追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい

夏見ナイ

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第93話 英雄、倒れる

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『終わったよ』

その一言を仲間たちに告げたかった。
俺たちの勝利を、そして守り抜いた未来を共に分かち合いたかった。

だが、俺の身体はもはや俺の意志に応えてはくれなかった。

視界が急速に白んでいく。
耳鳴りが激しく頭の中で反響する。
立っているはずの足元の感覚がない。

俺は自分がゆっくりと後ろへと倒れていくのを、どこか他人事のように感じていた。

「ごふっ……!」

喉の奥から熱いものが込み上げてきた。
俺の口から鮮やかな赤い血が噴水のようにほとばしる。
青空を背景に、スローモーションのように舞う自らの血飛沫を、俺はぼんやりと見つめていた。

(……ああ。俺はここまでか)

不思議と恐怖はなかった。
ただ、やりきったという静かな満足感だけが胸に満ちていた。

仲間たちの顔が脳裏に浮かぶ。
セレスティアの優しい笑顔。
ルナリエルの不器用な照れ顔。
アイリスの天真爛漫な笑い声。
ソフィアの知的な微笑み。
ダリウスの無骨な信頼の眼差し。

そして、エデンの温かい日常。

(……みんな。ごめん。約束、守れそうにないや)

心の中でそう呟いた。

ドサッ、という鈍い音。
俺の身体が広場の冷たい石畳に叩きつけられた音だった。

意識が急速に闇の底へと沈んでいく。
最後に聞こえたのは、仲間たちの悲痛な絶叫だった。

「「「リアムッ!!」」」



時が止まった。

広場を埋め尽くしていた民衆の歓声も、王宮から見ていた者たちの安堵のため息も、全てが嘘のように消え失せた。

ただ広場の中央で、血の海に倒れ伏す一人の青年。
そして、その周りで絶望に凍りつく仲間たちの姿があるだけだった。

「……いや」

セレスティアの唇からか細い否定の言葉が漏れた。

「いや……いやです……! リアム様……!」

彼女はわなわなと震えながら俺の元へとよろめくように駆け寄った。そして、血まみれの俺の身体をその純白の法衣が汚れるのも構わずに強く抱きしめた。

「リアム様! 目を開けてください! お願いです……!」

彼女は泣きじゃくりながら治癒の魔法を必死に俺に注ぎ込もうとした。
だが、その聖なる光は俺の身体に触れた瞬間、虚しく霧散していくだけだった。

俺の身体はもはやただの器ではなかった。
世界中の呪いをその身に凝縮した呪いの塊そのもの。
彼女の聖なる力さえも弾き返してしまうほどのおぞましい存在へと変貌していたのだ。

「なぜ……!? なぜわたくしの光が届かないのですか……!?」

その絶望的な事実に、セレスティアは声を上げて泣き崩れた。

その光景を他の仲間たちはただ立ち尽くして見ていることしかできなかった。

ルナリエルの手から愛剣【月穿】がカランと音を立てて滑り落ちた。
その翡翠の瞳から大粒の涙がとめどなく溢れ出してくる。
「……嘘よ。……こんなの嘘だわ。……あなたがいなくなったら、わたしのこの剣は誰を守ればいいのよ……。リアム……!」

アイリスはその場にへたり込み、子供のように声を殺して泣いていた。
「……やだ。……やだよぉ……。リアムさん……。また空の散歩に連れてってくれるって言ったじゃないですか……。うそつき……」

ダリウスは鋼のようなその顔を苦痛に歪め、天を仰いだ。
「……リアム殿……。俺はまた……。また守るべきものを守れなかったというのか……。お前に二度も救われたというのに……!」

ソフィアはその怜悧な表情を初めて完全に崩していた。
その紫色の瞳は絶望の色に染まり、彼女が持つ全ての知識が今この瞬間、何の意味もなさないことを悟っていた。
「……ありえません。……私の計算ではあなたのスキルは完璧なはずでした。……どこで間違えた? いいえ、違う。間違えたのは私……。あなたのその命の重さを、私は計算に入れるのを忘れていた……!」

仲間たちの悲痛な叫び。
後悔と絶望と、そしてどうしようもない無力感。
それらが戦いが終わったはずの広場に、再び重く立ち込めていた。

俺が命を賭して守ったはずの世界。
その世界から色が消えていく。

英雄は倒れた。
世界を救う、そのあまりにも大きな代償として。

だが、物語はまだ終わってはいなかった。
英雄の死は決して無駄ではなかった。

彼の自己犠牲という名の最後の種火が、仲間たちの心に新たな、そしてこれまでとは比較にならないほどの凄まじい炎を灯すことになる。

それは、愛する者を奪われた者だけが放つことができる怒りの、そして覚醒の炎だった。
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