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第82話 王都の浄化
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王宮へと続く大理石の階段は不気味なほど静まり返っていた。いつもなら凛々しい近衛騎士たちが寸分の隙もなく立ち並んでいるはずのその場所には、今は誰一人いない。ただ虚ろな風が、壁にかけられたタペストリーを寂しく揺らしているだけだった。
アルフォンス副団長の先導で俺たちは玉座の間へとたどり着いた。
重厚な扉が開かれると、そこに広がっていたのは王国の権威の象徴とはあまりにもかけ離れた絶望的な光景だった。
広大な玉座の間には数えるほどしか人影がなかった。玉座に力なく腰掛ける国王。その傍らに心配そうに寄り添う老賢者エインズワース。そしてアルフォンスと同じように、かろうじて正気を保っている十数人の騎士や大臣たち。彼らは皆、生気を失いまるで抜け殻のようだった。
俺たちの姿を認めると、国王がゆっくりと顔を上げた。その顔には一国の王としての威厳はなく、ただ全てを諦めた老人の深い疲労が刻まれているだけだった。
「……来て、くれたか」
その声は消え入りそうなほどか細かった。
「リアム殿、と申したな。……見ての通りだ。我らはもはやなすすべもない。この国は終わったのだ」
彼は自嘲するように乾いた笑みを漏らした。
俺はそんな彼をただ黙って見つめていた。同情も憐れみもない。ただこれから俺たちが為すべきことを、静かに見据えているだけだった。
俺は隣に立つセレスティアに向かって静かに頷いた。
セレスティアもまた力強く頷き返す。その青い瞳には、慈悲と、そして聖女としての揺るぎない覚悟が宿っていた。
彼女は一歩前に進み出た。
そして玉座の間にいる全ての人々に聞こえるように、澄み切った声で告げた。
「皆様。どうかご安心ください。この街を覆う呪いはわたくしたちが、今この場で全て浄化いたします」
そのあまりにも確信に満ちた言葉。
国王も大臣たちも、きょとんとした顔で彼女を見つめた。
この絶望的な状況をこの可憐な少女が、一体どうするというのか。誰もがそう思った。
セレスティアはそんな彼らの視線をものともせず、俺の方を振り返った。そしてその小さな手を俺に向かってそっと差し出した。
「リアム様。……わたくしにお力を」
俺はその手を迷うことなく固く握りしめた。
俺たちの心が一つになる。
セレスティアは目を閉じ、その手に持った銀の杖を高く掲げた。そして神々しいまでの荘厳な祈りの言葉を紡ぎ始めた。
「――おお、天にまします父よ。その無限の慈悲をもって嘆き、苦しむあなたの子羊たちの声をお聞き届けください。この地に満ちる全ての呪いを滅し、絶望の闇を払い偽りの記憶を正し、希望の光を今一度その魂に灯したまえ!」
彼女の祈りに呼応するように、その身体から太陽そのものが降臨したかのような圧倒的な光が溢れ出した。
その光はもはやただの浄化の光ではなかった。
俺が彼女の『代償』の全てを引き受け、さらに俺自身の膨大な魔力を逆流させることで彼女の聖なる力は、その限界を遥かに超越していた。
それは世界の理そのものに干渉し、改変するほどの神の御業だった。
光は玉座の間の天井を突き抜け、天高く昇っていく。そして王都の上空で巨大な光の華となって花開いた。
光の粒子が雪のように、静かに王都全域へと降り注ぎ始めた。
その光の雪に触れた全てのものに、奇跡が起きた。
道端で虚ろな目をして座り込んでいた人々。
彼らの瞳に少しずつ理性の光が戻っていく。
「……あれ? 俺は今まで何を……?」
彼らはまるで長い夢から覚めたかのように、ゆっくりと立ち上がり始めた。
戦い方を忘れ武器を捨てた騎士たち。
彼らの脳裏に失われていたはずの記憶が鮮明に蘇る。
