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第94話 愛の力
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リアムが倒れた。
その事実は仲間たちの心に、決して癒えることのない傷と底なしの絶望を刻み込んだ。
だが、悲しみに暮れている時間は残されていなかった。
「……くくく」
不意に不気味な笑い声が広場に響いた。
声の主は塵となって消えたはずのヴラドだった。
いや、違う。そこに彼の肉体はない。だが、彼が最後に放った『万物腐壊の呪詛』。その呪いの残滓が、まるで彼の残留思念のように大気中に集まり、一つのおぼろげな人の形を成していた。
『……見事だ、聖人様よ。我が命と引き換えに世界を救うとはな。その自己犠牲の精神、魔族の俺でさえ敬意を表したくなる』
半透明のヴラドの幻影が楽しそうに拍手をしてみせた。
『だが、その結果がこれだ。お前は死に、残された者たちは絶望に泣き濡れる。結局、何も守れはしなかったではないか。実に滑稽だ。滑稽な結末だ!』
その死者からの嘲笑。
それは仲間たちの悲しみを一瞬で別の感情へと変質させた。
純粋な、そして絶対的な『怒り』へと。
最初に動いたのはセレスティアだった。
彼女は泣き濡れた顔をゆっくりと上げた。その湖のように澄んでいたはずの青い瞳は、今、燃え盛る地獄の業火のような凄まじい憎悪の色に染まっていた。
「……あなただけは」
その声はもはや聖女のものではなかった。絶対零度の静かな怒りに満ちた、復讐の女神の声だった。
「あなただけはわたくしがこの手で、魂の一片までも残さず消し去ってさしあげます」
彼女の身体から金色のオーラが爆発するように溢れ出した。それはもはや癒やしの光ではない。あらゆる不浄を強制的に、無慈悲に消滅させる浄化の奔流。彼女の愛する人を傷つけられた怒りが、彼女の聖なる力を神罰の力へと変貌させたのだ。
次に立ち上がったのはルナリエルだった。
彼女は地面に落ちていた愛剣を静かに拾い上げた。その翡翠の瞳から涙は消えていた。代わりに宿っていたのは、森の最も深い闇よりも冷たく、そして鋭い殺意の光だった。
「……そうね。あなたの言う通りかもしれないわ、魔将。わたしたちは彼一人に全てを背負わせすぎていた」
彼女の銀髪が魔力に呼応するように逆立つ。
「だから、これはわたしたちの贖罪よ。あなたという存在をこの世界から完全に抹消すること。それがわたしたちが彼に捧げる唯一の償い」
彼女の剣がこれまでに見せたことのない、禍々しいほどの銀色の輝きを放ち始めた。それは魔剣【月穿】の真の力。リアムの呪縛から解放された今、彼女はその力を狂気に呑まれることなく完全にその支配下に置いていた。
アイリスも、ソフィアも、ダリウスも。
全員が静かに立ち上がった。
アイリスの瞳には天真爛漫な光はなく、ただ獲物を狩る竜の獰猛な炎だけが燃えている。フレアもまた主人の怒りに共鳴し、その全身の鱗を溶岩のように赤熱させていた。
ソフィアの顔からは知的な微笑みが消え、古代の魔術王のような絶対的な威厳と冷徹な怒りが浮かんでいた。彼女の周りには世界の理を書き換えるほどの膨大な魔力が渦を巻いている。
ダリウスは何も語らなかった。だが、その全身から放たれる闘気は空間そのものを震わせるほどだった。彼の剣はもはやただの鋼ではない。彼の揺るぎない怒りと覚悟が宿った魂の刃と化していた。
彼女たちは覚醒したのだ。
愛する人を失ったその絶望的なまでの喪失感が、彼女たちの内に秘められていた最後の枷を完全に破壊した。
彼女たちの力は今、極限まで高められ、そして一つの絶対的な殺意となって収束していた。
そのあまりにも異様な、神々しくもおぞましい気配。
それを前にして初めてヴラドの幻影の顔に焦りの色が浮かんだ。
『な……なんだ、こいつらは……。あの小僧一人が死んだだけで、なぜこれほどの力が……。馬鹿な……! 愛だと? 友情だと? そんな不確かな感情がこれほどの力を生み出すというのか……!?』
彼は理解できなかった。
彼が最も軽蔑し、矮小だと見下していた人間たちの『絆』という感情が、今、自らの存在そのものを脅かす最大の脅威となって牙を剥いている。
「――さあ、裁きの時間よ」
ルナリエルの静かな宣告。
それを合図に五つの極限の力が同時に解放された。
セレスティアの神罰の光。
ルナリエルの月光の斬撃。
アイリスとフレアの灼熱の竜炎。
ソフィアの理を砕く古代魔法。
ダリウスの魂を断つ無明の一閃。
五つの神々の御業にも等しい力が一つの奔流となり、ヴラドの残留思念へと殺到した。
それはもはや攻撃ではなかった。
ただ、そこに存在する『悪』という概念そのものをこの世界から完全に消し去るための絶対的な力の行使。
『や……やめ……』
ヴラドの最後の言葉は、断末魔の悲鳴となって虚空に響き渡った。
『やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』
次の瞬間。
世界から音が消えた。
閃光が全てを白く染め上げる。
その光が収まった時。
そこにはもう何も残ってはいなかった。
