追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい

夏見ナイ

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第81話 絶望の王都

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フレアが飛行速度を落とし、緩やかに高度を下げていく。
眼下に見慣れた光景が広がってきた。大陸で最も栄えていると言われるアークライト王国の王都。その巨大なシルエットが、地平線の向こうからゆっくりと姿を現した。

だがその姿は、俺の記憶の中にあるものとはあまりにもかけ離れていた。

活気がない。
いつもならこの距離まで近づけば聞こえてくるはずの、市場の喧騒も人々の賑わいも何一つ聞こえてこない。それどころか王都全体が、まるで灰色の靄に包まれているかのようにその色彩を失っていた。

「……ひどい瘴気だ」

ダリウスが低い声で呟いた。彼の鋭い感覚は、王都を覆う見えざる呪いの気配を明確に感じ取っている。

フレアは市の外壁の上空で大きく旋回した。そして俺たちは言葉を失った。

眼下に広がるのは、もはや生者の住まう都ではなかった。
死の都。その言葉が最もふさわしい。

王都の正門は半ば破壊され、無残な姿を晒していた。騎士団が崩壊した後パニックに陥った民衆が、我先にと逃げ出そうとして引き起こした惨劇の跡だろう。

街路には人影はまばらだった。だがそれは人々が家の中に避難しているからではない。そこにいる人々は、まるで時が止まったかのようにぴくりとも動かないのだ。道の真ん中で、市場の露店の前で、広場の噴水のそばで。彼らはただ座り込み、あるいは立ち尽くし、虚ろな目でどこか一点を見つめているだけだった。

「みんな……生きているのに、死んでいるみたい……」

アイリスが恐怖に青ざめた顔で呟いた。その通りだった。街全体が巨大な墓標のように静まり返っていた。

「リアムさん、広場に降ります」

アイリスの指示で、フレアは王都で最も大きな中央広場へと静かに舞い降りた。
巨大な赤い竜の出現。平時であれば大騒ぎになるはずのその光景に、しかし誰一人として反応を示さなかった。

俺たちはフレアの背から地上へと降り立つ。
足元に転がっていた果物の入った籠を、誰かが蹴飛ばしてしまった。ガラン、と乾いた音が響く。その音にさえ、周囲の人々は顔を向けることさえしない。

「ひどい……。街全体が嘆きと絶望で満ちていますわ……」

セレスティアが胸の前で手を組み、苦痛に顔を歪ませた。彼女の慈悲深い心は、この街に渦巻く無数の人々の魂の悲鳴を敏感に感じ取っている。

俺はすぐ近くに座り込んでいた、かつては屈強な衛兵だったであろう男に声をかけた。

「おい、大丈夫か。何があった」

だが男は俺の方を見ようともしない。ただ虚ろな瞳で自分の手のひらを見つめながら、ぶつぶつと何かを呟いているだけだった。

「……剣……。剣って、なんだ……? 重い……。ただ重いだけだ……」

戦い方を忘れさせられたのだ。ヴラドの呪いによって。

「……これがヴラドの呪い。武器を使わず、人の心を殺すとは。許しがたい蛮行ね」

ルナリエルが静かな怒りを込めて吐き捨てた。

「街全体が、一つの巨大な精神汚染空間と化しています。長居は危険ですわ。呪いは空気のように、ここにいる全ての者の精神を蝕んでいきます」

ソフィアが冷静に、しかし厳しい表情で警告した。

俺はその地獄絵図の中心に立ち、唇を噛み締めていた。
この街は俺を追放した街だ。この民衆は俺の苦しみに無関心だった人々だ。ざまあみろと、思ってもいいはずだった。

だが俺の心に湧き上がってきたのは怒りでも復讐心でもなかった。ただ静かな、そして深い哀れみだけだった。彼らは罪人ではない。ただ無力な犠牲者なのだ。

その時だった。
王宮へと続く大通りから数人の人影が、よろめくようにこちらへ向かってくるのが見えた。白銀の鎧をまとった騎士たちだった。その足取りはおぼつかないが、その瞳にはまだかろうじて理性の光が残っている。

その先頭を歩いていたのは見覚えのある男だった。
王国騎士団副団長、アルフォンス・ミラー。

彼は俺たちの姿を認めると、その疲弊しきった顔に安堵と、信じられないものを見るかのような驚愕の色を同時に浮かべた。

「……来て、くださったか……!」

その声は砂漠でオアシスを見つけた旅人のように、かすかに震えていた。

彼は俺たちの前にたどり着くと、その場にひざまずこうとした。その誇り高き騎士の膝を、俺はそっと手で制した。

「今はそんなことをしている場合じゃないでしょう。状況を教えてください」

俺の静かな言葉にアルフォンスははっとしたように顔を上げた。彼は俺の落ち着き払った態度に何かを感じ取ったのだろう。絶望の闇の中でようやく見つけた、一筋の光を。

「……はっ。申し訳ない。取り乱しました」

彼は騎士としての威厳を取り戻し、立ち上がった。

「リアム殿、そして英雄の皆様。よくぞお越しくださいました。国王陛下が、あなた方の到着を玉座の間で今か今かとお待ちかねです」

彼は王宮の方角を指さした。その先には王都の象徴である白亜の城が、まるで墓標のように静まり返ってそびえ立っている。

「こちらへ。私がご案内いたします」

アルフォンスは俺たちに深く頭を下げると、先導するように歩き始めた。

俺たちは彼の後に続いた。
死んだように静まり返った王都の大通りを、王宮へと向かって。

道端に倒れ伏す人々。壁に向かって何かを呟き続ける者たち。存在しない何かに怯え、震える子供たち。その絶望の只中を、俺たちだけが確かな意志を持って進んでいく。

それはこの長く厳しい戦いの、始まりを告げるあまりにも静かで、そして荘厳な進軍だった。
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