「そうだ……俺は騎士だ! この国を、民を、守るのが俺の使命だ!」
彼らは地面に落ちていた剣を拾い上げ、その目に再び闘志の炎を宿した。
偽りの記憶に囚われ狂気に陥っていた者たち。
彼らの心を蝕んでいた幻影は、光に溶けるように霧散していく。
「……ああ……。悪夢は終わったのか……」
彼らは涙を流しながら現実の世界へと帰還した。
街全体を覆っていた灰色の靄のような瘴気は完全に消え失せた。
代わりに王都には何ヶ月ぶりかとなる、澄み切った青空と温かい太陽の光が戻ってきた。
ざわ……。
街のあちこちからざわめきが起こり始めた。
それは人々が自分たちの身に起きた奇跡を、理解し始めた音だった。
やがてそのざわめきは、一つの巨大な歓声となって王都全体を揺るがした。
「うおおおおおおおおっ!」
「呪いが……解けたぞ!」
「身体が軽い! 力が戻ってきた!」
「助かったんだ! 俺たちは助かったんだ!」
歓喜の渦。人々は抱き合い涙を流し、天に向かってその奇跡をもたらした名も知らぬ誰かに感謝の祈りを捧げた。
玉座の間では、国王も大臣たちも騎士たちも、その奇跡の光景を窓からただ呆然と見つめていた。
「……なんと」
国王の唇から震える声が漏れた。
「……これが真の聖女の力……。これがエデンの……奇跡……」
彼らは自分たちが犯した過ちの本当の意味を、ようやく理解した。
彼らが、いともたやすく追放した者たちがどれほどかけがえのない宝であったかを。
やがて光が収まった時。
セレスティアは疲労で少しだけ息を切らしていた。だがその顔は使命を果たした満足感で、神々しいまでに輝いていた。
俺はそんな彼女の肩をそっと支えた。
「よく頑張ったな、セレスティア」
「はい、リアム様……! やりましたわ……!」
彼女は俺の胸に寄りかかりながら嬉しそうに微笑んだ。
王都は救われた。
絶望の淵から一夜にして蘇ったのだ。
その奇跡を成し遂げたのが、たった二人の名もなき男女であるということをまだ王宮にいるごく一部の人間しか知らなかった。
だがこの静かな勝利が、本当の戦いの始まりを告げる号砲となることを俺たちはすでに覚悟していた。
この奇跡は必ずや、魔将ヴラドの耳にも届くはずだから。
アルフォンス副団長の先導で俺たちは玉座の間へとたどり着いた。
重厚な扉が開かれると、そこに広がっていたのは王国の権威の象徴とはあまりにもかけ離れた絶望的な光景だった。
広大な玉座の間には数えるほどしか人影がなかった。玉座に力なく腰掛ける国王。その傍らに心配そうに寄り添う老賢者エインズワース。そしてアルフォンスと同じように、かろうじて正気を保っている十数人の騎士や大臣たち。彼らは皆、生気を失いまるで抜け殻のようだった。
俺たちの姿を認めると、国王がゆっくりと顔を上げた。その顔には一国の王としての威厳はなく、ただ全てを諦めた老人の深い疲労が刻まれているだけだった。
「……来て、くれたか」
その声は消え入りそうなほどか細かった。
「リアム殿、と申したな。……見ての通りだ。我らはもはやなすすべもない。この国は終わったのだ」
彼は自嘲するように乾いた笑みを漏らした。
俺はそんな彼をただ黙って見つめていた。同情も憐れみもない。ただこれから俺たちが為すべきことを、静かに見据えているだけだった。
俺は隣に立つセレスティアに向かって静かに頷いた。
セレスティアもまた力強く頷き返す。その青い瞳には、慈悲と、そして聖女としての揺るぎない覚悟が宿っていた。
彼女は一歩前に進み出た。
そして玉座の間にいる全ての人々に聞こえるように、澄み切った声で告げた。
「皆様。どうかご安心ください。この街を覆う呪いはわたくしたちが、今この場で全て浄化いたします」
そのあまりにも確信に満ちた言葉。
国王も大臣たちも、きょとんとした顔で彼女を見つめた。
