そのものを凍らせるかのようだ。
そして俺たちの精神を直接攻撃する『呪い』が、津波のように襲いかかってきた。
それは仲間たち一人一人の、心の最も弱い部分を的確に突いてくる悪質な攻撃だった。
セレスティアの脳裏には、彼女がかつて苦しんだ呪いの痛みが蘇る。
ルナリエルの心には、魔剣に支配され狂気に陥っていた頃の悪夢が再び囁きかける。
アイリスには、兄から『出来損ない』と罵られた屈辱の記憶が。
ソフィアには、記憶を失い自分が誰なのかも分からずに彷徨っていた孤独の恐怖が。
ダリウスには、仲間を見捨て剣さえも振るえなくなった無力な自分自身の姿が。
誰もが一瞬、その精神攻撃に動きを止め、苦痛に顔を歪ませた。
だが、その呪いが彼らの心に根を張ることはなかった。
襲いかかってきた全ての『負の効果』――痛みも恐怖も、屈辱も孤独も無力感も――その全てが、彼らに届くほんの僅か手前で、まるで磁石に吸い寄せられる砂鉄のように俺の身体へとその進路を変えていったのだ。
「――っ!」
俺の身体を仲間たち全員分の心の闇が一度に駆け巡る。それは肉体的な痛みよりも遥かに堪える精神的な激痛だった。
だが俺は歯を食いしばって、その全てを受け止めた。
俺の体内で【代償転嫁】が荒れ狂う嵐のようにその力を発揮する。負の感情の奔流は瞬く間に浄化され、温かい純粋な魔力へと変換されていった。
「……!」
仲間たちははっと我に返った。
自分たちを襲ったはずの心の闇が嘘のように綺麗に消え去っている。それどころか、リアムの身体を通して逆に温かい、安心感に満ちた魔力が自分たちの心に流れ込んでくるのを感じていた。
彼らは一斉に、その中心にいる俺の背中を見た。
俺はただ静かに目を閉じて座っているだけだ。
だがその背中は、どんな城壁よりも、どんな結界よりも頼もしく、そして絶対的な安心感を彼らに与えていた。
「……リアム……」
ルナリエルが呆然と俺の名前を呟いた。
「……リアムさんが、全部……」
アイリスの声が震えている。
彼らは改めて、俺のスキルの本当の力の異様さを目の当たりにしたのだ。
やがてフレアは黒い霧の海を完全に突き抜けた。
背後には何事もなかったかのように、ただ黒い霧が渦巻いているだけだ。俺たちは誰一人傷つくことなく、その呪詛の領域を突破した。
ソフィアが、その紫色の瞳を驚愕に見開きながら呟いた。
「……すごい。これほどの広範囲かつ高密度の呪詛を、完全に無効化するなんて……。私の理論を遥かに超えています。リアムさん、あなたの力はまさに……」
彼女は適切な言葉を探すように少し黙考した。そして静かに、しかし確信に満ちた声で告げた。
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