ヴラドの幻影も、彼が残した呪いの気配も、その魂の欠片さえも。
全てが完全に無に還っていた。
その事実は仲間たちの心に、決して癒えることのない傷と底なしの絶望を刻み込んだ。
だが、悲しみに暮れている時間は残されていなかった。
「……くくく」
不意に不気味な笑い声が広場に響いた。
声の主は塵となって消えたはずのヴラドだった。
いや、違う。そこに彼の肉体はない。だが、彼が最後に放った『万物腐壊の呪詛』。その呪いの残滓が、まるで彼の残留思念のように大気中に集まり、一つのおぼろげな人の形を成していた。
『……見事だ、聖人様よ。我が命と引き換えに世界を救うとはな。その自己犠牲の精神、魔族の俺でさえ敬意を表したくなる』
半透明のヴラドの幻影が楽しそうに拍手をしてみせた。
『だが、その結果がこれだ。お前は死に、残された者たちは絶望に泣き濡れる。結局、何も守れはしなかったではないか。実に滑稽だ。滑稽な結末だ!』
その死者からの嘲笑。
それは仲間たちの悲しみを一瞬で別の感情へと変質させた。
純粋な、そして絶対的な『怒り』へと。
最初に動いたのはセレスティアだった。
彼女は泣き濡れた顔をゆっくりと上げた。その湖のように澄んでいたはずの青い瞳は、今、燃え盛る地獄の業火のような凄まじい憎悪の色に染まっていた。
「……あなただけは」
その声はもはや聖女のものではなかった。絶対零度の静かな怒りに満ちた、復讐の女神の声だった。
「あなただけはわたくしがこの手で、魂の一片までも残さず消し去ってさしあげます」
彼女の身体から金色のオーラが爆発するように溢れ出した。それはもはや癒やしの光ではない。あらゆる不浄を強制的に、無慈悲に消滅させる浄化の奔流。彼女の愛する人を傷つけられた怒りが、彼女の聖なる力を神罰の力へと変貌させたのだ。
次に立ち上がったのはルナリエルだった。
彼女は地面に落ちていた愛剣を静かに拾い上げた。その翡翠の瞳から涙は消えていた。代わりに宿っていたのは、森の最も深い闇よりも冷たく、そして鋭い殺意の光だった。
「……そうね。あなたの言う通りかもしれないわ、魔将。わたしたちは彼一人に全てを背負わせすぎていた」
彼女の銀髪が魔力に呼応するように逆立つ。
「だから、これはわたしたちの贖罪よ。あなたという存在をこの世界から完全に抹消すること。それがわたしたちが彼に捧げる唯一の償い」
彼女の剣がこれまでに見せたことのない、禍々しいほどの銀色の輝きを放ち始めた。それは魔剣【月穿】の真の力。リアムの呪縛から解放された今、彼女はその力を狂気に呑まれることなく完全にその支配下に置いていた。
アイリスも、ソフィアも、ダリウスも。
全員が静かに立ち上がった。
アイリスの瞳には天真爛漫な光はなく、ただ獲物を狩る竜の獰猛な炎だけが燃えている。フレアもまた主人の怒りに共鳴し、その全身の鱗を溶岩のように赤熱させていた。
ソフィアの顔からは知的な微笑みが消え、古代の魔術王のような絶対的な威厳と冷徹な怒りが浮かんでいた。彼女の周りには世界の理を書き換えるほどの膨大な魔力が渦を巻いている。
ダリウスは何も語らなかった。だが、その全身から放たれる闘気は空間そのものを震わせるほどだった。彼の剣はもはやただの鋼ではない。彼の揺るぎない怒りと覚悟が宿った魂の刃と化していた。
彼女たちは覚醒したのだ。
愛する人を失ったその絶望的なまでの喪失感が、彼女たちの内に秘められていた最後の枷を完全に破壊した。
彼女たちの力は今、極限まで高められ、そして一つの絶対的な殺意となって収束していた。
そのあまりにも異様な、神々しくもおぞましい気配。
それを前にして初めてヴラドの幻影の顔に焦りの色が浮かんだ。
『な……なんだ、こいつらは……。あの小僧一人が死んだだけで、なぜこれほどの力が……。馬鹿な……! 愛だと? 友情だと? そんな不確かな感情がこれほどの力を生み出すというのか……!?』
彼は理解できなかった。
彼が最も軽蔑し、矮小だと見下していた人間たちの『絆』という感情が、今、自らの存在そのものを脅かす最大の脅威となって牙を剥いている。
「――さあ、裁きの時間よ」
ルナリエルの静かな宣告。
それを合図に五つの極限の力が同時に解放された。
セレスティアの神罰の光。
ルナリエルの月光の斬撃。
アイリスとフレアの灼熱の竜炎。
ソフィアの理を砕く古代魔法。
ダリウスの魂を断つ無明の一閃。
五つの神々の御業にも等しい力が一つの奔流となり、ヴラドの残留思念へと殺到した。
それはもはや攻撃ではなかった。
ただ、そこに存在する『悪』という概念そのものをこの世界から完全に消し去るための絶対的な力の行使。
『や……やめ……』
ヴラドの最後の言葉は、断末魔の悲鳴となって虚空に響き渡った。
『やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』
次の瞬間。
世界から音が消えた。
閃光が全てを白く染め上げる。
その光が収まった時。
そこにはもう何も残ってはいなかった。
ヴラドの幻影も、彼が残した呪いの気配も、その魂の欠片さえも。
全てが完全に無に還っていた。
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