この絶望的な状況をこの可憐な少女が、一体どうするというのか。誰もがそう思った。
セレスティアはそんな彼らの視線をものともせず、俺の方を振り返った。そしてその小さな手を俺に向かってそっと差し出した。
「リアム様。……わたくしにお力を」
俺はその手を迷うことなく固く握りしめた。
俺たちの心が一つになる。
セレスティアは目を閉じ、その手に持った銀の杖を高く掲げた。そして神々しいまでの荘厳な祈りの言葉を紡ぎ始めた。
「――おお、天にまします父よ。その無限の慈悲をもって嘆き、苦しむあなたの子羊たちの声をお聞き届けください。この地に満ちる全ての呪いを滅し、絶望の闇を払い偽りの記憶を正し、希望の光を今一度その魂に灯したまえ!」
彼女の祈りに呼応するように、その身体から太陽そのものが降臨したかのような圧倒的な光が溢れ出した。
その光はもはやただの浄化の光ではなかった。
俺が彼女の『代償』の全てを引き受け、さらに俺自身の膨大な魔力を逆流させることで彼女の聖なる力は、その限界を遥かに超越していた。
それは世界の理そのものに干渉し、改変するほどの神の御業だった。
光は玉座の間の天井を突き抜け、天高く昇っていく。そして王都の上空で巨大な光の華となって花開いた。
光の粒子が雪のように、静かに王都全域へと降り注ぎ始めた。
その光の雪に触れた全てのものに、奇跡が起きた。
道端で虚ろな目をして座り込んでいた人々。
彼らの瞳に少しずつ理性の光が戻っていく。
「……あれ? 俺は今まで何を……?」
彼らはまるで長い夢から覚めたかのように、ゆっくりと立ち上がり始めた。
戦い方を忘れ武器を捨てた騎士たち。
彼らの脳裏に失われていたはずの記憶が鮮明に蘇る。
「そうだ……俺は騎士だ! この国を、民を、守るのが俺の使命だ!」
彼らは地面に落ちていた剣を拾い上げ、その目に再び闘志の炎を宿した。
偽りの記憶に囚われ狂気に陥っていた者たち。
彼らの心を蝕んでいた幻影は、光に溶けるように霧散していく。
「……ああ……。悪夢は終わったのか……」
彼らは涙を流しながら現実の世界へと帰還した。
街全体を覆っていた灰色の靄のような瘴気は完全に消え失せた。
代わりに王都には何ヶ月ぶりかとなる、澄み切った青空と温かい太陽の光が戻ってきた。
ざわ……。
街のあちこちからざわめきが起こり始めた。
それは人々が自分たちの身に起きた奇跡を、理解し始めた音だった。
やがてそのざわめきは、一つの巨大な歓声となって王都全体を揺るがした。
「うおおおおおおおおっ!」
「呪いが……解けたぞ!」
「身体が軽い! 力が戻ってきた!」
「助かったんだ! 俺たちは助かったんだ!」
歓喜の渦。人々は抱き合い涙を流し、天に向かってその奇跡をもたらした名も知らぬ誰かに感謝の祈りを捧げた。
玉座の間では、国王も大臣たちも騎士たちも、その奇跡の光景を窓からただ呆然と見つめていた。
「……なんと」
国王の唇から震える声が漏れた。
「……これが真の聖女の力……。これがエデンの……奇跡……」
彼らは自分たちが犯した過ちの本当の意味を、ようやく理解した。
彼らが、いともたやすく追放した者たちがどれほどかけがえのない宝であったかを。
やがて光が収まった時。
セレスティアは疲労で少しだけ息を切らしていた。だがその顔は使命を果たした満足感で、神々しいまでに輝いていた。
俺はそんな彼女の肩をそっと支えた。
「よく頑張ったな、セレスティア」
「はい、リアム様……! やりましたわ……!」
彼女は俺の胸に寄りかかりながら嬉しそうに微笑んだ。
王都は救われた。
絶望の淵から一夜にして蘇ったのだ。
その奇跡を成し遂げたのが、たった二人の名もなき男女であるということをまだ王宮にいるごく一部の人間しか知らなかった。
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