聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~

夏見ナイ

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051. 不器用な優しさと言葉

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春の日差しが暖かさを増し、リリアーナが手がける畑は日に日に緑の色を濃くしていた。ジャガイモのしっかりとした芽、カブの柔らかな双葉、そして豆類の蔓が支柱に絡みつき始めている。村人たちとの協力作業も順調で、辺境の地に確かな実りの予感が満ちていた。

リリアーナは、畑仕事の合間に一息つき、額の汗を拭った。アレクシス辺境伯の支援は継続しており、先日も、害虫除けに効果があるという特殊なハーブの苗が届けられたばかりだった。彼の存在は、この計画にとって、そしてリリアーナ自身の心の支えとしても、ますます大きなものとなっていた。

しかし、彼との直接的な関係は、依然としてぎこちないままだった。森で自分の素顔を見られて以来、アレクシスはリリアーナと顔を合わせると、どこか居心地が悪そうな、それでいて以前よりも少しだけ人間味のある、複雑な表情を見せることが増えた。突き放すような冷たい言葉を投げかけられたかと思えば、次の瞬間には、彼女の体調を気遣うような視線を(すぐに逸らしてしまうが)向けてきたりする。その掴みどころのない態度に、リリアーナは戸惑い、彼の真意を図りかねていた。

(辺境伯様は、本当はどう思っていらっしゃるのかしら……?)

彼女は、彼が時折見せる不器用な優しさのようなものに、淡い期待を抱きそうになる自分を戒めていた。彼は領主であり、自分は追放された令嬢なのだ。立場が違いすぎる。彼の行動は、全て辺境領のため、合理的な判断に基づいているに過ぎないのかもしれない。そう自分に言い聞かせながらも、心のどこかで、もう少し彼に近づきたい、彼の本当の心を知りたい、と願っている自分もいた。

そんなある日の午後、リリアーナが砦の厨房で、明日のスープのための出汁を取っていると、突然、ゲルハルト副団長が慌てた様子で入ってきた。
「クラインフェルト嬢! すまないが、至急、辺境伯様の執務室へ来てくれ!」
「えっ? 何かあったのですか?」
ゲルハルトのただならぬ様子に、リリアーナは不安を覚えた。
「詳しいことは分からんが……辺境伯様が、少し…その、ご様子がおかしいのだ。昼過ぎから、ひどく頭が痛むと……薬師も呼んだのだが、原因が分からんらしくてな」
ゲルハルトは声を潜めて言った。「もしかしたら、君のハーブティーか何かで、少しは楽になるのではないかと思ってな……。いや、無理にとは言わんのだが……」
彼の言葉には、藁にもすがるような響きがあった。

「! わかりました、すぐに伺います!」
リリアーナは、迷うことなく答えた。アレクシスが苦しんでいる。その事実だけで、彼女を動かすには十分だった。彼女は、常備している数種類のハーブの中から、鎮痛効果やリラックス効果の高いものを素早く選び出し、お湯と共に小さなポットに詰めると、ゲルハルトと共に急いで執務室へと向かった。

執務室の扉を開けると、アレクシスが執務机に突っ伏すようにして座っていた。顔色は悪く、額には脂汗が滲み、こめかみを強く押さえている。その姿は、いつもの冷徹な辺境伯の姿とはかけ離れており、痛みに耐える一人の人間としての弱さが露わになっていた。
「辺境伯様!」
リリアーナは思わず駆け寄った。フェンとシーも、心配そうにアレクシスの足元に擦り寄っている。

アレクシスは、うめき声と共に、ゆっくりと顔を上げた。リリアーナの姿を認めると、その氷の瞳に、驚きと、そしてわずかな狼狽の色が浮かんだ。
「……クラインフェルト嬢……なぜ、貴官がここに……?」
その声は、常の張りを失い、弱々しく掠れていた。
「ゲルハルト副団長からお話を伺いました。頭が痛むと……。あの、もしよろしければ、わたくしのハーブティーを……鎮痛効果のあるものをブレンドしてきました」
リリアーナは、ポットから温かいハーブティーをカップに注ぎ、そっとアレクシスに差し出した。

アレクシスは、一瞬ためらった。自分の弱った姿を、彼女に見られたくなかったのかもしれない。しかし、襲ってくる激しい頭痛と、彼女の真摯な眼差し、そしてカップから立ち上る穏やかなハーブの香りに抗えず、彼は震える手でカップを受け取った。
そして、ゆっくりと一口、口に含んだ。ペパーミントのような清涼感のある香りと、ラベンダーに似た優しい花の香りが、口の中に広がる。味は穏やかで、刺激はない。温かい液体が喉を通り過ぎると、不思議なことに、ガンガンと響いていた頭痛が、少しずつ和らいでいくような気がした。

彼は、もう一口、もう一口と、ハーブティーを飲み進めた。飲むほどに、痛みが和らぎ、強張っていた体の力が抜けていく。そして、ハーブの持つ鎮静効果が、彼の過敏になっていた神経を優しく鎮めていくのを感じた。
「……ふぅ……」
カップを空にする頃には、アレクシスの呼吸は落ち着き、顔色も幾分か良くなっていた。頭痛はまだ完全には消えていないが、耐え難いほどの痛みではなくなっていた。

「……少しは、楽になられましたか?」
リリアーナが、心配そうに彼の顔を覗き込んだ。
「……ああ……助かった……」
アレクシスは、掠れた声で、しかし素直に礼を言った。自分の弱みを見られてしまったことへの羞恥心もあったが、それ以上に、苦痛から解放された安堵感と、彼女への感謝の気持ちの方が強かった。
「原因は何だったのでしょう……? 最近、お疲れが溜まっていらっしゃったのでは……?」
リリアーナは、彼の体調を気遣った。

「……いや……これは……古い傷だ」
アレクシスは、ぽつり、と呟いた。それは、彼が誰にも明かしたことのない、秘密の一部だった。なぜ、彼女にだけ、そんな言葉が漏れたのか、彼自身にも分からなかった。ただ、彼女の淹れたハーブティーが、彼の心の壁を、また少し溶かしたのかもしれない。
「古い……傷……?」
リリアーナは、その言葉の意味を測りかねて、彼の顔を見つめた。彼の瞳の奥に、これまで見たことのないような、深い翳りがあることに気づいた。それは、単なる疲労だけではない、もっと根深い、癒えない痛みの色のように見えた。

(辺境伯様も……何か、辛い過去を抱えていらっしゃるのかもしれない……)

リリアーナは、彼の孤独や、彼が纏う氷の鎧の意味を、ほんの少しだけ理解できたような気がした。そして、彼に対して、これまでとは違う、もっと個人的な、寄り添いたいというような感情が芽生えるのを感じた。

アレクシスは、リリアーナの詮索するような視線に気づき、はっとして表情を引き締めた。自分の内面を見透かされたような気がして、居心地が悪くなったのだ。
「……もう下がっていい。仕事の邪魔だ」
彼は、再び冷たい口調に戻り、彼女を遠ざけようとした。
「……はい」
リリアーナは、少し寂しさを感じながらも、素直に頷いた。しかし、立ち去る間際に、彼女は勇気を出して言った。
「辺境伯様、どうか、ご無理なさらないでください。わたくしでよければ、いつでも……ハーブティーでも、お食事でも、ご用意いたしますから」
それは、彼女の心からの気遣いの言葉だった。

アレクシスは、その言葉に、一瞬、動きを止めた。そして、彼女の背中に向かって、ぽつり、と呟いた。
「……貴官の作るものは……悪くない」

それは、彼なりの、最大限の感謝と、そして彼女の存在を認める言葉だったのかもしれない。不器用で、素直ではないけれど、そこには確かに、温かい響きがあった。

リリアーナは、その言葉を聞いて、胸がいっぱいになった。振り返ると、アレクシスはもう書類に目を落としていたが、彼の耳がほんの少しだけ赤くなっているような気がした。

執務室を出たリリアーナの心は、温かいもので満たされていた。彼の苦しみに触れ、そして、彼の不器用な言葉の中に、確かな優しさを見つけた。二人の間の距離は、まだ遠いかもしれない。しかし、確実に、何かが変わり始めている。そう信じることができた。

氷の辺境伯の不器用な優しさと言葉。それは、リリアーナの心をさらに強く惹きつけ、そして、彼自身の心の氷解を、さらに一歩、進めるきっかけとなったのだった。
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